【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
学業を終えたアルフォンスは、宮内官僚の領袖だった父親の意向で、宮内省に奉職、同省典礼職や式部職に勤務する官僚となる。この頃になると、生来の生真面目で優しい為人はそのまま、他人の顔色を過度に窺う事もなく、自分の意思を明確に表明できる人物へと成長しており、その将来を危ぶんでいた父親ハインリッヒ、そして長姉アデルハイドは、その胸を撫で下ろしている。ただ、それが兄貴分のアンドレアスの影響だと言われると、本人は向きになって反論したが、父や姉は終生、後のビューロー侯アンドレアスに感謝の念を持ち続けたと云う。
若手官僚として宮内省に勤務していた頃のアルフォンスに関する逸話はほぼ皆無で、想像するに、祖父マルクスの部下だった古参の官僚達から、将来の宮内尚書たれと、日々指導を受け、業務に精励していたのだろう。努力家で知性も十分だったアルフォンスは、彼らの期待に応え、いや期待以上の成果を上げたと言える。詳しくは後述するが、義兄たる皇帝ジギスムントが親政を開始すると、宮内尚書に就任、その後は国務尚書に抜擢され、筆頭閣僚の地位にまで就いている。
アルフォンスが帝国政界へと本格的に登場するのは、ジギスムントの母カタリナや、宮内尚書ノルデン男爵らがルドルフ大帝崩御時に画策したクーデター未遂事件、いわゆる「二月事件」の鎮定時。近衛兵一個連隊を率いて宮中に乗り込み、母カタリナと妹テレーゼに軟禁を宣告、ノルデン尚書を逮捕した皇太孫ジギスムントの側近として、行動を共にしている。この時、アルフォンスは宮内省秘書職に所属、皇太孫付の政務秘書官の1人を務めており、或いはクーデターの動きを察知したジギスムントの意を受けて、宮内省内で密かに尚書以下、クーデター派の動向を探っていたのかもしれない。
ジギスムント即位後、未だ20代前半の若さでありながら、宮内省典礼職長に任命される。専制国家らしい極端な抜擢人事であったが、初代宮内尚書マルクスの嫡孫で、宮内官僚の領袖・ノイラート侯爵家の世子であり、かつ新帝ジギスムントの義弟で腹心というアルフォンスの抜擢に異を唱える者は、表立っては存在しなかった。
しかし、この抜擢は単に血統や縁故に拠るものだけではなかった。少なくとも、皇帝ジギスムントの中では、その力量と為人を正当に評価した上での任命だった。そして、同帝の評価は完全に正しかったのである。
少年期から「書痴」と揶揄される程の読書家だったアルフォンスは、とりわけ哲学や文学、歴史など人文科学に関する書籍を愛好。実学偏重の帝国社会では、その読書傾向は必ずしも歓迎されなかったが、その経験は人間や社会に対する深い洞察力を養い、また人類史に関する豊富な知識は、各貴族家が伝える来歴の真贋を判定する事に繋がった。幼馴染そして学友として、アルフォンスの卓越した学識を熟知していた皇帝ジギスムントにしてみれば、各貴族家に関する業務一切を取り仕切る典礼職の長に、アルフォンス以外の人材を据えるという選択肢は無かっただろう。
その期待通り、典礼職長に就任したアルフォンスは、各貴族家の家格を再評価し、宮廷序列を明確化するために、旧帝国史上初となる諸家譜(全貴族家の来歴と家系図を網羅した叢書)の編纂に着手。帝国全土から史料を集め、宮内省典礼職員の大幅増員に踏み切ってまで、約10年の歳月をかけて完成させている。
文華帝エーリッヒ1世の御代、同じく諸家譜の編纂を業務の一つとする、典礼省家格職長の地位にあった歴史家、フィッシャー子爵は、アルフォンス編纂の諸家譜を「帝国建国期の歴史研究を行う上で、一次史料に匹敵する価値がある」と高く評価しており、自著「銀河帝国の成立」でも主要な参考文献として挙げている。
この諸家譜は学問的価値が高いというのみならず、皇帝ジギスムントの政治的立場を強化する役割を果たしてもいる。同帝が遂行した拡大戦役、即ち辺境域で余喘を保つ敵対国家や、帝国領内の共和主義勢力を討滅する一連の戦いの結果、敵対勢力の有力者が帝国に降伏、または亡命し、帝国貴族に転身する事例が少なくなかった。
その結果、先帝ルドルフの御代に爵位を与えられた貴族らとの間で、その序列を巡って諍いが生じていた。古参の貴族達は先帝恩顧という立場を誇り、新付の貴族達は現在保有する政治的、経済的力量を誇示し、帝国への貢献度を主張、或いは連邦時代、さらには地球時代から続く名家との立場を揚言する者さえいた。アルフォンス編纂の諸家譜は、彼ら貴族達の来歴を客観的に明らかにして、その主張の正当性を判定する試金石の役割を果たしている。
当時、古参と新付の貴族同士の諍いに頭を痛めていた枢密院にとり、この諸家譜の存在は非常に有り難いもので、諸家譜の編纂を許可した皇帝ジギスムントが、彼ら枢密院議員の好意を獲得する事にも繋がった。
そして、拡大戦役の遂行を通じて、父親ノイエ・シュタウフェン公が領袖を務めるシュタウフェン派との対決を意識し、自前の政治勢力の構築に腐心していた皇帝ジギスムントにとっても、枢密院を自身の与党として確保する上で、この諸家譜は強力な武器になったと言えるだろう。