【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
帝国暦34年、初代宮内尚書ノイラート候マルクスが死去。後任は、同侯爵の推薦で、侍従長カルテナー子爵オイゲンが内部昇格した。ノイラート候の薫陶を受けたカルテナーは、宮中内の人間関係とパワーバランスを熟知した練達の宮廷官僚で、ルドルフほか皇族達の信頼も厚かったが、帝国暦40年、地上車の事故に遭い、不慮の死を遂げてしまう。
後任の宮内尚書を選ぶに際し、皇后代理的な立場だったカタリナは、ある人物を推薦する。それはルドルフが連邦の終身執政官時代、私設秘書を務めていたエリック・フォン・ノルデンという人物。帝国建国後、ルドルフとの縁で男爵位を与えられ、宮内省に出仕していたが、大して有能でもなく、周囲の顔色を窺って迎合するだけの追従者と見なされ、ノイラート候からも無視されて、数多いる侍従の1人でしかなかった。
だが、カタリナにとって重要だったのは、官僚としての能力や気骨などではなく、自分が少女時代、よく一緒に遊んでくれた、優しい小父さんだった事。夫や息子から半ば無視されている彼女にとり、自分に親切だった小父さんに傍にいて欲しい、慰めて欲しいと思ったのだろう。
客観的に見て、ノルデン男爵は到底、尚書の器ではなかったのだが、当時の宮内省はノイラート侯爵家の一門たる貴族家が要職を独占しており、実務は彼らが処理できる体制が整っていたので、例え尚書が無能者でも、業務に支障は無かった。また当時、国政を司っていた皇太孫ジギスムントと国務尚書ノイエ・シュタウフェン公にしてみれば、母親そして妻に対して、流石に申し訳無い気持ちもあったのだろう。ノルデンに話し相手、愚痴の聞き役を務めてもらい、カタリナの苛立ちが収まるのならば、それも悪くない、ジギスムント即位後、改めて有能な人物を宮内尚書に任命すれば良いと、軽く考えて尚書就任を承認してしまった。
だが、人が良いだけの無能者、他人の顔色を窺うだけの追従者よと、周囲から軽視されていても、当人がその評価を受け入れているとは限らない。ノルデンは周囲からの評価を不当と考え、自身を評価しなかった初代宮内尚書ノイラート候マルクスに対して、心中、逆恨み同然の憎悪を抱いていた。カタリナの推薦により宮内尚書に就任できた事は、恨み重なるノイラート侯爵家に復讐できる千載一遇の好機と考えたのだろう。
カタリナがノイラート候の孫娘で、息子の許嫁たるアデルハイドに悪感情を抱いている事を察知したノルデンは、それに迎合。アデルハイドが色仕掛けで聡明なジギスムント殿下を惑わせているのです、正式に結婚もせずに子作りをするなど、貴族令嬢どころか、賤しい平民の女性ですら恥じる不品行です、それを敢えてやるなど、商売女同然の淫乱な性格に違いありません、そんな淫蕩な女が光輝ある銀河帝国の皇后に相応しいはずはございません、などと、下世話な誹謗中傷を繰り返した。
宮中の一室に内輪の人間だけで集まり、そこにいない人間の陰口を叩くだけならば、下劣ではあるが無害な行為だったのだが、ノルデンの言葉に煽られたカタリナは、アデルハイドを皇后にしてはならない、それは母たる皇后エリザベート亡き今、皇宮の女主人たる妾の責務なのだ、ジギスムントが妾と疎遠になったのは、あの小娘の色香に迷っているだけだ、あの娘の正体を知れば、優しく賢いジギスムントの事、再びこの母の元に帰ってくるはずだ、と信じてしまった。
そして、母親エリザベートと同様、知力と行動力はある女性だったカタリナは、アデルハイドを除くためには、後ろ盾となっているノイラート侯爵家、同家と結ぶ夫ノイエ・シュタウフェン公から権力を奪わねばならないと断じた。
それ自体は正しい考えだったのだが、正しい考えが正しい行動を導くとは限らない。より大局的な視点に立つならば、敢えてノイエ・シュタウフェン公に権力を集中させ、政府と軍を統括させて、ジギスムントへの帝位継承に伴う混乱を最小限に抑えようとしたルドルフの構想を破壊しかねない、そして、カタリナ自身が拠って立つ権力構造をも毀損する行為だったのだが、嫉妬の虜になったカタリナに通じる話ではなく、それだけの政治的見識を持つ人物も周囲にいなかった。
しかし、余命幾ばくもないとは言え、皇帝ルドルフの後ろ盾があり、軍務尚書と統帥本部総長、そして国務尚書を兼任、今や筆頭尚書となった上、ジギスムント即位時には帝国宰相への就任も内定している夫に、正面から対抗できるものではなかった。勢い、その方法は陰謀に傾くしかなく、カタリナはノルデンと密かに協議した結果、斯くの如き構想を描いたと思われる。