【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
帝国暦39年の摂政皇太孫就任から、同42年の即位まで約3年間、ジギスムントは皇帝代行として、国政全般を司っている。だが、病身とは言え、今上帝ルドルフが厳然と存在している以上、独自の政策を打ち出す事は出来なかった。
また、ジギスムント自身、あくまで自分は代理であり、ルドルフの方針通りに政務を処理する事が自らの義務だと認識していたようだ。当時の皇帝起居録(皇帝の日常生活や言行を一日単位で記した記録。宮内省侍従職で作成が義務付けられていた)によると、国政上の大問題については、ルドルフの病床に足を運んで、直接相談していた事が分かる。
そして、政治経験が乏しく、若年のジギスムントに過度な負担がかからないよう、後見人たる父親ノイエ・シュタウフェン公が配慮して、重要度が低い問題は自身が先行して処理、ジギスムントには事後報告のみ行う、という形も取っていた。この事は期せずして、ジギスムントが父親の政治手腕を実地で学ぶ事に繋がり、結果、親政開始後も国政を滞らせる事が無かった。ジギスムント本人も晩年「政治哲学は祖父から、政治手腕は父親から学んだ」と語っている。
表面的にはルドルフ親政時と変わる事無く、国政は順調に遂行されているかに見えたが、絶対的権力者ルドルフの崩御が具体性を帯びていくにつれ、政界内部の不協和音は、次第に音量を上げていった。その「音源」は国務省と枢密院だった。
前巻第11章にて、枢密院発足時のルドルフは、領主貴族の増長に強い苛立ちと嫌悪感を覚えていた事は紹介したが、枢密院所蔵の記録、また各地の領主貴族が保有していた史料等の分析を通じて、これはやや一面的な見方である事が分かってきた。
結論から述べると、一部の領主貴族がことさらに自家の権益を主張し、帝国政府に威丈高な姿勢を示していたのは、自らの生存を賭けた必死の抵抗でもあった。
帝国暦9年から本格的に開始された内乱鎮圧、いわゆる平定戦役の進展で、各地の共和主義勢力や辺境域の敵諸国の支援を受け、半独立傾向を示していた星系総督(元の星系政府首相)達も、陸続と帝国の軍門に降った。
また、帝国軍と社会秩序維持局の治安維持部隊の進撃に抵抗した星系は、独立勢力の壊滅後、皇帝直轄領に編入。治安回復後に、現地勢力の懐柔のため、同星系に縁が深い人物―多くは、同星系を地盤とする元帝国議会議員―らに下賜され、貴族領に転換していった。
これは、建国期の帝国政府は、連邦政府の資産と共に多額の負債も引き継いだため、直轄領の経営に割ける予算が乏しく、直轄領は主要な星系のみにとどめ、税収が少ない星系は、政府の財政負担を軽減するため、独立採算を原則とする貴族領とする事が望ましい、という財務省の主張が採用されたためと言われるが、下賜された貴族側からすれば、財政負担を押しつけられた、という面があった事は否定できない。
さらに、即位後のルドルフが大々的に進めた配給制度の実施。これが各貴族領の「格差」に拍車を掛けた。経済力が乏しい臣民にも、遍く衣食住を与え、その生存と生計を保障しようという政策理念は、連邦末期の極端な格差社会に疲弊していた多くの人々に受け入れられたが、一部の星系では、支給必要量に比して、供給体制の構築が追いつかない、という現実が存在した。
連邦時代、大手資本に支配され、彼らが必要とする第一次・第二次産品の供給源とされていた星系は、帝国建国後、その巨大な生産能力と、経済先進地と比較すれば相対的に少ない人口に助けられて、配給制度への対応は比較的スムーズだったが、逆に、第三次産業に特化し、食料等の生活必需品は他星系からの輸入に依存、食糧自給率が低い星系は、既に第一次産業が空洞化しきっていたため、地産地消を原則とする配給制度に対応する事がすぐには出来なかった。
勿論、制度開始時のルドルフ及び政府当局者も、この事実は認識していた。そのため、生産体制の構築に必要とする労働力―農奴と奴隷―は、これら星系へ優先的に配分されて、開発資金も出来る限り融資するよう、特にルドルフから財務尚書に指示されていた。また、時限的な措置ではあるが、食料等の基礎財と、公的インフラの整備に必要不可欠な一部の公共財に限り、直轄領や他の貴族領からの輸入も認めるとした。
上記の措置が数十年単位に亘って、着実に継続されたならば、大きな問題は生じなかったかもしれない。しかし、平定戦役が予想以上の速度で進展した事が新たな問題を生じさせた。それは労働力の不足。具体的には、生産体制構築に不可欠なマンパワーたる農奴や奴隷が、戦火で破壊された占領地の復興事業へ優先的に割り当てられた結果、低開発状態(連邦時代の経済先進地)の貴族領への割り当てが当初の予定よりも少なくなった。
当然、各地の領主達は国務省を通じて抗議したが、御前会議でこの問題が討議された際、軍務尚書シュタウフェン公爵は、領主貴族の農奴・奴隷の割り当て増を求める要求に対し、強硬に反対。占領地復興を遅らせれば、敵国の討伐戦に支障を来しかねない。敵国の討伐を疎かにすれば、莫大な予算を投じて回復させた帝国領内の治安が再び悪化する恐れがある、不足する基礎財は、生産能力が高い星系から輸入すれば良い、と強く主張した。治安維持を優先するルドルフの意向もあり、結果、基礎財等について、皇帝直轄領や他の貴族領から当該貴族領への輸出許可期間の延長と、輸出量の引き上げが決定されたのみで、農奴や奴隷の割り当て増は見送られた。
なお、シュタウフェン公爵が占領地復興を優先させるべきと主張したのは、当時、敵軍等と激しい戦闘が行われていた最激戦地は、総督府の設立と通常統治への移行が困難で、軍政が常態化していた。そして、当該星系の統治に当たった軍政家に対し、同星系が恩賞として下賜される事が通例になっていたので、これを利用し、自家の一門に属する武官貴族へ占領地を領地として与え、かつ帝国政府が主体となって戦災復興事業を行う事で、彼ら領主達の歓心を得て、自派閥の勢力を強化する事が同公爵の思惑だったとされている。