【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
第1節 ルドルフ時代の国家儀礼~帝国暦制定の意味
旧王朝末期に生きた者ならば、新年の祝賀行事を始め、帝室主催の式典や行事が挙行されていた事を覚えているだろう。新王朝開闢後、虚礼を嫌う開祖ラインハルト陛下の意向で、その大部分は廃止、縮小されたが、これら式典の大部分は、ジギスムント帝の御代にその原型が定められている。
同盟の歴史学会などでは、銀河帝国の仰々しい式典は、帝国皇帝という虚名を殊更に飾り立て、自身の権威確立を図ろうとした、英雄ぶった権力亡者ルドルフの妄執の表れ、などと揶揄、嘲笑されていたが、公開された新史料によると、建国者ルドルフの御代に定められた式典は、精々、連邦の国家元首就任式に準じた即位式くらいで、それさえもジギスムントの即位時、専制君主としての側面を強めた内容に変更されている。
前巻でも述べたように、自身の地位に固執する、過度の権力亡者というルドルフ像は、帝国暦400年代以降、ルドルフ原理主義を鼓吹した残暴帝ウィルヘルム1世らの影響を受け、軍国主義化した帝国社会の中で、それに反発する共和主義者達が自らの抵抗活動を正当化、鼓舞するため、ある意味では捏造した「ルドルフ像」だったのではないか、これが筆者の見解だが、実際のルドルフは虚飾を嫌い、外見よりも実利を重んじる、いわゆる合理主義者で、旧王朝の浪費の象徴とも云われる新無憂宮も、臣下が上奏した構想案を「過大である」として、一度は退けてもいる。
建国者ルドルフは、帝国の支配を確立するため、内外の敵を打倒する事が急務であり、かつ自身の性向も手伝い、各種式典や国家行事を定式化する事は、政策上の優先順位が相当に低かったのだろうと想像される。
だが、一時の独裁政権ならいざ知らず、国家が永続化するためには、何らかの形で自国の正当性を鼓吹し、それを人民に理解させなければならない。歴史を紐解けば、神から統治権を授けられたとする王権神授説、宗教者が権力者となる神権政治、人権を持つ人民が選挙によって選出した人物が権力者となる主権在民など、少数が多数を支配するという国家の本質、支配―被支配の関係性を正当化する言説は、数多く生み出されている。
それらの言説を可視化し、人民に理解させるための文化的装置こそ、国家が主催する式典や公式行事に他ならないのだ。明哲な為政者であったルドルフが、その重要性に気づいていなかったとは思えない。その根拠として指摘したいのが、宇宙暦の廃止と帝国暦の制定である。
古代、人類が「暦」という概念を発明して以来、様々な暦法が考案されている。また、暦法ではないが、アジア圏では、皇帝や国王の在位期間を特定の文言で表現する、元号なる制度もあったと伝えられている。
暦それ自体は、人類が農耕を開始した結果、播種や収穫等の時期を知るための手段として生まれた、と言われているが、暦の制定は、農作業に従事する人民に、行動する時期と内容を指示する事に直結するため、政治性を帯びざるを得なかった。即ち、暦を作る事が権力者の仕事の1つと見なされるようになった。
転じて、暦とは権力者の支配権の象徴ともなり、地球時代のある歴史学者の言葉を借りるならば「権力者が領土という空間のみならず、時間をも支配している事を示す」ものとなったのだ。
ルドルフは、実利に直結しない、歴史学を始めとする人文科学を決して重んじてはいなかったが、それでも為政者の必須教養として、人類史の知識は豊富だったようだ。
銀河連邦を建国した人類が、地球の遺産とも言える西暦を廃し、脱地球的な宇宙秩序を求めて宇宙暦を創始したように、ルドルフは連邦の遺産とも言える宇宙暦を廃し、これからは唯一、銀河帝国のみが人類社会を永遠に統治する国家である事を内外に宣言するため、帝国暦の創始に踏み切ったのだろう。
また、超自然的な存在を希求する連邦末期の民意に応えて、ペデルギウス星系で人々の信仰を集めていた大神オーディンを帝国の守護神とするなど、国家統治の上で、文化的装置の重要性を理解していなかったとは思えないのだ。だが、支配体制の確立に忙殺された結果、その分野に着手する事なく崩御したルドルフの遺志を受け継ぎ、具体化したのがジギスムント帝の定めた各種式典・国家行事だったと言える。