【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第4節 絶私の人

 旧帝国史上、ノイエ・シュタウフェン公の死の原因について、皇帝ジギスムントの宣言にも関わらず、旧帝国史を学び、愛好する貴族達の間では、密かな議論となっていたが、前述した家令が書き残した逸話、そしてその死因から、晩年の孤独に耐えかねての自殺だったとする者が大半である。

 ただ、その孤独の理由については、僅かながら修復できたとは言え、別居状態は解消できなかった妻カタリナとの不和、息子ジギスムントに権力を奪われ、政治権力者として失墜した事への悲哀、自家の後継者に、政敵の子で希代の柔弱者として軽侮されているシェーンベルク男爵ギルベルトを据えられた事への絶望など、論者によって強調する内容は異なる。

 

 筆者も、同公の死は自殺、或いは積極的に死を求めていなくとも、例え死んでも構わない、という自暴自棄に近い心理状態で、用量を守らずに睡眠薬を飲んだ結果の事故死だったと考えているが、同公をその心理状態に追い込んだ要因は、前述した家庭問題もさる事ながら、やはり家令の証言に基づき、親友リヒテンシュタイン子爵を始め、互いに背を預け、死線を越え、共に雄敵と戦った戦友、僚友達を政略のために軍中央から追放してしまった事への罪悪感、その結果、彼らともう二度と会う事さえ出来なくなった事への孤独感、政治の第一線から退き、自らの内面を顧みる時間が増えた同公は、自身の老いも加わり、その罪悪感と孤独感に耐える事が、もはや難しかったのではないか、と考えている。

 これは筆者の想像でしかないが、親友の死を知らされた同公が求めた安酒は、青年期、友と酌み交わした想い出の味、だったのかもしれない。

 

 だが、どれほど本意ではなくとも、巨大な罪悪感と孤独感に苛まれながらも、同公はその死に至るまで、自身が行ってきた事への後悔や謝罪の言は、少なくとも生者に対しては、一言たりとも語ってはいない。それを語る事は、自身を信じて、その政略を遂行してくれた部下達への裏切りに他ならず、また政敵に隙を見せる事でもあり、それは自派閥に属する者達の政治的立場を危うくする行為であった。

 その結果、自派閥の勢力が弱体化すれば、即位当初の皇帝ジギスムントの立場もまた危うくなり、先帝にして義父たるルドルフから託された後見人との義務を放擲する事にもなる、ひいては、銀河帝国という新国家の基盤に、罅を入れる鏨の一撃となる可能性すらあった。

 

 後世、旧帝国が500年近い命脈を保った事を知っている者からすれば、この見解は誇大妄想に過ぎると言われるかもしれない。

 しかし、こと建国期においては、約40年に及ぶルドルフの治世の結果、帝国の支配体制は安定化に向かっていたとはいえ、敵対国家や共和主義勢力も存在しており、当時の貴族や官僚、軍人たちは、ルドルフ個人の臣下、部下との意識が依然として強く、皇帝という存在それ自体に忠誠を誓うという精神構造は、貴族らの中に十分、醸成されているとは言い難かった。

 先帝ルドルフから後事を託されたノイエ・シュタウフェン公は、この事を熟知していた。だからこそ、新帝ジギスムントの地位を危うくしかねない可能性がある事は、例えどれほど些細な事であっても、断じて行う事は出来なかった。その結果、自身がどれほど苦悩しようとも。皇帝支配の確立と、帝国社会の安寧に比べれば、己個人の苦しみなど取るに足りぬと。

 無論、この事に史料上の根拠など無い。ノイエ・シュタウフェン公は、僅かな日記や手記こそ残したが、その中に同公の内面を伺わせる記述は皆無、意図的に記述を操作している節さえある。だが筆者は、同公が挙げた巨大な業績と圧倒的な地位と権勢、その反面、自殺同然の死という、その落差を考えるほどに、同公が抱えていた罪悪感と孤独感の巨大さ、それを齎した責任感と使命感の強さを想像せざるを得ないのだ。

 

 旧帝国史上、優れた歴史家として令名を残している文華帝エーリッヒ1世は、強堅帝ジギスムント1世を専制君主の理想と称揚し、同帝の評伝を著した事は良く知られているが、その著作中、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムについて、以下の評言を書き記している。

 

「ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムという人物は「絶私の人」だった。少なくとも、皇祖ルドルフ大帝陛下の治世末期、軍務尚書に就任した頃からは。

 

 青年期の同公は性闊達。冤罪の汚名を着せられた親友のため、自ら弁護を引き受け、無罪を勝ち取った後も、友の名誉を不当に穢したとして、誣告者に決闘を挑むなど、当時の逸話を知るに、公明正大で義侠心ある好漢だったのだろう。

 

 しかし、大帝陛下の長女カタリナ殿下と華燭の典を挙げ、長子ジギスムント、後の強堅帝ジギスムント1世陛下を儲けた後より、大帝陛下から次代皇帝の後見人たる事を望まれ、軍務尚書から国務尚書を兼任、ジギスムント殿下即位後は帝国宰相の地位を約束されるなど、将に位人臣を極めるが、その代償として、自身及び自派閥で帝国の政官軍、さらに貴族界を支配するため、自身に批判的な貴族、官僚、軍人らを追放せざるを得なかった。それは決して同公の本意ではなく、偉大なる大帝陛下崩御後、新帝ジギスムント陛下への権力移譲、帝国初の帝位継承において、敵対諸国や共和主義勢力に付け入る隙を与えず、支配体制を動揺させないため、必要と信じて行った事だった。そして、後世からの視点では、同公の判断は正しかった。

 

 客観的には、正しい判断が正しい結果を導き出した好例だと称賛できよう。だが、主観的にはどうだったのだろう。同公は尊敬すべき親友、生死を共にした僚友達との絆を失い、妻や娘との不和も相俟って、深い孤独の中に沈んでいった。同公が自殺同然の最期を遂げたのは、その証左だと余には思える。

 

 同公の真の偉大さは、その事を予測しつつも、孤独と苦悩に直面する覚悟を持ち、その死に至るまで、公人としての責務を一切、放擲する事が無かった事である。故に、余は思う。同公は私が無い人ではない、私を絶った「絶私の人」だと。

 

 そして、私見だが、銀河帝国史上、絶私の名に値する御方は、もう一人存在する。恐れ多い事ながら、偉大なるルドルフ大帝陛下その人である。大帝陛下は血統上の息子を儲ける事こそ出来なかったが、志を同じくする、精神上の息子を儲ける事は出来たのだ」

 

 ヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェンという人物を評するのに、これ以上の言葉を筆者は知らない。

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