【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第4節 摂政皇太孫に就任

 信頼できる友人達に囲まれ、相思相愛の伴侶も娶り、ジギスムントは思春期から青年期にかけて、公私ともに充実した生活を送っていたと思われる。帝国暦34年、皇太孫宮での勉学を修了したジギスムントは、ルドルフの政務秘書官となり、その政務を補佐する現任訓練に入った。これ以降、ルドルフの薫陶を受け、最後の帝王教育を終えている。

 

 だが、当時のルドルフは老齢と病気のため、気力と集中力の衰えが著しく、政務の大部分は軍務尚書ノイエ・シュタウフェン公爵を始めとする、各省尚書ら半ば委ねており、御前会議で国政の報告を受けると、方針だけを指示するという状態だった。

 

 そのため、ジギスムントは秘書官として、尚書以下、各省の担当者たちから政策の執行状況等を聞き取り、自らの調査結果も加味して、御前会議だけでは掴み難い国政の現状と諸課題について、詳細な報告書を作成、皇帝ルドルフが政策判断をしやすいように努めた。それは政府や軍内部にとどまらず、敵国や共和主義勢力との交戦星域、また各地の皇帝直轄領や貴族領にも及び、若さゆえの行動力もあってか、即位前のジギスムントは、帝国領内各地に出張し、その現状を自ら視察、各地の総督や領主とも親しく言葉を交わしている。

 

 後年、即位したジギスムントが、ルドルフでさえも頭を痛めていた領主貴族の増長を巧みに抑え、帝国領内に秩序と規律を回復できたのは、この時の視察経験に拠る所が大きい。

 

 帝国暦39年、朝儀中に昏倒、政務を執る事が出来なくなった事を自覚したルドルフにより、皇帝代行、摂政皇太孫に任命される。同時に、父親ノイエ・シュタウフェン公も、軍務尚書・統帥本部総長を兼任のまま、国務尚書に就任、筆頭尚書となった。この結果、ルドルフ崩御まで、事実上、この2人が国政を担う事になった。

 

 ルドルフ最晩年の社会状況については、前巻第11章第2節で述べたが、当時、臣民の大多数は帝国の支配を受け入れていた。生まれた時には既に帝国が成立しており、連邦の存在は知識でしか知らない世代が30~40歳となり、社会の中堅層を構成するようになると、連邦を懐かしむ声は急速に薄れていった。また、辺境域の敵国や共和主義勢力も弱体化し、辛うじて余喘を保つのみだった。

 

 帝国の支配体制は構築から安定へ向かっていたと言えるが、それは帝国の支配者たちが一枚岩である事を意味するものではなかった。既に、絶対的権力者ルドルフの死を見据え、密かな権力闘争が水面下で始まっていた。次節以降、前巻11章では触れなかった、当時の帝国政界の派閥抗争、特に枢密院発足に伴う領主貴族の台頭を中心に、ジギスムント即位直前の政界模様を解説したい。

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