【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
以上が拡大戦役の推移だが、ルドルフ治世下で行われた平定戦役と比較すると、まず戦争期間の短さが指摘できる。平定戦役の開始は帝国暦9年、トラーバッハ星域会戦での勝利を起点とするのが定説で、その終了は明確ではないが、帝国暦38年頃、皇帝陛下不予との名目で、敵対勢力への出兵が延期、中止される例が頻発した頃を区切りとするなら、実施期間は約30年、42年に亘るルドルフの治世のうち、実に3分の2以上を占める。
対して、拡大戦役は、ジギスムントが即位した帝国暦42年から、戦勝記念式典を挙行した同52年まで、10年で完全に終結している。
しかも、後世の軍事学者の多くは、当時の帝国軍と敵諸国の戦力を比較、分析すると、もし帝国軍が全戦力を投入していれば、10年未満、僅か数年で征服戦争を完遂できた可能性が高いと指摘している。事実、シリウス・攻守連合ともに、当時の両国が持てる全戦力を投入して、帝国の侵略に抵抗しているが、帝国軍が彼らの抵抗に苦戦したとの記録は無い。
また、帝国暦43年、帝国領内で発生した共和主義勢力の叛乱事件、所謂マザンダラーンの叛乱事件への援軍として来襲したシリウス艦隊は、当時、同国が保有する艦隊のほぼ全軍だったと推定されているが、帝国軍は中央艦隊を動員する事無く、進撃路に当たるアルフヘイム軍管区駐屯の地方艦隊によって撃退している。
以上の事から、当時の帝国軍と敵諸国及び共和主義勢力との戦力差は隔絶しており、平定戦役と比較すれば、10年という短期間で終わっているが、実際はさらに短い期間で終結させる事が可能だった。にも関わらず、拡大戦役の期間は何故、10年に延長されたのか、筆者は皇帝ジギスムントと帝国宰相ノイエ・シュタウフェン公の意向だと考えている。
戦役遂行中、ジギスムントは御前会議の席上で、連年の出兵を求める軍部を戒めて、拙速よりも巧遅を重んじるべし、と訓令している。ノイエ・シュタウフェン公も、攻守連合やシリウスへの遠征軍総司令官を務めたが、当時の戦闘記録によると、敵軍の主力を撃破し、組織的な抵抗を排除した後は、短兵急に首都攻略を目指すのでは無く、戦略上の要地を抑え、前線と帝国本国の補給路を確保して、人口の多い星系や、高い生産能力を持つ惑星・人工天体の占領と帝国領への転換を優先していた事が分かる。
武勲を求める前線司令官の一部からは不平不満の声が上がったが、同公は「古代地球の格言に、窮鼠、猫を噛む、と言うではないか。我が軍が性急に勝利を求めれば、敵も決死の抵抗を試みるであろう。敵は今や累卵の危うきにいる。我が軍が堂々と進撃すれば、それだけで自壊しよう。無益な戦闘で、貴重な人命や物資を浪費すべきでは無い。また、今いる星域は近い将来、全て銀河帝国の領土となるのだ。軍事的勝利に固執し、支配者の責務を疎かにすれば、住民からも無用の反発を買うだろう。陛下が仰る通り、我々に必要なのは拙速よりも巧遅なのだ」と語り、指揮官らの不満を宥めるのが常だった。
彼ら2人の主張は、まさにルドルフが有していた軍事思想―軍事よりも政治を上位に置く、多数を以て少数を討つ、自軍の損害は極力少なくするなどーに則るものであり、その意味で、彼らはルドルフの忠実な弟子だったと言えるだろう。
なお、拡大戦役が10年で終結した事は、ルドルフ没後10年、そして自身の即位後10年という節目の年に、全人類社会を正当に統治する統一国家・銀河帝国の存在を称揚したかったジギスムントの意志があったのではないか、とも考えているが、史料上の根拠はなく、現時点では筆者個人の印象でしかない。