【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第6節 枢密院発足の「真相」

 この問題の先送りでしか無い措置に、一部の領主貴族らは憤慨した。辺境域に近い星系では、この事を理由に敵国へと奔った領主も存在したが、帝国軍の侵攻を恐れた大部分の領主は、人的支援が与えられないなら、せめて開発資金だけでも貰わねばと、ことさらに自家の権益を主張し、補償金等の名目で政府から財政支援を受けようと画策した。ルドルフには、彼ら領主の姿勢が私欲の充足、自己都合だけを優先していると見えたのだろう。領主貴族は増長しているとの認識をもたらしたが、領主側からすれば、当初の約束を違えて、政策変更のツケを押しつけてきたのは、皇帝と政府だと主張したかったと思われる。

 

 領主貴族との交渉を担当していた国務省、同省尚書ハーン伯爵はこの事を認識していたと思われる。同伯爵の日記によると、この事は再々ルドルフに報告し、領主達の思いも理解出来ます、農奴らの割り当てを僅かでも増やすべきですと進言したが、平素の柔軟な態度からは想像できない程、ルドルフは頑なに自説を曲げなかった。

 

 それどころか「そもそも連邦時代、人間の生命維持に必要不可欠な第一次産業を疎かにし、自ら労働する事も無く、下劣なマネーゲームに狂奔して、金融商品とやらで、他者の労働の成果を搾取して多額の金銭を手に入れ、資本家の立場を利用して、生産者に正当な対価を払う事も無く、不当に安い価格で食料を略奪的に買い漁り、あまつさえ、食べきれないからと、すぐ隣に餓死者が居るというのに、貴重な食料をゴミ同然に扱って恥じる事も無かった愚か者は、今、厚顔無恥にも帝国に支援を要求しているあの連中ではないか!農奴がいないから食料が作れないと申すか!何故、自ら畑を耕さぬ!餓死するのが嫌なら働け!人間は有史以来、そうして生きてきたではないか!」と、激語して退室を命じられるのが常だったと云う。

 

 伯爵は「臣下として不敬ながら、陛下のお気持ちはよく分かる。私自身、連邦末期の資本家や富裕層の横暴さ、無恥ぶりには憤りしかなかった。だが、軍部の横暴により、彼らとの約定を違えたのも事実なのだ。政治には信が絶対に必要なのだ。陛下がその事を理解されておられないはずはないのだが、連邦末期のあの惨状は、陛下をして政治家の理性を放擲させるほど、強烈なものだったのだろう」と、嘆息と共に書き記している。

 

 帝国暦27年、帝国政府と領主貴族の公式協議の場として、領主の代表者を議員とする枢密院が発足。同院の設立を提言したのは国務尚書ハーンだが、彼の脳裡には、労働力不足で開発事業の不調に悩む領主らの姿もあった事は想像に難くない。同院発足前から、配給品の安定的な調達に苦しむ領主貴族に対して、ハーンは高い生産能力を持つ領主を密かに斡旋。配給品の地産地消に拘泥する皇帝ルドルフの手前、便宜的に主家―従家関係を結ばせると、従家を支援するのは主家の義務という名目で、配給品を輸出させるなどの支援を行っていた。だが、個人で行うには当然限界があり、国務省の事業としても行う事が出来ない以上、領主同士が公然と協議できる場を設けて、彼ら自身の相互扶助を促進すべきだ、と考えたとしても不思議ではない。

 

 ハーンの狙いは成功したと言うべきだろう。枢密院発足後、領主貴族間の連携が進み、主家―従家関係を構築する貴族家が急増。それによって、主家から従家への支援、または一門内の相互扶助との名目で、配給品の輸出入が促進されたのみならず、開発事業に必要な農奴や奴隷、技術者らを期限付きで相互派遣する事も行われるようになった。これ以降、配給制度に関する苦情やトラブルが減少したのは、財務省配給局の年次報告書からも看取できる。

 

 しかし、この動きは、領主貴族らの集約化、それによる一門の巨大化を惹起せざるを得なかった。また、労働力不足を帝国政府に抗議した領主貴族達の多くが、旧帝国議会の議員だった事も問題に拍車を掛けた。

 

 彼らは行政処理能力に乏しく、問題が起これば行政(政府)に陳情する事を当然と考える人種だったが、反面、長年の議会活動で、ネゴシエーター的能力には長けていた。政府への反感、不平不満を幾らかでも抱く領主らと語らい、有力な領主貴族に取り入り、その人物を領袖にして、枢密院内に集団を形成していった。それは、連邦議会内に形成された各党、そして党内の派閥そのものだった。

 

 彼らは派閥の力、数の論理を持ち出し、帝国政府との交渉を有利に進めて、自家の権益を最大化しようと図った。さらに、政府部内、特に国務省内に顕著だったが、枢密院内の派閥を必要悪として認めて、自省の政策を円滑に遂行するためとの名目で、彼らとの事前交渉、裏取引に手を染める文官・武官貴族も現れた。それは連邦末期、民衆やマスコミから批判された「政治と行政の癒着」そのものだった。

 

 彼ら議員上がりの領主貴族は、連邦時代、各種の懇親会や記念パーティ等を主催、政治資金調達の手段とすると共に、会場内で公には出来ない裏交渉を行うなどの政治文化を持っていたが、その風習を帝国にも持ち込んだ。当時、貴族の嗜み、社交と位置付けられるようになった舞踏会やパーティ等を利用して、祝儀や参加費の名目で資金を集め、貴族同士の交際を名目に、会場内で密かに談合、裏交渉を行った。

 後世、貴族の退廃の象徴として、平民や下級貴族、そして同盟人から激烈に非難された舞踏会やパーティだが、その淵源は連邦時代の政治文化にあり、出席者たちの意識からすれば、国政遂行のための必要悪であり、また自家の生き残りを賭けた激烈な生存競争の場でもあった。

 

 前巻11章で紹介したルドルフの書簡の一節に「余は予言する。枢密院はその機能のみならず、悪徳と腐敗も連邦議会と同様だろう」とあるが、流石に慧眼だと評すべきだろう。

 

 かくして、枢密院という組織を得て、領主貴族は帝国政界での存在感を増していった。以降、旧帝国滅亡に至るまで、皇帝と側近集団、政府と軍を支配する文官・武官貴族、そして枢密院を基盤とする領主貴族、彼ら三者の対立抗争は、帝国政治の主旋律となっていく。その萌芽は、帝国暦39年、ジギスムントが摂政皇太孫に就任した頃から生じていた。

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