【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第3節 分院制度の概要~皇帝ジギスムントの権力観

 まず制度の概要を述べると、分院は原則として各軍管区単位で設立。同区内に領地を持つ全ての領主貴族は、枢密院議員を除き、分院への所属を義務付けられた。分院長は所属する領主らの互選で選任され、その任期は枢密院議長と同様、4年と定められたが、再選は可能だった。

 

 ただ、その機能は枢密院とは大きく異なり、総会と分会の別も明確ではなく、院内で議論した内容やその結論を本院に提出する事は出来たが、あくまで参考意見に留まり、例え分院長であっても、本院での審議権や議決権は与えられていなかった。

 

 分院が果たすべき責務として課されたのは、皇帝の巡幸を奉迎する式典を主催、取り仕切る事だった。ここから、分院とは領主貴族らの親睦団体に過ぎないとも言われる。特に同盟の歴史学界などでは、盛んに帝国領内を巡幸した皇帝ジギスムントが、領主らを跪かせ、その虚栄心を満たすためだけに設けさせた組織に過ぎない、などと酷評されていた。

 

 筆者は上記の見解を是とする者ではない。先帝ルドルフ同様、無駄や虚飾を嫌い、冷徹な統治者だった皇帝ジギスムントが虚栄心を満たす事を目的とした施策を実行するとは考えにくい。結論から述べると、分院設置の目的は、枢密院議員になれない、中小の領主貴族らの「生の声」を皇帝が直接、聴取する事だった。

 

 当時、有力な枢密院議員は、自家の一門に属する貴族家や分家の当主を議員に立候補させ、党首としての立場を利用し、総会や分会の結論が自家に有利になるように、賛否の意思表示を強制した。前述した通り、一門が政党や派閥としての機能を果たすようになっていたが、一門に属してはいても、議員になれない中小の領主貴族、また様々な理由で、大諸侯の一門に属せない貴族らにとっては、枢密院の権能を特定の貴族家が独占する行為に他ならなかった。

 後世、彼らの中から、一門関係を国家内国家だと厳しく批判する開明派貴族が生まれてくるのだが、その萌芽は、枢密院という組織が帝国政界に定着し、存在感を発揮するようになっていた皇帝ジギスムントの治世には、既に生じていた。

 

 枢密院議員と親しく交わり、彼らの好意と歓心を得て、自身の与党としていったジギスムントだが、彼らの不品行、そして特定の貴族家が枢密院を牛耳る様を冷静に把握してもいた。

 ただ、全人類の支配者にして全宇宙の統治者と称して、全ての権力を独占する専制君主たる自身の在り方を顧みるならば、枢密院議員を批判する資格など無いではないかと、民主主義者なら皮肉の一つも飛ばす所だろうが、明哲な為政者だったジギスムントがこの種の矛盾に気が付いていなかったとは思えない。

 

 同帝がこの件について、自身の考えを明確に表明した記録は無いのだが、ある時、ある枢密院議員が自家の一門に属する貴族家に対して、彼らが所有する保養地や美術品、工芸品などを譲渡して欲しいと持ち掛け、その対価として不当に安い金額しか渡さなかったとして、ジギスムントは枢密院総会の席上、議員の行為を「一門党首としての権力を濫用した、貴族にあるまじき不品行」と批判、院の総意として、是正勧告を出すように求めた。

 

 しかし、同様の行為は大なり小なり、有力貴族であればやった事が無い者はいない、ありふれた行いだったため、枢密院の中から「無償で取り上げた訳でもなく、彼は一門党首として、分家や従家を不断に庇護する責務を負っている。調査の結果、彼が党首の責務を疎かにしていた事実は認められず、その責務にかかる費用は全額負担もしている。この点を考慮するなら、個別の厳重注意が適当で、院の総意としての是正勧告は不当に重すぎる処置ではないか」との声が上がった。

 

 しかし同帝は、それに応えて、以下の通り演説している。

 

「権力とは、それを用いて何を行い、如何なる結果が出たのか、人類社会全体の公益増進に対し、如何なる寄与を成し得たのか、ただその点においてのみ、妥当性を判断されるべきである。仮に非合法な手段を用いて得た権力であっても、権力取得の過程で生じた流血や破壊、社会秩序の紊乱等の不利益と、得られた権力で成し得た公益とを比較考量し、後者が上回った場合は、その権力行使は妥当だと言うべきである。

 

 本件では、権力行使の結果で得られたのは、当該議員の私欲充足のみであり、人類の公益増進には何ら寄与していないどころか、複数の貴族家に対し、主家への憤懣という悪感情を惹起させている。故に余は、この権力行使に妥当性を認める事は出来ない。

 

 卿らは、彼議員が当主の責務を果たしている事を免罪の理由としているが、自身に課せられた責務の遂行と、自身の権力行使の妥当性との間に、如何なる因果関係があると言うのか。卿らの主張は、例えるならば、納税の義務を果たし、貧民への慈善行為もしているから、他者の財物を不当に略取しても良いのだ、との見解に等しいのではないか。改めて卿らに問いたい。この見解を是とする者は、果たして本議場に存在するだろうかと。

 

 無論、彼の行為が刑法上の罪を構成するものではない事は、余も承知している。だが、卿ら貴族は、偉大なる皇祖ルドルフ大帝陛下より、その卓越した力量と倫理性を認められて、全人類の支配者階級と定められた存在ではないか。大帝陛下の信任と付託の重さを考えるならば、区々たる私欲を満たすためだけに、己が権力を濫用する事の罪深さを自覚すべきである。余自身も含め、我々支配者階級は、己が保有するに至った権力をただ人類社会の公益増進のためだけに、如何に行使できるのか、不断に考えなければならない。卿らの良識と理性に期待するや切である」

 

 本演説後、当該議員には枢密院の総意としての是正勧告が発出されて、一門内の貴族には、議員から災害発生への弔慰金との名目で、損失補填がなされている。ただ、これは皇帝ジギスムントの演説に枢密院議員が感銘を受けたから、というよりも、既に圧倒的な権力を保有していた同帝の意向に対し、表立って逆らう事は得策ではないと考えた、枢密院側の妥協の産物だったようだが。

 

 本演説からは、皇帝ジギスムントの権力観が伝わってきて興味深い。同帝は、権力とはどうやって手に入れたかという過程よりも、手に入れた後、何を為したかという結果を重んじていた事が分かる。

 つまり、同帝の考えは、建国者ルドルフ大帝の血統を受け継ぐ、ゴールデンバウム家の当主であるから、自分は銀河帝国皇帝という専制君主の権力を手に入れた、との過程は問う所ではなく、帝国皇帝として自分が何を為したか、人類社会の公益増進に資する事は出来たのか、という結果で、自身が保有する権力の妥当性は判定される、という事だ。

 この考え方を援用すれば、大貴族達が一門内の力関係の結果、多くの貴族家を支配するに至ったとしても、それ自体は問題ではない、問われるべきは、一門党首として、何を為したか、その点だけである、という事になる。

 この点だけを取り出すならば、皇帝ジギスムントという人物は、徹底したプラグマティストだったと言えるだろう。

 

 なお余談だが、ジギスムント帝の主張は、これ以降、ゴールデンバウム朝の歴代諸帝、また貴族達が自身の立場を正当化するための思想的根拠の1つとなっている。

 

 本論から逸れたが、ジギスムントは上記のように考えていたからこそ、世襲によって権力を継承した自身の在り方を肯定できていた。故に、自身の権力観に抵触する枢密院議員を掣肘する事に、矛盾を感じる事は無かっただろう。以下、枢密院分院の設置が同院議員の言動を如何に規制したか、節を改めて論じてみたい。

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