【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
最後に、新年祝賀式典と物故者慰霊式典。この両式典は対になっており、まず物故者慰霊式典は、支配者階級である貴族は言うに及ばず、例え平民でも、帝国政府や帝国軍、貴族家に奉職して、公務中に死去した者達、即ち、帝国のために死んだ者達の天上(ヴァルハラ)での安息を祈念するもので、大神オーディンの祭祀を司る帝国皇帝が主宰者となり、式次第を進行、式の最後は「不幸にも散華したる、我が忠勇なる臣民達よ。大神オーディンの御手に守られ、その娘ヴァルキューレの導きで、永遠の安息の地・ヴァルハラへと至れ。銀河帝国は長しえに卿らの名を忘れず」で締め括るのが定式だった。
帝国建国前、帝都オーディンの前身、惑星ペデルギウスで信仰を集めていた人格神・オーディンは、罪無き者を迫害し、生命と財産を脅かす邪悪な存在を誅する正義の神とされ、オーディンを信じ、罪無き者の為に戦い、その果てに生命を落とした者は、オーディンの娘たるヴァルキューレの手で、永遠の安息の地ヴァルハラへと迎えられると言われていた。
前巻にて詳述したが、自身が神格化され、銀河帝国が神政国家に陥る事を嫌ったルドルフの意向で、オーディンは銀河帝国の守護神と定められたが、この慰霊式典には、ペデルギウス時代のオーディン思想の色彩が強いと言えるだろう。
そして、新年祝賀式典。慰霊式典は年末日の夜に挙行される事が多かったので、引き続き、祝賀式典に移る事がほとんどだった。有史以来、皆で年の始まりを寿ぐのは、人類社会で普遍的に見られる行為だが、銀河帝国の場合、前年に死去した者達の慰霊祭と対になる形で挙行されている事が特徴と言える。
これは、新年を新生と捉えて、慰霊祭で前年に生じた不幸を祓い、新しい生命力に満ち溢れた銀河帝国の再誕を祝う意図が込められていると、一連の式典や行事の制定を主導した、国務尚書ノイラート侯アルフォンスは書き残している。
この新年祝賀式典は、同時に旧帝国最大の祝祭でもあり、平素は夜間の外出を禁じる帝国政府も、この日は例外として、深夜から翌日まで、帝都全てを舞台とする祭りの開催を許可。深夜12時に至ると、新年の到来を告げる祝砲が新無憂宮より放たれ、それを合図に、帝都に住まう臣民は一斉に外へと飛び出し、乱痴気騒ぎに身を投じるのが常だった。
帝都の各所には、大道芸や即興劇など、様々な見世物が溢れ、フライングボールを始め、各種スポーツの試合も開催された。また、新年の祝いとして、帝国皇帝から帝都民全てを対象に、大量の肉やワイン、ビールなどが下賜されるのが慣例で、帝都の住民は熱々の焼肉を頬張りながら、ビールやワインを片手に、贔屓チームの試合を観戦、応援するのを年一回の楽しみとしていた。
貴族達も、新無憂宮で挙行された式典に出席した後は、この祝祭にお忍びで参加する者が非常に多く、平民と一緒にスポーツ観戦や飲食を楽しんでいた。厳格で折り目正しい性格だった皇帝ジギスムントも、この祝祭を否定するどころか、義弟ノイラート侯爵、また従弟で友人のビューロー侯爵らと共に、密かに祝祭を訪れ、祭りに興じる臣民の姿に喜んでいたと、ノイラート侯は書き残している。
なお、血気盛んな若手貴族の中には、平民に交じって酒の飲み比べに興じて、急性アルコール中毒で病院に担ぎ込まれる者、泥酔した挙句に、平民達との乱闘騒ぎを起こす者などもいたが、問題を起こした貴族や平民がいても、この日ばかりは、内務省警察局・社会秩序維持局とも、見て見ぬふりをするのが常だったと云う。
この新年祝祭は、同盟の歴史家などからは、一切の政治的権利を奪われた人民が、帝国に反抗しないよう、その不平不満を酒と食べ物と馬鹿騒ぎで解消させる、単なるガス抜きに過ぎないと酷評されていた。確かに、帝国政府にその意図はあっただろう。しかし、前述したノイラート侯爵の言に拠れば、全ての臣民がその活力を開放し、生の充実を実感できる場を設ける事で、その場を与えた銀河帝国の存在を自然に寿ぎ、以て帝国の弥栄と永遠の平和を君臣ともに念願する、それもまた、祝祭に込められた意図だった。その意味では、古代より連綿と続く、収穫祭にも似た祭事だったと言える。そして、この祝祭を始め、旧帝国滅亡まで続く主要な式典や行事の制定に携わった、ノイラート侯アルフォンスという人物は、歴史や文化に造詣が深い、知性と教養に溢れた政治家だった。
以下、本論からはやや逸れるが、皇帝ジギスムントの義弟にして腹心、宮内尚書と国務尚書を歴任した重臣として、旧帝国史に令名を残している、同侯爵の為人と業績を語りたい。