【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
第2代皇帝たる強堅帝ジギスムント1世は7歳の時、立太子と同時に、ノイラート侯爵の孫娘アデルハイドが許嫁となり、婚約関係を結んでいる。以降、未成年者の皇族男子が皇太子に冊立された場合は、立太子と同時に、結婚相手を決め、皇太子が即位したら、正式に結婚式を挙げて、立后される事が慣例となった。アデルハイドが許嫁に選ばれた理由は、寵姫マグダレーナの一件で、皇后エリザベート、皇女カタリナの意を受けて暗躍した宮内尚書ノイラートへの密かな報酬だったと思われるが、表向きの理由は、今上帝ルドルフの意向とされている。
原則として、皇太子の結婚相手は、今上帝の意向が最優先され、当人の意志が介在する余地は無かった。それは、皇太子の結婚とは当人だけの問題ではなく、極めて政治的な問題だったからに他ならない。結婚相手の候補者は、有力な貴族家の子女で、心身ともに健康であり、元気な子供が産めそうである事が大前提。その上で、容色や性格、才能が考慮されたが、大貴族の子女は、幼少期から貴族令嬢に相応しい技能や教養を厳しく教え込まれ、帝室に忠誠を尽くすよう教育されているので、その点で優劣がつく事は稀だった。むしろ、実家が持つ人脈や帝室への忠誠度、さらには、帝室を脅かしかねない有力な貴族家を牽制できる実力を持つか否かなど、実家が持つ政治力が決め手になった。
ただし、これは皇帝が臣下を統御できる権力を備えている場合であり、皇帝が権臣に権力を奪われ、傀儡状態になっている時は、当然、権臣の意向が最優先された。
一例を挙げると、喪心帝オトフリート1世の御代、準皇帝陛下とも称された権臣エックハルトは、同帝の皇子カスパー(後の耽美帝)の立太子と結婚問題に介入。カスパーが10代となり、同帝の息子はカスパー1人であった事から、皇弟ユリウス(後の老廃帝ユリウス1世)を始めとして、皇族達の中からカスパーの立太子を求める声が高まってきた。
それに対して、オトフリートの崩御以前に、カスパーを正式に皇太子と定め、公的な地位を与えてしまうと、自身の反対派がカスパーを中心に団結、オトフリートを傀儡にする事で得ている自らの権力が脅かされかねない、と考えたエックハルトは、皇帝陛下の意向であるとして、陛下の長子であるカスパー殿下が皇太子となる事は当然であれども、誠に恐れ多き事ながら、殿下は心身ともに柔弱で、未だ女性を娶るだけの準備が出来ていない、よって、立太子式及び婚約の儀は殿下の成長を待つべきである、と宣言した。結果、帝国暦124年、オトフリート1世が崩御。同帝の遺言という形で、カスパーは新帝として即位している。
このように、皇太子の結婚とは、旧帝国政界において、極めて政治的な問題であり、そこに当事者同士の愛情の有無という、個人的な事情が介在する余地はほぼ皆無だった。そしてこの事は、皇太子ではない皇族、また貴族の結婚でも、その桎梏の強さに差はあっても、基本的には同じだった。