【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第7節 政治家アルフォンス・フォン・ノイラート④~失脚、そして主君との永訣

 皇帝ジギスムントの義弟で腹心、かつ筆頭閣僚として、公私ともに帝国政界の頂点を極めたかに見えたノイラート侯アルフォンスだが、その晩年は必ずしも幸福とは言えなかった。

 

 詳しくは次章で述べたいが、皇帝ジギスムントは最晩年、帝位継承における長子相続の原則を祖法として確立すべく、尚書会議(閣議)に法制化を指示。それに異を唱えたのが、当時、国務尚書の地位にあったアルフォンスだった。

 

 彼は「帝位継承はあくまで帝室、即ちゴールデンバウム家内部の問題であり、それを法律で定める事は、全人類社会の統治を家業として継承する同家の意思よりも、法を優先する事に他なりません。それは法治よりも人治を志向した、建国者ルドルフ大帝陛下のご遺志に悖るのではございませんか。

 また、臣下として誠に不敬なれども、陛下の長子リヒャルト殿下は頭脳明敏とは雖も、奢侈を好み、女色に耽り、臣民の範たるべき皇帝の任に耐え得る御方とは思えません。然るに、次子ルードヴィヒ殿下は、陛下の御意向に沿い、大帝遺訓を範とし、常に刻苦勉励、己を向上させる努力を怠る事無く、将に万民の手本たるべき御方であります。今、長子相続を祖法とする事は、その任に相応しからざる者を帝位に据える事に繋がるのではございませんか。どうか陛下、ご賢察ください」と主張した。

 

 皇帝ジギスムントに深く忠誠を誓い、その為人を尊敬もしていたアルフォンスだが、尊敬する主君の命とは言え、いや、だからこそ却って、帝国の根幹に抵触し、かつ帝国の安定と平穏を毀損するかの如き命令には従うべきではない、主君の誤りを諫める事が臣下として正しい道と考えたのか。

 

 しかし、事はそれほど単純ではなかった。ジギスムント自身、己の命令が帝国の国是に反する内容である事は自覚していた、自覚した上で、自身の政治構想を達成するため、敢えて命じた、これが筆者の見解である。その経緯は次章で詳述するが、極めて皮肉な事に、長子相続の原則を確立しようとしたジギスムント自身、己の息子二人に対するアルフォンスの評自体は決して否定しておらず、むしろ同意していた、即ち長子リヒャルトより、次子ルードヴィヒの方が帝位に相応しいと考えていた節がある。そこに、次子を偏愛する皇后アデルハイドの意向が絡み、当時のジギスムントは、恐らく即位後初めて、公人と私人、この相反しがちな立場に引き裂かれようとしていた。

 

 アルフォンスが、主君の内心をどこまで認識していたのかは分からない。しかし、人は隠蔽したい本心を他者から的確に指摘されると、我を忘れて逆上しがちになる。明哲な為政者たるジギスムントでさえも、やはり感情の動物たる人間だった。身体の不調を自覚し、己の余命が決して長くはないと感じていた事も手伝い、同帝は自身の命に異を唱えたアルフォンスに参内を命じると、衆人環視の前で叱責、無用の言を弄んで、徒に皇帝の尊厳を毀損し、かつ皇子らを不当に侮辱したと言い、本来ならば不敬罪に相当するが、今までの功績を鑑みて、罪一等を減じる、当分の間、出仕には及ばぬ!自邸にて謹慎せよ!と、停職、閉門処分としてしまった。

 

 軍務尚書ビューロー侯爵は「言論を理由として臣下に罪を問うべきではありません。それは名君の道ではございません。国務尚書の言は、陛下の意に沿うものではないかもしれませんが、決して誤りではございません。正しい事を主張する者を罰する道理は無いと、かつて陛下ご自身が言明なされたではありませんか、どうかご再考ください」と、平素の飄々とした態度を放擲して、必死の形相で友人を弁護したが、頑なになったジギスムントの怒りの火に、油を注ぐだけでしかなかった。

 

 結果として、ジギスムントは尚書会議での採択を経る事なく、帝国暦69年、長子相続を祖法と定める詔書を公布。さらに、当時の枢密院議長マールバッハ伯ヴィルヘルムを密かに呼び寄せ、枢密院の総意として、長子相続の祖法化を協賛する宣言を出してほしいと、議員の取り纏めを依頼。同伯は褒賞として侯爵位を提示された事も手伝い、皇帝の指示通り、院の総意として、長子相続の祖法化を協賛する宣言を行った。

 帝国暦70年、これまで延期され続けてきた長子リヒャルトの立太子式が挙行。翌71年に崩御する皇帝ジギスムントは、皇太子の徽章として定めた、双頭鷲の黄金章を震える手でリヒャルトの胸に付けたが、居並ぶ閣僚の中に、国務尚書ノイラート候の姿は無かった。

 なお余談ながら、第3代皇帝リヒャルト1世の即位に一役買ったマールバッハ家は、その事への密やかな報酬として侯爵に昇爵。また同帝の治世では、領主貴族ながらも、一族から尚書を輩出するなど、大諸侯として権勢を振るうが、第4代オトフリート1世が即位すると、権臣エックハルトの政敵だったカストロプ公爵家の与党と見なされ、エックハルトから些細な言い掛かりを付けられて侯爵位は没収、元の伯爵位に戻されている。

 

 長子相続の祖法化を断行した皇帝ジギスムントの意図は、次章にて詳述するので、ここからは、国務尚書の地位を事実上、逐われたノイラート候アルフォンスの最期について述べたい。

 

 皇帝ジギスムントの勘気に触れて、停職、閉門処分とされた同侯は、しかし国務尚書の地位を解任される事は無かった。ジギスムントは同省次官ボーデン子爵エンゲルベルトを事実上の尚書代行とし、国務尚書が議事進行を務める慣例の尚書会議は、自ら司会を務めている。或いは、ジギスムントも内心では、同候に下した処分は不当だったと感じており、その罪悪感の表れだったのかもしれない。

 

 閉門を申し渡されたアルフォンスは、その生真面目な性格そのままに、古式に則り、自邸の正門に封印を施し、邸内の照明も必要最小限に留め、昼なお暗くした屋敷内で、ただ只管に座り続けていた、と云う。

 帝国暦71年、身体の不調を訴え、新無憂宮内に設けた病室で療養していた皇帝ジギスムントの容体が急変。診察の結果、崩御は時間の問題との判断が侍医団より示されると、皇后アデルハイドは密かに軍務尚書ビューロー侯爵を呼び、「弟の性格からして、陛下のお許しを得ていない自分が病床を訪れる事は出来ないと言うでしょう。しかし、今、会わせてやらなければ、陛下は心安らかに天上に旅立つ事は出来ず、弟も一生後悔するでしょう。どうかお願い致します。力尽くでも構いません。弟をこの場に連れて来て頂きたいのです」と依頼した。

 

 元々、皇后の依頼が無くても、友人同士に最期の別れをさせてやらなければならない、この場でそれが出来るのは唯一、自分だけだろうと思っていた同候は、自ら運転する地上車をノイラート侯爵家の正門に激突させ、無理矢理に封印を破ると、呆然としているアルフォンスの腕をつかみ、新無憂宮まで連れて行こうとした。

 自失から我に返ったアルフォンスが、皇后の予想通り、罪人である自分が陛下に御目通りする事は出来ないと主張すると、その言葉が終わる前に、アンドレアスは「お前は皇帝陛下の御前に参上するのではない!今まさに死に臨んでいる年来の友に、最期の別れを告げに行くだけだ!年来の友人同士が会って何が悪い!誰を憚ると言うのだ!」と一喝。その言葉に決して納得した訳ではなかったのだろうが、本心を偽っていたアルフォンスは、抵抗を止めると、大人しく新無憂宮まで連れて行かれている。

 

 国務尚書を事実上解任されたノイラート侯爵に対し、新無憂宮に参集した大貴族や文武官達が微妙な視線を投げ掛ける中、皇后アデルハイドは弟を迎え、同行してきたビューロー侯爵に謝辞を述べると、両名を皇帝の病室へと招じている。

 その後の事を書き記した史料は存在しない。皇帝ジギスムント崩御後、皇后も両侯爵も、病室内で何が起こったのか、何を話したのか、死去するまで一切、黙して語らなかったからだ。史家としてはあるまじき発言かもしれないが、むしろそれで良かったと思う。歴史学には確かに、故人の墓を暴き立てる側面もあるが、例え相手が帝国皇帝であろうとも、毎日がただ煌めいていた、ただただ楽しかった、少年少女の頃の思い出にまで、土足で踏み込むが如き無粋な真似をすべきではない、と信じるが故に。

 

 皇帝ジギスムントの国葬後、国務尚書ノイラート候アルフォンスは新帝リヒャルトに対し、正式に辞職願を提出。皇子時代の自分を放蕩者と批判した同候の発言を不快に思っていたリヒャルトは、父帝の重臣、自分にとっても母方の叔父に当たる人物でありながら、慰労の言葉さえなく、冷然と許可している。

 翻意させようとした軍務尚書ビューロー侯爵に対しても、ただ力無い微笑を浮かべて「僕はもう、疲れたよ」とだけ言い残すと、一切の公職から退き、爵位も嫡子ヴォルフガングに譲ると、先帝ジギスムントから課せられた閉門処分はまだ解除されていない、とでも言うかの如く、自邸の門を固く閉ざし、帝国暦73年に人知れず死去するまで、屋敷内から出る事すらなかったと云う。

 

 銀河帝国の基を固めた名君、強堅帝ジギスムント1世を補佐した名臣として、旧帝国史上に令名を残したノイラート候アルフォンスという人物は、たとえ皇帝が英明で、臣下が賢良であったとしても、必ずしも幸福な結果だけを齎すものではない、という人間世界の不条理さを表す存在のように思えてならない。

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