【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

139 / 147
第9節 長子相続に込めた意図

 一読して明らかの様に、ジギスムントは銀河帝国皇帝という存在に対して、極めて大胆な定義をしている事が理解できる。帝国皇帝とは何物にも制約されない絶対権力者であり、皇帝の言はあらゆる法に優越するという解釈が一般的だが、ジギスムントが提示した皇帝像は、統治大権を有し、人類社会の統治に責任を持つが、ただ独りで統治の任に当たるのではなく、支配者階級である貴族と共に、統治を行う者である事、そして、自ら統治を行うのではなく、統治に当たった貴族らの言動が妥当か否か、判断して裁定を下す事こそが責務である事、この2点が強調されている。

 

 これは、統治権を臣下である貴族と共有する事-詔書中にも「分有」との表現がある-に他ならず、かつ統治の実務には携わらないと宣言する事は、地球時代、ある立憲君主国の国王が自らを「君臨すれども統治せず」と評したように、専制君主から立憲君主へと、帝国皇帝の存在を転換させるものだと言えるのではないだろうか?

 しかし、旧帝国の歴史学界では、帝国皇帝=専制君主との見解が主流であり、かつ不敬罪との関係上、このジギスムント帝が晩年に発した詔書は黙殺されるか、或いは皇帝の本義を理解していない事の証左とされ、同帝凡君説の根拠の1つとされている。また同盟では、臣下の反対を押し切り、長子リヒャルトへの帝位継承を強行した同帝が自身の判断を正当化するための強弁に過ぎないと見なされていた。

 

 筆者は、上記の見解を是とはしない。ジギスムント帝は極めて有能かつ明晰な為政者であり、恐らく自身の詔書が詭弁である事を理解していただろう。実際、長子相続を祖法にすると宣言した所で、先帝ルドルフのように、長子を儲ける事が出来なかった皇帝はどうするのか?長子を儲けられても、即位前に死去した場合の対応は?または身体には問題が無くとも、何らかの障害を持ち、正常な精神活動が出来ない場合は、それでも帝位を継承させるべきなのか?など、反論や指摘は無数に存在する。

 

 また、君臨すれども統治せず型の立憲君主的皇帝への志向は、法治よりも人治を重んじ、為政者の能力と識見によって、法が救わぬ人民の救済を目指した先帝ルドルフの意思に抵触する事も分かっていただろう。皇帝が統治の実務に携わらないと言えば、勢い、実務を司る貴族らの権力が増大する。自身に権力を集中させる事で、強大な政治力と指導力を発揮した先帝ルドルフがもし存命であれば、このジギスムントの詔書を認める事は決してなかっただろう。

 

 だが、それでも敢えて、皇帝ジギスムントが義弟にして重臣ノイラート候の「正論」を退けてまで、長子相続の祖法化を断行したのは、帝位継承を巡る骨肉の争いからゴールデンバウム家を解放したいとの願いの表れであり、また皇帝が統治から距離を置くと宣言する事で、臣下たる貴族達の裁量権を拡大し、彼らの権勢欲をある程度満足させて、例え皇帝が如何なる人物であっても、その存在を受け入れやすくするためだったのではないか、これが筆者の見解である。

 

 その結果、帝国皇帝は立憲君主的性格を帯びざるを得なかったが、ジギスムントがこの点について、どこまで自覚的だったのか、史料上からは詳らかにしない。ただ、統治者の必修教養として、人類史の知識も豊富に有していたジギスムントは、西暦時代、アジア圏のある小国で、歴史ある皇帝家が政治的権力を放擲し、ただ国家統合の象徴となる事によって、結果的に一千年以上の命脈を保つ事が出来た、その先例が或いは脳裡にあったのかもしれない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。