【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
本章の最後に、同帝を専制君主の理想と称揚した歴史家皇帝・文華帝エーリッヒ1世が著した、強堅帝ジギスムント1世の評言を引用しておきたい。
「…強堅帝ジギスムント1世の評伝を終わるに際し、余は再度、同帝の人生行路を想起するにつれ、銀河帝国皇帝との立場を同じくする者として、九割の称賛と一割の嫉妬を禁じ得ない。
ジギスムント帝が在位中に成し遂げた事績は、将に名君にのみ可能な御業である。同帝が自身を名君という存在に成長させるため、幼少期から不断の努力を継続してきた事、成人後、己の才知に溺れず、常に公平公正たらんと務めて、臣下達の信頼と人望を得た事、それを裏付ける史実は枚挙に遑が無い。不躾ながら、生来の天才でも秀才でもない、ただ努力の人であった同帝が、将に努力のみによって、偉大なる英傑ルドルフ大帝陛下の功業を継承し、改めるべきは改め、伸ばすべきは伸ばし、是々非々の判断を的確に行い、銀河帝国の基を強固かつ堅牢に構築した事、どれほどの賛辞を贈ろうとも、決して過大とは言えぬだろう。
だが、余は同時に、同帝が何故、斯くも努力を続けられたのか、その事に思いを馳せる時、同じ皇帝として、同じ夫として、同じ父として、同じ男性として、そして人として、誠に忸怩たる思いだが、心中に妬心が生じる事を自覚せざるを得ない。
孤独を本質とする専制君主でありながら、その生誕から崩御に至るまで、同帝の周囲から人々の愛が途絶えた事は無かった。偉大なる庇護者だった祖父ルドルフ大帝陛下、厳しくも温かい師父だった父親ノイエ・シュタウフェン大公、偏頗なれども無条件の愛を注いだ母親カタリナ皇女殿下、兄への愛情の故、時には反発もした皇妹テレーゼ殿下、女性性の最良の結晶とも言える皇后アデルハイド陛下、立場は臣下なれども、忠誠と追従の区別が付けられる品格を有し、深い信頼と友情で結ばれていた義弟ノイラート候と従弟ビューロー候、そして自らの血を分けた長子リヒャルト殿下、後の享楽帝リヒャルト1世と、次子ルードヴィヒ殿下、後の初代ヴィレンシュタイン公爵…
ジギスムント帝が常に高みを目指したのは、彼らの存在があったからこそ、彼らを貴重に、そして愛しく思うが故に、彼らと紡ぐ世界を守れる存在になりたいと念願したからではないか。無論、これは余の想像に過ぎない。だが、揺るぎない確信を以て言おう。強堅帝ジギスムント1世陛下は、人々の愛に守られ、愛に育まれ、それが故に、誰よりも愛深き皇帝になったと」
歴史家として述べるならば、文華帝エーリッヒ1世がこの評伝を著したのは、その治世末期、崩御直前の時期だった。当時の銀河帝国は、軍部を壟断する武官貴族が台頭、その勢威を政界・官界にまで及ぼすため、主要な文官貴族を悉く殺害した「赤薔薇園の虐殺」事件が発生するなど、皇帝権は凋落の兆しを見せていた。文華帝はその事を深く憂慮しながらも、既に武官貴族を掣肘する権力は失われ、信頼する臣下で、歴史家仲間でもあったフィッシャー子爵フリッツも虐殺事件に巻き込まれて死去。寵愛した皇后ロザリンデや、後継者として期待していた長子アルベルトにも先立たれた結果、文華帝は深い寂寥感の中に沈んでいったと思われる。
故に、この評言には、愛する家族や信頼する臣下を失い、孤独と悲哀を味わっていた文華帝の精神状態が強く反映されている可能性は高い。しかし、だからこそ却って、周囲の人々から与えられる愛情と信頼関係が、本質的に孤独である専制君主をどれほど勇気づけ、より良き治世を目指そうと思う精神の原動力になり得るか、旧王朝の歴代諸帝の中でも、この時期の文華帝エーリッヒ1世ほど、その事を痛感した皇帝は居ないであろう。
筆者が本巻の末尾に、文華帝の評言を引用する気になったのは、その点に思いを致したからでもある。愛を失った者だからこそ、愛に満ちた者の実像を理解できるのではないだろうか。読者諸氏の御叱正を俟ちたい。