【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第6節 ヘッセンの秘策とアルドワンの転向

 逮捕されたアルドワンは、総督ヘッセン直々の尋問に対しても「人間は生まれながらにして自由で平等、人権を有しているのだ。それは、宇宙の真理、ユニバースの御意思なのだ。お前たち帝国人は、それを忘却しきった愚者だ。自由と平等こそ人類の宝だ。それを理解せぬ愚か者ども、さあ、私を殺すなら殺してみろ、お前らと共に、この母なる宇宙で生きていくなど耐えがたい苦痛だ。一刻も早く、ユニバースの御手に還してくれ」などと言い、まともに答えようとしなかった。

 

 その態度に憤慨した部下達は、即時銃殺を主張したが、独りヘッセンのみ「奴を処刑する事は簡単だ。だが、このまま銃殺刑に処したのでは、奴に民主共和主義への殉教者、との名誉を呉れてやるのに等しい。先帝陛下の永眠を騒がし、今上陛下の御手を煩わせ、かつ我々貴族の体面を傷つけた不逞の輩だ。生命だけではなく、名誉も誇りも何もかも、奪い尽くしてやるのが相応しい末路だ。私に考えがある」と言い、奴の処刑方法は私に任せよ、とした。

 

 アルドワンは独房に繋がれたが、拷問は疎か、尋問さえ殆ど行われなかった。食事も三度三度、質素ではあるが、決して不味くは無い、栄養バランスが取れた、一般的な帝国料理が饗されて、週に数回は、嗜好品の菓子や煙草、酒類さえも支給された。また、入浴や軽い運動も毎日、決まった時間に許可された上、武器や脱獄の道具にならないかを入念に検査されてからではあったが、書物や筆記用具なども望めば与えられた。

 

 過酷な拷問を覚悟していたアルドワンにとって、この「厚遇」は意外すぎるものではあったが、看守より「お前の処刑日が決まった。あのカール・パルムグレンとかいう奴の命日だそうだ。お前の死が確定したから、特に総督閣下のご命令で、我々も丁重に扱っているのだ」と聞かされると、尊敬するパルムグレンと同じ日に、この世を旅立てるのかと、却って喜んだと云う。

 

 処刑当日、刑場に引き出されたアルドワンが拘束用の柱に縛り付けられた時、1人の役人が走り込んでくると「総督閣下のご命令である。処刑は延期せよ」と叫んだ。銃殺隊の長も、それに異を唱える事はせず、直ちに拘束を解け、受刑者は独房に戻せ、と淡々と命じた。意外すぎる展開に唖然とするアルドワンだったが、事情を了解すると、猛然と抗議を始めた。今日でなければならないのだ!今日処刑されなければ、私はパルムグレンになれないではないか!と、あくまで処刑を要求したが、周囲の役人や軍人は、表情さえ動かさず、誰1人取り合おうとはしなかった。

 

 独房に戻されたアルドワンは、機械的に食事こそ取ったが、それ以外は何もせず、ただ俯いて独り言を漏らすだけだった。当時の看守が聞き取れた内容は「…違う。これじゃ駄目なんだ。私は英雄になるんだ。パルムグレンのように…」「死んで英雄になるはずだったんだ。これじゃ死んでもパルムグレンになれないじゃないか…」「死んだら…私は…」「死んでしまったら…」と、死の事ばかりだったと云う。

 

 始めの処刑予定日から10日後、再度、刑場に引き出されたアルドワンに対し、改めて銃殺刑が宣告された。虚ろな表情を浮かべたまま、大人しく拘束されかけたアルドワンだったが、再度、総督の特使だと名乗る役人が現れると、無感動に処刑の延期を宣言。銃殺隊も前回同様、アルドワンの拘束を解き、再び独房に連行した。

 

 独房に戻ったアルドワンは、僅かな食事と水こそ口にしたが、全く身動きもせず、ただベッドの上で、毛布にくるまって過ごしていたが、独房の外に看守の足音が響くと、異様な絶叫を上げて飛び起きる、という奇行を繰り返した。

 

 二度目の処刑予定日からちょうど一週間後、三度、刑場に引き出されたアルドワンは、拘束される前から、周囲に落ち着かない視線を巡らし、誰かを必死に探している様子だった。銃殺隊の長が改めて処刑を宣告し、柱に拘束するよう命じると、アルドワンは絶叫と共に、このような言葉を切れ切れに叫んだという。

 

「嫌だ!止めてくれ!死ぬのは嫌だ!殺されるのは嫌だ!人権など要らない!自由などクソ喰らえ!一生、独房暮らしでいい!生きていたいんだ!皇帝陛下に忠誠を誓う!民主主義なんて宇宙の塵になればいい!帝国万歳!皇帝陛下万歳!人間は平等じゃない!平等なんか要らない!お願いだ!生かしてくれ!皇帝陛下、お慈悲を!この哀れな臣民にお慈悲を!どうか…ああ、総督閣下!そこにいらっしゃる総督閣下!早く処刑延期のご命令を!早く!」

 

 いつの間にか、アルドワンの同志達を連行して、刑場に姿を現した総督ヘッセンは、軽蔑の念も露わに、冷笑を浮かべ、ただ一言「撃て」とのみ命じた、と云う。

 

 首謀者アルドワンの醜態を目撃した同志達は、今までの熱狂が冷めたかの如く、次々と転向を宣言。官憲の手を逃れている民主主義勢力の潜伏場所を暴露したほか、シリウスや共同体ら自分達を支援してくれた諸国の内実さえも、司直から尋問される前に告白していった。

 

 かくして、ジギスムント即位直後に勃発した共和主義勢力の叛乱事件、通称「マザンダラーンの叛乱事件」は、ルドルフ崩御から約1年後、帝国暦43年初頭には、ほぼ完全に終結した。だが、帝国領内の共和主義勢力こそ壊滅したが、彼らの騒擾に乗じて、帝国領に侵攻、自国の存続を図ろうとする敵対諸国を討滅する戦い、筆者が命名した「拡大戦役」はこれからが本番だった。次章から諸国で行われた拡大戦役の内実について解説したい。

 

 なお余談ながら、ヘッセンがアルドワンに施した「拷問」は、人間が持つ本能的な生への渇望、執着を利用した、共和主義者の転向と自白を促す手法として、初代憲兵総監ブレンターノが考案したと伝えられる。軍官僚出身のヘッセンは、憲兵隊での勤務経験こそなかったが、占領地の反帝国勢力を壊滅、治安回復を図るための政策研究の一環で、この手法を聞き知っていたと思われる。

 

 彼ヘッセンは拡大戦役終結まで、トリーア星系総督を務めたが、この時の叛乱鎮圧の功績と皇帝への忠誠心を皇帝ジギスムントに評価されて、戦役後は中央に呼び戻されると、国務省で要職を歴任。同帝が親政を開始すると、特に内務尚書に抜擢されている。

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