【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第10節 長子相続が後世に与えた影響

 敬慕する先帝ルドルフの遺志を枉げてまでも、骨肉の争いという悲劇からゴールデンバウム家を解放したいと、長子相続の祖法化に固執した皇帝ジギスムントの願いだが、それが成就したとは到底言えない。

 

 周知のように、第4代オトフリート帝崩御後、権臣エックハルトの専横と弑逆の危険から逃れるべく、同帝の長子カスパー帝は失踪。その後はオトフリート帝の実弟ユリウスが即位、ユリウス帝の長子フランツ・オットーが皇太子となったが、ユリウス帝に先立ちフランツ・オットーは死去。ユリウス帝は皇太曽孫カールによって弑逆され、その秘事を知ったカールの従弟ブローネ候ジギスムント(フランツ・オットーの次男の子)に脅迫された結果、ユリウス帝の後継者として、ジギスムントが即位している。

 

 つまり、カスパー帝→ユリウス帝の時点で、長子相続の原則は崩壊しており、その後はユリウス→フランツ・オットーとの形で、再び長子相続の原則が復活するかに見えたが、ユリウス帝が予想以上の長命を保った結果、皇統はユリウス帝の嫡流ではない、フランツ・オットーの次男の子・ジギスムントが継承している。

 そして、それ以上に重要なのは、ジギスムント帝があれほど恐れた骨肉の争いが皇帝弑逆という最悪の形で行われてしまった事。天上のジギスムントがこの光景を見ていたとしたら、或いは先帝ルドルフと同様、人間存在への嫌悪と絶望に陥ってしまったかもしれない。

 

 しかし、前述した通り、第2代ジギスムント1世から第4代カスパーまで、ジギスムント帝が崩御した帝国暦71年からカスパー帝が即位した同124年まで、約50年間、半世紀に亘って、第4代オトフリート1世の皇后ヴィルヘルミナによる帝政の壟断と、同后の腹心として台頭した権臣エックハルトの専横という事態は生じたものの、皇族や臣下による皇帝の弑逆や廃立は起こっていない。これをジギスムント帝が断行した長子相続の祖法化が齎した効果だとするのは、筆者の謬見だろうか?

 

 詳しくは両帝の巻で述べたいが、第3代リヒャルト1世、第4代オトフリート1世ともに、能動的か、受動的かとの差はあれども、統治の細部には拘泥する事無く、大部分の政務を貴族達に委ねており、確かにそれは権臣エックハルトの台頭を許した遠因でもあったのだが、同時に、大多数の貴族が皇帝の存在を好意的に受け入れる事にもつながっている。

 

 後世、ゴールデンバウム朝の黄金期と称された、美麗帝アウグスト1世、文華帝エーリッヒ1世の御世には及ばずとも、帝国暦71年から124年までの人類社会は、強固な管理社会ではあったが、戦火は終息して、治安は良好。支配者たる皇帝や貴族も、被支配者たる平民も、法律を犯さず、生業に励めば、その生命と地位を脅かされる事なく、生命維持には十分な衣食住は保障され、日常生活の安寧と細やかな幸福は、確かに享受できたのだ。

 自由や人権を至上とする価値観の持ち主には受け入れ難いかもしれないが、筆者には、これもまた「善政」の名に値する政治だと考える。そして、それを齎したのは、帝位継承を巡る皇族間の闘争が政治の不安定化を惹起し、ひいては臣民の生活にも悪影響を与えかねない事まで懸念していた、ジギスムント帝の深謀遠慮が齎した成果だと思えてならない。

 

 なお余談ながら、本節の最後に1つだけ指摘しておきたい。歴史の皮肉とは使い古されたフレーズだが、帝国皇帝は貴族達の言動を判定する裁定者であり、統治の実務には携わらないと宣言、立憲君主的皇帝像を掲げた強堅帝ジギスムント1世が、歴代諸帝の中でも一二を争う有能な実務家であり、同帝の長子で、立憲君主的皇帝たる事を余儀なくされた享楽帝リヒャルト1世が、歴代諸帝中、随一の頭脳の明晰さを有し、連邦末期に生まれていれば、建国者ルドルフ大帝に従い、銀河帝国の建国の功臣として、必ず歴史に名を残したと評された英雄児、天才児であった事は、極めつけの歴史の皮肉だと言うしかない。

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