【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
この状態は帝国暦331年、帝国が同盟と初めて干戈を交えた、かのダゴン星域会戦まで続き、それ以降は対同盟戦争の最前線となったため、領主らは戦火を避けて、こぞって帝国本土へ転封していき、残ったのはごく僅かな領主達の所領と、軍事基地化した皇帝直轄領だけだった、というのが旧帝国史上の定説だが、新王朝開闢後に公開された新史料、また同地に残った領主貴族家に伝来した史料等の研究が開始された結果、定説とは異なる同地の姿が解明されつつある。
まず、ダゴン星域会戦まで、帝国は同盟の存在を知らなかった、との定説自体、現在の帝国史学界では明確に否定されている。公開された新史料によると、少なくとも同会戦の勃発直前、敗軍帝フリードリヒ3世の御代において、当時の帝国政府や軍の高官達は、ウトガルド軍管区の彼方、サルガッソ・スペースを超えたサジタリウス腕に、自由惑星同盟を名乗る共和主義勢力の国家が存在している事を認識していた。公式記録にこそ残ってはいないが、例えば百日帝グスタフの日記や著作の中には、明確に「同盟」という表記が見られる。しかし、帝国が同盟の存在を知ったのはいつなのか、現在に至るも定説はない。新史料を用いた研究の深化が期待される。
現時点で判明している事実は、ノイエ・シュタウフェン公爵家を始め、旧攻守連合領だったウトガルド軍管区に領地を有する領主貴族達が、サジタリウス腕方面への深宇宙探査を行っていた事だけだ。それは同公爵家の一門でもあった領主貴族家、例えばクラインゲルト子爵家などに伝わった史料から看取できる。
同地を治める領主貴族や自治領主の多くは、前述の通り、帝国に帰服した土着の現地有力者が多かった。彼らは帝国皇帝に忠誠を誓ったと雖も、その領内では攻守連合の残党や、それに扇動された反帝国勢力などが常に蠢動しており、この事を以て、帝国政府から叛逆罪のレッテルを貼られて、再度の征伐を受けるのではないか、その恐怖を抱く者は多かったと想像される。いや、その出自から、自ら反帝国感情を有する領主達もいただろう。だが、かつての盟主・攻守連合が滅亡している今、領主たちが単独で強大な帝国政府に対抗する事は不可能。それならば、帝国の征伐に備えて、万が一の時の逃走先だけでも確保しておきたい、そう願ったとしても不思議ではないだろう。
彼らの中には、攻守連合の残党らと結び、サジタリウス腕へと抜ける、イゼルローン回廊の存在を知った者もいたのではないか。彼らはサジタリウス腕を密かな逃亡先として確保するため、自家所有の農奴や奴隷による先遣隊を派遣。航路の安全を確認した後、本格的な入植を開始したのではないか。そして、何らかの理由で入植地に取り残された農奴や奴隷達が、主家の統制を離れて、自分達の生き残りを図るため、サジタリウス腕の探索と開拓を始めた、各所で同時多発的に生じたこの動きが自由惑星同盟建国の原動力の1つだったのではないか、これが現時点で筆者が想定している同盟建国の事情である。
勿論、この事を直接証明する史料など存在しない。帝国側で公開と研究が進んでいる新史料と、同盟に伝わる建国時の史料を照合する事で、或いはこの見解を証明する事が出来るかもしれないと考えている。
そして、この学説を証明する上で、大きな助けになるかもしれないと期待されているのが、イゼルローン共和政府経由でもたらされた、かの地球教団関係の史料である。地球教団誕生の経緯も、未だに不明な部分が多いのだが、地球統一政府末期、前巻で紹介したガイア思想―地球を全宇宙における唯一無二、奇跡の存在として崇める思想―の宣布を目的に、各植民星に派遣された宗教法人職員を始め、シリウス軍の大虐殺を逃れた同政府関係者、そして地球統一政府の支配体制を経済的に支えた巨大企業群ビッグ・シスターズの一部、彼らが自分達の生き残りを図るため、密かに集まったのがその淵源と言われている。
彼ら地球統一政府の残党達は、地球を公敵とするシリウス政府を始め、各植民星政府からも逃亡を余儀なくされたため、秘匿性の高い拠点を各所に必要とした。その1つがフェザーン回廊。当時はサジタリウス腕への航路としてではなく、サルガッソ・スペース内の安全宙域として使用されていたようだ。
そして、銀河連邦末期に至ると、攻守連合の勢力がフェザーン回廊まで進出、既にサジタリウス腕への航路開設に成功していた原・地球教団と接触し、その航路情報を得たと思われる。何故なら、攻守連合が帝国に大敗すると、その先行きを見限った諸集団が連合を離脱していった事は前述した通りだが、盟主国だったカストル軍政府、ポルックス人民共和国と対立、または疎遠だった集団は、こぞってフェザーン回廊方面を目指していた事実があるからだ。これは、帝国に降伏したノイマン候アルベルトほか、同侯爵の部下達の証言による。
彼ら逃亡集団は、カストル・ポルックス両国が支配していたイゼルローン回廊に向かえば、両国からどのような妨害を受けるか分からないと考え、両国の影響力が少ないフェザーン回廊からサジタリウス腕への脱出を図ろうとしたのではないか、そして、彼らがフェザーン回廊の航路情報を得ていなければ、そもそもフェザーン方面への逃亡を企図するはずが無いと想定される。
攻守連合と原・地球教団の関係は、イゼルローン共和政府がもたらした地球教団関係史料の分析、研究が政治的事情で進んでいない事もあり、未だ想像の域を出ていないが、筆者はイゼルローン回廊を通ってサジタリウス腕に進出した、現地領主の農奴や奴隷による入植者グループとは別に、フェザーン回廊を通って進出した攻守連合の残党と原・地球教団の一派も存在したのではないかと考えている。同教団関係史料の分析により、彼らフェザーン側集団の動向を跡付ける事が出来れば、彼らと必ず接触したであろう、イゼルローン側集団の動向も判明してくるのではないか、と想定している。現在、学芸省が採用した同盟、フェザーン出身の歴史学者らの手で、地球教団史料の分析と研究が進められている。彼らの努力により、新しい知見が見いだされる事を期待したい。
以上のように、攻守連合の故地、帝国領ウトガルド軍管区の研究は、緒に就いたばかりだと言わざるを得ないが、現時点で判明している事実だけでも、この地が後世の人類史に、特に自由惑星同盟の建国に与えた影響は、実に大きなものがあったと想定される。筆者自身も更なる研究を期したいが、これから旧帝国史、また同盟史の研究を志す学生諸君には、是非挑戦して頂きたいと思っている。
攻守連合滅亡後、続いて拡大戦役の後半戦となる、シリウス民主共和国・汎オリオン腕経済共同体への遠征が敢行されているが、次章ではそれに先立ち、ノイエ・シュタウフェン公が指揮していた攻守連合制圧戦の陰で、自身が親政開始する上での政治的基盤を作り上げるため、ジギスムント帝が密かに遂行していた策謀について、公開された新史料の分析を通じて明らかにしていきたい。