【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
攻守連合の盟主国の1つ、ポルックス人民共和国を降した帝国遠征軍は、最終目的地・カストル軍政府の首都星ペイジンを目指した。総司令官ノイエ・シュタウフェン公は、これまでの情報収集の結果、ペイジン周辺には未だ数千隻の艦艇が存在している事から、一度は組織的な抵抗があると想定していたが、予想に反して、散発的な抵抗すら無く、ペイジンへの航路は将に無人の野を行くが如し、戦闘用艦艇は疎か、通常航行の民間船さえ、一隻たりとも認められなかった。
如何に弱体化しているとは言え、仮にも一国の首都星周辺で、宇宙船の航行が全く認められないなど、明らかに異常事態だとして、壮大な罠の存在を疑ったノイエ・シュタウフェン公は、全軍に進撃停止を命じ、警戒態勢を取らせると共に、周辺宙域の索敵を徹底的に行えと指示した。
副司令官ノイマン候ほか、血気に逸る提督達は、奴らカストル軍に我が帝国軍を壊滅させるだけの兵力は既に無い、仮に罠があろうと、それを食い破って進撃すべしと主張したが、将兵の無益な損耗を嫌うノイエ・シュタウフェン公はそれを退け、事情が判明するまで、決して軽挙妄動してはならぬ、と重ねて厳命した。
その事情がおぼろげに判明したのは、進撃停止から約一週間後、首都星ペイジンへの威力偵察を敢行した軽騎兵艦隊の報告による。それによると、艦隊が同星の衛星軌道上に達するまで、抵抗活動が一切無かっただけではなく、同星から離陸、または降下する宇宙船は皆無。軌道上から同星表面を探査した所、一般的な有人惑星と比較して、人工光と熱源が極端に少ない事が判明した、と云う。
これらの状況から考えて、首都星ペイジンには、もはや人がほとんど存在していないのではないか、と思い至ったノイエ・シュタウフェン公は、地上軍の降下を決断。麾下の提督の1人、ユルゲン・フォン・ファーレンハイト少将に命じ、降下作戦の指揮を取らせた。
結果は、ノイエ・シュタウフェン公の想像通りだった。事前の調査で、少なくとも数十億人規模の人口を持つ事が分かっていた同星に残された人数はわずか数千人、僻遠の山間部などに点在するのみだった。
各都市は悉くゴーストタウンと化し、食料を始め、移動可能な物資は根こそぎ無くなっており、宇宙港ほかの重要施設は軒並み破壊されて、宇宙船と名の付く物は一隻たりとも残っていなかった。
僅かに残る住民らの大部分は老人ばかりで、山間部の寒村に暮らす、ある老人は尋問に対し、こう答えている。
「半年くらい前じゃったか、政府の連中が来て言うんじゃ。もうすぐ銀河帝国の軍隊がやって来る。連中は血も涙もない残酷な連中で、ここに居たらみんな殺される。だから、この星から脱出するための宇宙船に乗れと。
宇宙船に乗って何処に行くんじゃと聞いても、それはまだ決まっていない。ただ、帝国の手が届かない、平和に暮らせる場所を探して、そこにみんなで行くんだ、と言うばかりじゃった。
儂はもう老い先短い老いぼれじゃ、今さら宇宙なんぞで苦労したくはない、この村は貧しいが、食い物なら山や川で取れるし、小さい畑を耕して、牛や鶏も飼っておるから、食うに困る事も無い、帝国軍とかいう連中に殺されるにしても、それまではここで暮らしたいんじゃ、と言って断ったら、そのうち来なくなったな。
ああ、そう言えば、あんたらが来る一か月くらい前か、もの凄い轟音がして、大きな宇宙船が何隻も離陸していったのを見たな。儂が知っとるのはそれくらいじゃが、あんた方は儂らをやはり殺すのかね?別段もう長生きしたいとも思わんが、出来たら独り静かに逝きたいんじゃ。あんた方のやる事を邪魔したりせんから、出来れば放っておいて欲しいんじゃが」。
報告を受けたノイエ・シュタウフェン公は、その老人ほか残留している人民に手は出すな、出しても無益だと命令すると、諸将を集めて、以下の通り宣言している。
「これまでの調査で、攻守連合の者共は惑星ぐるみで逃亡したと断ぜざるを得ない。卿らも承知している通り、この惑星ペイジンの向こうには、広大なサジタリウス腕が広がっているが、そこに至る航路は発見されていない。
仮に、攻守連合の残党が航路を発見していたならば、我々が奴らを追撃する事は、もはや不可能だろう。敵の反撃を想定すれば、防御力が高い大部隊で進撃すべきだが、それでは行軍速度が上がらず、少なくとも一か月以上前に出発したであろう彼らを補足する事は難しい。逆に小部隊に分かれて、索敵と航路探索を行いつつ追撃すれば、却って各個撃破の好餌になるだけだ。
我々の戦略目的は、攻守連合という国家を征服し、その領土を帝国領に組み込む事と、同国の人民を農奴として、帝国領に移住させる事、この2つだ。これまでの戦闘で、この目的は十分に達成されたと言える。彼らが宇宙港などの重要施設を破壊していったのは、もはやここに戻る意思が無い事の表れだろう。よって、攻守連合という国家は事実上、消滅したと断じて良い。これ以上ここに留まり、残党狩りに狂奔する事は、時間と労力の浪費である。
私は皇帝陛下の信任を受けた遠征軍総司令官として、ここに戦闘終結を宣言する。治安維持に必要な部隊のみを残し、遠征軍は策源地たるアルヴィース軍事基地に帰投する。現地で休養の上、隊列を調え、帝都オーディンへ凱旋したい」
この宣言に対し、副司令官ノイマン候は激烈に反対。敵の首魁ディビット・スーの死を確認するまで、攻守連合は滅亡したとは言えないと主張したが、その真意は自身を放逐した兄への強烈な復讐心だという事は、ノイエ・シュタウフェン公のみならず、列席の諸将も承知していたので、大多数の賛同を得る事は出来なかった。
だが、逃亡した残党の行方が全く不明なままでは、遠征軍が帰還した後、占領地に残した治安維持部隊が急襲される恐れも無しとはしない、彼らの動向を掴むという意味で、威力偵察を実施すべきではないか、との意見が降下作戦を指揮したファーレンハイト少将らから出され、ノイエ・シュタウフェン公も自派閥の有力幹部たる同少将の意見は無下にできず、遠征軍司令部への定時連絡を厳守するとの条件で許可している。
ノイマン候は自分が威力偵察の指揮官になると主張したが、独断専行を恐れるノイエ・シュタウフェン公は当然の如く却下、自身の腹心たるファーレンハイト少将に一任した。
だが結論から述べれば、この偵察行は、ほぼ無益に終わっている。ディビットが指揮しているだろう本隊はその影すら捉えられず、帝国軍はその航路秘匿の完璧さに唸るしかなかった。また、彼ら偵察部隊は、後世サルガッソ・スペースと呼ばれる危険宙域まで進出しているが、そこは変光星・異常な重力場・赤色巨星が密集した航行不能地域であった。偵察部隊の艦艇は、かなりの数が重力場に絡め取られ、制御不能に陥り、小惑星などに激突して爆散、または巨星に「墜落」していった。
損害があまりに過大だと、ノイエ・シュタウフェン公は偵察行の中止を命令。任務に失敗したファーレンハイト少将だったが、一本の麦すら収穫できなかった訳ではない。ディビットの本隊から分離し、放置されていた攻守連合の補給基地に潜んでいた小部隊を発見、拿捕している。彼らへの尋問によって、ディビットら攻守連合の残党が人類史上でも唯一と言って良い、惑星単位の逃亡劇を何故行ったのか、その事情が明らかになっている。