【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
続いて、両戦役の戦略目標だが、平定戦役は事実上の内乱鎮圧、帝国領内における反帝国勢力の壊滅と治安回復が主目的だったのに対し、拡大戦役には、全人類社会の政治的な統一という名目とは別に、労働力の確保、即ち敵国住民を農奴として獲得、帝国領内に移住させる徙民政策の実施が主目的だった。
これはジギスムント即位時の施政方針演説から看取できる。演説中、ジギスムントは敵国住民を濫りに殺害してはならない、農奴として帝国領内に移住させよと、繰り返し命じている。先帝ルドルフが治安回復を最優先して、住民の犠牲など顧慮する事勿れ、と命じた事とは対照的だが、ジギスムントは人道的な理由から住民の殺害を禁じたのではない。その意図する所は、ルドルフの治世末期から明らかになってきていた、貴族領に配分する農奴・奴隷の絶対数の不足を解消する事だった。
即位前、先帝ルドルフの政務秘書官として、帝国領各地を視察、現地の総督や領主達とも親しく言葉を交わしていたジギスムントは、配給制度を円滑に実施するための生産能力が不足している貴族領が存在する事、その根本的な原因は、生産施設建設のための労働力、マンパワーの不足にある事を認識していた。
同時に、既存の農奴や奴隷が新規占領地の戦災復興に優先配分されている事、それを主張しているのが自身の政治的基盤であるシュタウフェン派、具体的には自身の曾祖父と父親である事も理解していた。即位後のジギスムントがこの問題の抜本的な解決を図るため、農奴・奴隷の絶対数確保に乗り出した、というのが現時点での定説となっている。
なお余談ながら、同盟の定説では、ジギスムント即位直後に発生した共和主義者の叛乱事件に対し、帝国政府は叛乱に参加した約5億人を処刑、その家族など100億人以上が農奴階級に落とされたとなっていたが、公開された新史料、特に社会秩序維持局の逮捕記録と帝国地上軍の戦闘記録等に記載された犠牲者数を合計しても、到底この数には届かず、旧帝国=絶対悪とのイデオロギー的史学の産物だと言えよう。ただ、各史料で数字の異同があるため、犠牲者数は数千万人から数十億人までと、研究者間でも見解が分かれており、現時点では正確な人数は判明していない。
しかし、この犠牲者数は共和主義者の叛乱事件を鎮圧した際の数だけではなく、敵諸国をも討滅した拡大戦役全体の数である事、そして処刑された者より農奴とされた者(大部分は敵国の住民)が遙かに多かった事は間違いない事実のようだ。それは拡大戦役の目的を労働力確保、有り体に言えば「人狩り」としていたジギスムントの方針に端を発するものと言えよう。事実、ルドルフが創始した配給制度が帝国全土において、等しく安定的に実施されるようになったのは、拡大戦役後、ジギスムントの治世からだった。
そして、この事は戦役の内実にも大きな影響を与えざるを得なかった。平定戦役では、反帝国勢力に対しては、基本的に無条件降伏、または全滅覚悟の徹底抗戦以外の選択肢は与えられなかったが、拡大戦役では、抵抗の上で降伏しても、農奴となり、帝国領への移住さえ了承すれば、生命を保障される例が多かった。むしろ帝国側からも積極的に降伏勧告を行い、現地勢力の代表者(星系政府首相や防衛軍司令官など)を領主貴族として認め、徙民政策に協力させたのみならず、思想的な理由で徹底抗戦を続ける星系があれば、帝国皇帝の名の下、自治領に認定し、ある程度の自治を許可する代わりに、一定期間、領民の一部を帝国領内に労働力として派遣する契約さえ結んだ。
無論、治安回復を疎かにした訳ではなく、明確に反帝国活動を行う者達は、劣悪遺伝子排除法違反との名目で死刑または流刑に処された。だが、平定戦役時のそれと比較すれば、その犠牲者数は相当に少なく、敵国の人民は殺害するよりも、農奴にする事が優先されていたと言える。ジギスムント自身、拡大戦役中、屡々詔書を発して、愛民の心を忘れる勿れと、濫りに人民を殺害する事を戒めている。
ただ、繰り返すが、これは決して人道的な理由からではない。良質な労働力の確保を主目的とする以上、激烈な戦闘の果てに囚われた捕虜など、帝国への敵愾心に満ち、戦傷により身体的障害を抱えている率も高い元兵士が大半で、そんな者達を集めるよりも、平穏な生活を送っている者達をそのまま農奴にした方が、より生産性が高くなるから、という事に過ぎない。そのため、平定戦役期では考えられなかった、現地勢力への譲歩と見られる行為さえ敢えて行った。現地の政治勢力をそのまま帝国の支配体制に組み込む事で、彼らが持つ戸籍等の行政データの活用が可能となり、それは徙民政策を効率的かつ円滑に実施する事に繋がった。
また、特に攻守連合の領内で多く発生したのだが、増大する帝国軍の圧力に対抗するため、民政よりも軍事を優先、軍事費に充当するため重税を課す、或いは強権的な徴兵制度を実施するなど、人民に過酷な政治を行っている星系も存在した。当然、そのような場所では政府に対する不平不満が強く、それを情報収集の過程で察知した帝国政府は工作員を送り込み、住民を扇動、反政府活動を勃発させ、後世からすると信じがたい事に、帝国軍を解放軍として受け入れる所さえあったと云う。
このように、農奴・奴隷の確保を主目的とした拡大戦役の遂行により、労働力が確保されて、生産設備の建設が迅速に進んだ。その結果、貴族領での生産能力不足との問題を解決し、配給制度の円滑な施行が実現した。それは、帝国への不平不満を抱く領主貴族らを慰撫する事に繋がり、最終的には彼ら領主らの増長傾向を抑え、帝国皇帝の支配権確立との政治目的を達成する事が出来た。それこそが皇帝ジギスムントと帝国宰相ノイエ・シュタウフェン公が企図した事であったが、この政策は反作用を齎さずにはおかなかった。