【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
アルドワンは彼らグループが密かに構築していた超光速通信網を用いて、辛うじて社会秩序維持局の逮捕から逃れた残党たちに連絡、マザンダラーンへの集結を指示すると同時に、密かに国境を越え、シリウスの国境警備隊と交渉し、その支援を取り付ける事に成功する。
帝国とシリウスとの国境線に近い惑星マザンダラーンは、帝国暦32年、帝国軍がシリウス・共同体の連合軍に勝利したヴェガ星域会戦後、アルフヘイム軍管区所属の地方方面軍が制圧したトリーア星系の主星。同星系は同41年、軍政から皇帝直轄領に移行したが、戦災復興も緒に就いたばかり、人心の動揺がやっと収まった、という状態だった。
この時のアルドワン達の勢力は、惑星各地に潜伏する各グループを合算しても精々1万人程度、密貿易で入手した火器の類は豊富にあったが、装甲地上車や自走砲、自動操縦の航空機など、地上戦に必須の装備は乏しく、航宙戦力に至っては、自分達が分乗してきた軽武装の輸送船が数十隻、という有様だった。総督府麾下の防衛部隊と辛うじて戦えるかどうか、というレベルでしかなく、仮にシリウスの国境警備隊に支援されても、帝国の正規軍と戦えば、鎧袖一触されるのは目に見えていた。
だが、ここでもアルドワンは幸運だった。当時、トリーア星系を治める総督は、軍官僚から転身したエヌマエル・フォン・ヘッセンなる人物だったが、彼は第2代軍務尚書ファーレンハイト大将に仕え、手ずから占領地行政を教授してもらった事から、同大将を唯一無二の上官として慕っていた。ファーレンハイトは帝国暦42年、ルドルフ崩御と前後して死去。ヘッセンはかつての上官の死を深く悼み、どうか一目だけでも、最後の別れを告げさせて欲しいと、上司たる国務尚書ノイエ・シュタウフェン公に涙ながらに訴えた。
当時、ルドルフ崩御に伴い、帝国領内で反帝国勢力が蠢動、蜂起する可能性を考慮して、特に辺境域に近い星系を治める総督らは、不測の事態に備えて、任地を離れる事が許されていなかった。しかし同公は、自身がファーレンハイト尚書の下で、同省次官を務めていた際に、よく補佐してくれたヘッセンの頼みを無碍には出来ず、摂政皇太孫ジギスムントの了解を得て、特例でルドルフの国葬及びファーレンハイトの帝国軍葬への出席を許可した。
なまじヘッセンが有能な総督であった事が、却って問題を大きくした。彼の部下達は決して無能でも怠惰でもなかったのだが、上司から的確な指示がある事が当たり前で、それに従っていれば良い状態に慣れすぎたため、ヘッセン不在時の対応は先例重視、目前の問題に逐次対応するという形になってしまった。旧帝国の平均的労働者は、上意下達に慣れきった指示待ち人間だったが、その悪い面が露骨に出た形だったと言えよう。
よって、惑星マザンダラーンの各所で、アルドワンのグループが同時多発的にテロ行為を敢行した際、それが陽動である事を看破できず、総督府麾下の防衛部隊を各所に派遣してしまった結果、総督府の防衛は手薄にならざるを得ず、アルドワンが率いた主力の侵入を許してしまった。
総督府を制圧したアルドワンは、この時、得意の絶頂にあったのだろう、惑星全土に向かってマザンダラーンの独立と民主共和国家の成立を宣言。銀河帝国が定めた身分制秩序を撤廃し、あらゆる人民に自由と平等、政治的権利を保障するとした。また、シリウス・共同体・攻守連合と同盟し、悪逆な独裁者ルドルフが簒奪した銀河連邦の復活を目指して、非人道的な専制国家・銀河帝国を打倒するため、全人民の決起を促した。
それは民主共和主義者としては、極めて当然の宣言だっただろうが、ヘッセン総督の統治下で、やっと平穏な生活を取り戻しつつあった多くの住民にとって、無用の親切でしかなかった。確かに、共和主義にシンパシーを覚える者達も一定数、存在したのだが、帝国軍による報復を考えると、アルドワンの様に楽天的にはなれなかった。辺境域で長年生活し、紛争やテロが身近だった者達の現実認識はシビアだったと言えよう。
だが、住民から向けられる冷ややかな視線に気付かなかったのか、アルドワンは「ラグラン・グループが初会合した惑星プロセルピナから地球統一政府打倒の革命運動が始まったのだ。後世、ここマザンダラーンは、銀河帝国打倒の革命運動が始まった聖地と呼ばれるだろう」などと言い、自らをラグラン・グループのリーダー、カール・パルムグレンと見なし、同志達の中から他の3人を選んで、ネオ・ラグラン・グループと命名するなど、緊張感の無い行動が続いた。
また、降伏した総督府の職員や兵士にも「君たちも自由で平等な人民なのだ。独裁者に仕えた過ちを反省し、民主主義者として更生したまえ!」と言い、ろくに尋問もせず解放してしまった。流石に不用心すぎないかと忠告する同志も居たようだが、自身の理想に陶酔しきっているアルドワンは聞く耳を持たなかった。
決起成功以前は、それ相応の慎重さと機密保持能力を持っていたアルドワンだが、緊張を持続させる事が難しい為人だったのだろう、シリウスや共同体政府に使者を送り、同盟と共闘を持ちかけた他は、帝国の支配に不平不満を持つ者達が陸続と集まってくるはずだと楽観視して、具体的な手を打とうとはしなかった。