【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
帝国暦42~44年の間、ノイエ・シュタウフェン公の陣頭指揮による攻守連合領の征服作戦は着実に実行されていった。前述した一部貴族の暴走、また同44年に発生した統帥本部総長ローエングラム中将の横死など、不慮の事態が皆無だった訳では無いが、緒戦で同国軍の主力を壊滅させた影響は大きく、然したる軍事的抵抗もなく、戦争目的である農奴の確保も順調に進んでいった。
同45年、主要星系の制圧が完了、軍事力を有する地方勢力も壊滅したとの情勢を受け、改めて帝国政府は攻守連合に宣戦布告。即時の無条件降伏を要求したが、回答など始めから期待していなかったのだろう、既に遠征軍は編成済みで、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムを総司令官、ノイマン候アルベルトを副司令官とする同軍艦隊約2万隻は、一糸乱れぬ隊列を組み、帝都オーディンを出立していったと伝えられる。
途中、策源地のアルヴィース軍事基地で補給を受け、将兵に十分な休息を取らせると、一路、攻守連合の盟主国の1つ、ポルックス人民共和国の首都星ルーシアを目指して進軍。組織的な抵抗もなく、帝国軍が同星を肉眼でも捕捉できるまでに接近すると、同星防衛司令官を名乗るアレクセイ・ロブコフなる人物が降伏を申し入れてきた。
アレクセイは、同国初代主席ウラジミールの孫に当たる青年だったが、生来温和な為人で、権勢欲も無かったが、祖父の後継者たる事を期待されて、攻守連合の軍人となっていた。カストル軍政府総統の地位を継いだディビット・スーが人格識見ともに優れた名将である事を認めると、祖国の有力者らを説いて、この国難において、両頭体制は徒に国論を分裂させるだけだ、幸い、カストルのディビット・スーは人傑と言うべき逸材だ、我が国も彼に協力し、共に帝国の侵攻に対抗すべきだと主張。人望あるアレクセイの説得で、ディビットは攻守連合の最高指導者に就任する事となった。
この事を徳としたディビットは、アレクセイと義兄弟の契りを交わし、ルーシアの防衛司令官たる事を要請している。そもそも軍人を志望していなかったアレクセイにとり、この要請は内心迷惑だったのかもしれないが、今や義兄となった人物からの懇願を拒絶できる性格ではなかったので、司令官の地位を引き受けている。
以降、ディビットの片腕として、帝国軍の侵略を迎撃、寡兵ながらも奇策を用いて、しばしば帝国軍を打ち破った。また、ルーシア一帯の防衛体制を見直して、重厚な防衛線を構築。軍人を志望してはいなかったが、その才能は祖父譲りで、戦略家のそれだったのだろう。後年、ルーシアを占領した帝国遠征軍総司令官ノイエ・シュタウフェン公は、その防衛線の堅固かつ機能的な事を目の当たりにし「かのアレクセイ・ロブコフが降伏を申し入れてきた事は、我が軍にとって幸いだった。もし徹底抗戦を敢行されていたら、負ける事は無いにせよ、どれほどの損害を被ったか、想像したくもない」と、側近に語っている。
帝国暦45年、ノイエ・シュタウフェン公率いる帝国遠征軍が攻守連合に侵攻してきた際、義兄で上官でもあるディビットは、現有戦力ではもはや帝国に敵すべきもない、無益な戦いで無辜の人民を殺傷する事など出来ない、だが私自身は帝国に降伏する事を良しとはしないと言い、同国の解散を宣言。備蓄していた物資や食料等を放出し、各集団に配布。帝国に降伏するも良し、シリウスや共同体に亡命するも良し、帝国への徹底抗戦を続けるも良し、深宇宙を目指して逃亡するも良し、各人の裁量に委ねるとした。
ポルックス人民共和国の幹部達は、強固な防衛線を活用し、帝国への徹底抗戦を主張する者も多かったが、アレクセイは「私も義兄上殿と同じだ。人間の平等なる事を否定し、前近代的な身分制を採用した帝国などに降伏したくはない。だが同時に、祖父殿が作られたこの国の人々が帝国軍に殺害される姿も見たくはない。私一人の生命で帝国が納得するなら、むしろそうすべきだろう」と語り、主戦派を抑え、帝国軍への降伏を選択。遠征軍総司令官ノイエ・シュタウフェン公に面会すると、武装解除して帝国軍の命令に従うと明言。帝国に反抗した罪を問うと仰るのなら、どうか私一人だけを罰して欲しい。この国の人民は、この国を支配した我が一族の命令に従っただけに過ぎない。彼らの罪を問う事だけは、どうかお止め頂きたいと求めた。
副司令官ノイマン候などは、敵国の支配者に情けをかける必要など無い、即刻処刑すべきだと主張したが、ノイエ・シュタウフェン公は「我々は統治者としてここに来た。復讐者として来たのではない。それを取り違えるべきではない」と言い、アレクセイ及びその一族、同国幹部らは捕虜として帝都オーディンへ連行すると決したが、その生命は保障し、拷問及びそれに類する行為は厳禁とした。
また、同国の人民は帝国の法に則り、農奴階級に落とし、帝国領内へと移住させたが、解放年限は最短の1年と定めた。これはアレクセイの態度に感服したノイエ・シュタウフェン公の温情だったと言われる。また同時に、同国人民の人気が高いアレクセイを処刑すれば、無用の反発を招き、これ以降の統治が難しくなる、という冷静な計算もあっただろうが。
帝都に連行されたアレクセイはノイエ・シュタウフェン公から報告を受けていたジギスムントの興味を惹き、その求めに応じて、同帝に拝謁している。直接言葉を交わしたジギスムントは、彼の明敏なる事、また民を思う気持ちを諒とし、もし祖国への想いに区切りをつけられるのならば、余に仕えてみないか、軍人が嫌ならば、官僚としてでも良い。貴族に封じ、卿と卿の家族も厚く遇するが、と勧誘している。想像するに、父親の派閥に依存しない、自前の政治的基盤の構築を密かに考えていたジギスムントにとり、父親の息がかかっていない上、攻守連合内の人脈も期待できて、かつ有能な人物となれば、まさに垂涎の的だったのだろう。
だが、アレクセイはこれを謝絶。その理由を尋ねられると「国家に仕える生き方は、やはり私の性に合わないようです。祖父がした事の責任を取らねばならない、私を認めてくれた義兄の恩に報いねばならない、その想いで陛下が治める帝国とも干戈を交えましたが、「ねばならない」生き方は、どうにも肩が凝ります。もしお許し下さるのであれば、帝国の片隅で開拓事業にでも従事させて頂けませんでしょうか。側聞する所、帝国には労働力が不足している由、我が身とその働きにより、私と家族達の生命を奪わないでくれた陛下と公爵閣下の御恩に報いましょう」と語った。
ジギスムントは「卿ほど聡明な者が、智では無く力で恩を返すと申すか、それは人材の浪費と言うべきだ」と論難したが、アレクセイは笑って「敗軍の将は兵を語らず、と古来より申します。敗軍の将たる私が、賢しげに智を振りかざせば、それは兵を語るのと同じ、その厚顔無恥さを後世の人間に嘲笑されましょう。そんな破廉恥漢を厚遇すれば、陛下の威厳を損なう事にもなります。私の如き愚者に過分なお言葉を頂戴しました。陛下のお気持ちだけで十分でございます」と語り、決心を翻そうとはしなかった。
説得を諦めたジギスムントは、せめてもの餞だとして、ニヴルヘイム軍管区内のキフォイザー星系に近い、居住は可能だが、ほぼ未開拓状態の惑星を下賜。その星をポルックス自治領と名付け、アレクセイを自治領主に任じた。以降、旧帝国末期まで、同自治領の存在は忘れ去られていたが、かのリップシュタット戦役時、同星系でリッテンハイム候率いる貴族連合軍を打ち破った故キルヒアイス大公の艦隊に帰順。開祖ラインハルト陛下への抵抗の意志は無いと認められて、新王朝開闢後も同様に自治権を保障されている。
なお、現在の自治領主は初代アレクセイから数えて20代目で、その家には攻守連合時代の史料が多数、伝来している事で有名。現在、学芸省が編成した特別チームにより、史料の解読と編集作業が進められている。旧帝国の建国に関する新知見が得られるのではないかと、筆者を始め、多くの歴史家が期待する所となっている。