【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第4節 分院制度の目的

 枢密院分院の分析と考察を行う上で、まず注意すべきは、枢密院議員の領主は分院に属する必要が無かった、いや分院から排除されていた、という事実であろう。確かに、分院に法的な権限は無かったが、自分達の上に立つ枢密院議員が存在していない場での討議は、自ずと彼らへの批判、批難も飛び出したのではないかと想像される。そして、皇帝ジギスムントが狙ったのは、将にこの点だった。

 

 旧王朝の歴代諸帝の中で、強堅帝ジギスムント1世は、帝国領内を盛んに巡幸した皇帝として知られている。その治世において、同帝は平均すれば一年のうち一ヶ月程度は帝都を離れており、その巡幸距離は、旧帝都オーディンから同盟首都ハイネセンまでの距離に換算すると、延べ7往復は優に出来ると言われる。

 

 それは帝国の支配下に入ったばかりの旧敵国領を視察し、その実情を把握すると共に、新附の臣民らに皇帝の存在を意識させ、その統治に服するよう、種々の恩典を与える必要性があったからだったが、それと同時に、枢密院議員を務める有力な領主貴族が直接関与できない場所で、中小の領主らと親しく言葉を交わし、その本音を聴取する事が目的だったのではないかと思われる。枢密院分院とは、同帝の意図をスムーズに実現させるために設置された組織だった、というのが筆者の見解である。

 

 枢密院議員を自身の与党としているジギスムント帝は、正面切って枢密院と事を構える意思は無かった。だが同時に、分院主催の奉迎式典を通じ、皇帝たる自分は枢密院に議席を持たない領主らとも言葉を交わし、彼らの声を聴いている。故に、卿ら議員の言動は把握できている、罪に問おうと思えば、いつでも罪に問えるのだ、と思わせる事で、彼ら議員がその不品行を自粛するよう、密かに促すのが狙いだったのではないか。

 事実、同帝の治世において、分家や従家の不当な取り扱い、従臣や領民の迫害、領地経営の怠慢等の理由で、皇帝から弾劾された領主は決して少ない数ではなく、その根拠として、他の領主からの申立が挙げられている事が多い。連邦時代の制度に範を求めるならば、枢密院が連邦議会に、分院は政府が国民の意見を直接聴取する各種審議会やパブリックコメント、もしくは公的権力の非行や不法を監視するオンブズマン制度に相当するとも言えようか。

 

 だが、政界に公的な地位を与えられている枢密院議員と、無役の領主とを同列に論じる事は出来ない。連邦時代、有権者たる一般市民がパブリックコメント等を通じて、政府や自治体に意見表明をしても、実際の政治は官僚と議員間の談合や力関係で左右され、これらの制度は「民意を聞いた」という当局者の形式-有体に言えば建前-に過ぎなかったように、分院を通じた領主らの意思表示が帝国政界に影響を与えうるかどうかは、偏に最高権力者たる帝国皇帝の能力と器量に左右されざるを得なかった。

 

 優れた政治家だったジギスムント、また後世では、名君と称された健軍帝フリードリヒ1世や晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世ら、有能で政治的力量に優れた皇帝であれば、分院制度は所期の機能を発揮できたが、皇帝権が凋落し、有力貴族が帝政を壟断する時代では、有力な枢密院議員が自家の領地にある分院を支配、血縁や職能で結ばれた一門とは別に、地縁で結ばれた、自家の「後援会」的組織としてしまう例もあった。

 実際、この傾向は分院創設時から兆しており、例えば旧シリウス・経済共同体領に設けられたヴァフスルーズニル・フレスベルグ両軍管区に設けられた分院は、共同体総裁から転身した大諸侯、カストロプ公マクシミリアンの強い影響下にあった。

 

 明敏な為政者だった皇帝ジギスムントがこの危険性に気付かないはずは無く、同帝はその晩年まで、皇帝と分院の関係強化に努めている。その一例を挙げると、ジギスムントは治世後半、帝都オーディンで毎年挙行される皇帝生誕祭に、各分院長の出席を義務化。彼らに、その分院に属する領主らが大帝遺訓を遵守し、恙無く領地の統治を行っているか否か、直接報告するように求めた。

 これなどは自身の与党である枢密院議員を過度に刺激する事無く、皇帝の誕生を祝い、その支配する帝国領内が平穏無事である事を報告するという態で、各分院からの情報が直接、かつ定期的に届くようにしたものだと言える。同帝は支配体制の秩序を壊乱するとの理由で、下級貴族らが皇帝たる自分に直訴する事を決して好まなかったが、ある政治史学者は「ジギスムント帝が創始した分院制度は、皇帝への直訴という行為の法制度化である」とも指摘している。

 

 しかし、先帝ルドルフは自身が創設した枢密院制度を「余らが否定した議会制度そのもの」と言い、その存在を否定的にしか捉えなかった。一方、後継者ジギスムントは枢密院の存在を積極的に受け入れて、自身の与党としたばかりではなく、同院議員の不品行を掣肘するため、連邦時代、議会制度の補完として運用されていたパブリックコメント等にも比すべき、分院制度を創始している。

 

 皇族、皇太孫の責務として、真摯に学業に励んでいたジギスムントは、連邦の政治や行政にも十分な知見を有していたと思われるが、ルドルフが感じた如き、この種の矛盾や皮肉を感じなかったのであろうか?筆者は感じていたと思っている。感じた上で、有用と判断したが故に、この分院制度を創設し、また銀河連邦の遺産とも言うべき、科学技術に立脚した生産・流通システムも受け入れたのだと考えている。筆者が強堅帝ジギスムント1世という為政者を「徹底したプラグマティスト」と評するのは、将にこの点なのだ。

 

 そして、同帝のこの性向は、偉大なる建国者ルドルフ大帝が定めた祖法にさえも、一定のメスを入れる事を躊躇わせなかった。それこそが、ルドルフ大帝が帝政の大方針として定めた「臣民の生存と安寧」という二本の柱のうち、「安寧」に直結する、帝国全土に亘る治安維持体制の大再編だった。

 尤も、もし仮に天上の同帝に尋ねる事が出来たならば、「余は大帝陛下の祖法を変えたりなどしておらぬ。祖法の精神に則り、社会の現実に合致するよう、運用方法を変更したに過ぎぬ」と答えるだろう。それもまた、プラグマティストの面目躍如だと言えるだろうが。次章では、皇帝ジギスムントが実行した治安維持体制の大再編について概説したい。

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