【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第3節 亡命者アルベルト・フォン・ノイマン

 スー・ウェイ・ダオは父親スー総統から「こいつは一番俺に似ている」と評されたほど、能力も性格も、まさに父親譲りで、戦術家として卓越した力量を有していたが、性格は横暴で気分屋。加えて、気に入った者だけを重用して、嫌いな者は露骨に冷遇するなど、依怙贔屓が激しく、父親が持っていた人望にも乏しいという人物だった。

 

 故に、嫡出子でありながら、父親の旧部下達から支持される事も無く、非嫡出子でありながら、人格識見ともに優れていた長男ディビットが後継者に擁立されたとの経緯があった。

 だが、それを不服としたウェイ・ダオは正当な後継者は自分であるとして、クーデターを企図したのだが、部下の裏切りでディビットの知る所となり、逮捕、処刑されかけたが、間一髪、逃亡に成功。帝国暦34年、家族や腹心の部下達だけを引き連れて、帝国に亡命している。

 

 尤も、当人は「自分の存在を疎ましく思った兄に暗殺されかけたので、家族と部下の命を守るため、やむなく帝国に亡命してやった」と公言していたようだ。亡命後のウェイ・ダオと共に戦った或る帝国軍人は、日記にこの事を書き記した後、「実力はあるが、自分を実力以上の存在に見せかけようとする、虚栄心の強い人物」と評している。

 

 本質的には真面目で、嘘や虚栄が嫌いだったルドルフにとって、ウェイ・ダオは決して好ましい人間ではなかっただろうが、長年の宿敵、攻守連合の盟主の一族が帝国に下った事の政治的意味を考え、敢えてノイマン侯爵の爵位を与えて、アルベルトに改名させ、大貴族として厚遇している。それは帝国の宿敵であっても、その非を認め、帝国に帰順するなら、帝国皇帝は決して粗略には扱わない、という政治宣伝であり、恐らくそれ以上の意味は無かった。

 

 しかし、この厚遇はルドルフが自分の存在を恐れ憚っているからだと勘違いしたノイマン候は、生来、横暴な性格だった事もあり、新無憂宮内でも横柄な態度を取り、自分に一軍を与えてくれれば、攻守連合など鎧袖一触してみせると高言するなど、貴族社会で嫌悪、白眼視される存在だった。当人は帝国軍人としての立身を望んでいたようだが、当時、帝国軍を掌握していたノイエ・シュタウフェン公も、実力はあっても人間的に信頼できないとして、決して高位を与えようとせず、階級は少将、職位も帝国中央艦隊所属の警備艦隊司令官にとどめ、帝都周辺の警備と哨戒を主任務とさせた。

 

 そのノイマン候が攻守連合の侵攻を防ぐ迎撃軍の副司令官に抜擢された事は、事情を知る者達全てから、驚きを以て迎えられた。この人事を発令したノイエ・シュタウフェン公に対し、当時の参謀の1人が密かにその真意を質しているが、同公は苛立ちを隠さず「あの男が必要だから副司令官に据えただけだ。決して評価などしていない。…私が言える事ではないが、ここにヴァルター(同公の親友リヒテンシュタイン大将を指す)が居てくれれば、こんな不愉快な人事をする必要などなかったものを…」と、最後は独り言のように呟いたと、自身の日記に書き残している。

 

 本迎撃戦に従軍した帝国軍人達の多くは、ノイマン候が持つ人脈を活用し、同国有力者の調略を進めるためだろう、同国領内の航路は完全に把握できておらず、航行上の難所も多いと聞く。ノイマン候と彼の部下達が持つ航路知識を求めたのだろう、などと推測していたようだ。筆者の私見だが、この推測自体も間違いではないのだろうが、ノイエ・シュタウフェン公が参謀に聞かせた独白で、ヴァルター、即ち同公と並び称され、帝国宇宙軍随一の勇将と称されたリヒテンシュタイン大将に言及した事から、ノイマン候の持つ戦術家としての手腕を期待していたのではないだろうか。

 

 もともと、用兵家としてのノイエ・シュタウフェン公は、親友リヒテンシュタインとは対照的に、敵軍より質量共に優れた艦隊を調え、奇策を用いず、正攻法に徹し、数の力で押し切る戦い方を得手とした事は、前巻で指摘しているが、それは裏を返せば、敵軍が奇策を用いた場合の対応力に乏しい、という事でもあった。換言すれば、敵軍が奇策を用いる前に、正攻法で押し潰す戦い方しか出来なかった、とも言える。

 

 かつての上官たるリスナー上級大将は、この事を見抜いていたからこそ、戦上手で奇計百出の提督が揃っていた攻守連合の艦隊とは戦わせず、帝国軍よりも相対的に劣弱なシリウス・共同体軍とのみ戦わせたのだろう。そして、同公はこの事を自覚していた。だからこそ、攻守連合軍との事実上の最終決戦において、自身の弱点たる戦術面を補佐できる人材を求めたのだろう。

 

 さらに、この事は当時の帝国軍における人材の偏りを窺わせる。先帝ルドルフの治世末期、軍務尚書に就任したノイエ・シュタウフェン公は、帝国軍と軍務省をシュタウフェン派で掌握するため、親友リヒテンシュタイン大将を始め、平定戦役で活躍した前線指揮官を軍中央から逐い、要職を自派で独占していったが、同派は創設者たる初代軍務尚書シュタウフェン公エリアスが傑出した軍官僚であった事から、軍官僚や軍政家、または参謀の占める割合が非常に高く、戦術的能力に優れた提督や将軍は相対的に少なかった。だからこそ、戦術家が必要となる大規模会戦での勝利を確定的にするために、敵国からの亡命者で、戦術的手腕はあれども人望はない、ノイマン侯爵の如き軍人を登用せざるを得なかったのだろう。

 

 この帝国軍内の人材の偏りは、旧帝国滅亡に至るまで、軍令よりも軍政を極端に偏重する、との人事上の歪みをもたらした。その淵源は建国者ルドルフの軍事思想―軍事よりも政治を重んじる、多数を以て少数を撃つなど―にあるのだろうが、その軍事思想を継承し、自家の権勢拡大のために用いたノイエ・シュタウフェン公の策謀がそれに拍車をかけた事は想像に難くない。かのダゴン星域会戦後、同盟軍との戦争が本格化する中で、帝国軍は同盟軍にしばしば大敗しているが、前線指揮官を重視せず、評価もしない人事の歪みがその原因の1つだったと指摘する軍事史家は多い。

 そして、人事で冷遇されていた前線指揮官達の不平不満を巧みにまとめ上げて、自身の支持へと転換できた事が、開祖ラインハルト陛下の急激な勃興をもたらし、リップシュタット戦役及び対同盟戦争に勝利できた原動力の1つだったと考えられている。

 

 なお余談ながら、ノイマン候アルベルトは拡大戦役終結後、攻守連合討伐の功績を評価されて、大将に昇進するが、帝国宰相ノイエ・シュタウフェン公に疎まれ、軍中央に居場所を得られず、領地として与えられたリューゲン星系一帯に移住、領主貴族となる。だが、同侯爵家は、自己の支配権確立を目指すジギスムント帝に利用され、同帝親政後、帝国政界で一躍脚光を浴びる事となるが、詳細は後章に譲りたい。

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