【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
第1節 旧帝国史上の謎~何故、強国よりも弱国が延命できたのか?
まず、ジギスムント帝が攻守連合制圧戦の陰で行っていた密かな活動について述べる前に、旧帝国・同盟の歴史学界で、難問の1つに数えられていた「何故、強国よりも弱国が延命できたのか?」、この点を取り上げたい。
攻守連合滅亡後、同国遠征軍の総司令官を務めた、帝国宰相ノイエ・シュタウフェン公に代わり、シリウス・経済共同体両国の征服事業はジギスムント帝が主導している。だが、まず指摘できるのが、その征服に要した期間の長さ。攻守連合の征服は帝国暦42~45年と、延べ4年間だったのに対し、同国よりも劣弱だったシリウス・共同体の征服は帝国暦46~51年と、攻守連合よりも2年も多い、延べ6年間を要している。
従来、この差が何に起因するのか、旧帝国・同盟両国の歴史学界では、難問の1つとして扱われていたが、旧帝国では、民主共和制という誤った思想を盲信する者が攻守連合よりも多く存在したため、思想犯の逮捕・処刑と人民の思想矯正に時間が必要だった、同盟では民主共和制を奉じる者達が多く、身命を賭した激烈な抵抗を敢行した結果だと、両国とも民主共和思想というイデオロギーに回答を求める傾向が強かった。
しかし、前述の通り、両国は帝国侵攻への恐怖と、景気悪化による生活苦で、人心の荒廃が著しく、民主共和思想というイデオロギーよりも、安心できる生活と衣食住の充足を求める者が急速に増えていた。中には、帝国軍を解放軍として期待するのみならず、積極的に帝国に通謀、その侵攻を促す勢力さえ存在した。事実、帝国暦46年、帝国遠征軍がシリウスに残った最後の艦隊戦力をほぼ壊滅させた後、両国所属の企業や地方部隊が帝国に降伏、内応を約束する事例が陸続と発生している。
繰り返しになるが、筆者は上記のイデオロギー的見解に与する者ではない。シリウス・共同体への征服事業が長期化した理由は、父親の派閥に依存しない、自分自身の派閥、政治的基盤を確立するため、同事業を利用し、自身の腹心、そして反シュタウフェン派の貴族や官僚に功績を上げる機会を与え、かつ攻守連合の征服時に見られた、事実上の間接統治を容認せず、あくまで皇帝支配を貫徹しようとしたジギスムント帝の意向こそ、両国への征服事業が長期化した理由だと考えている。
そして、同帝の密かな動きは、ノイエ・シュタウフェン公が主導した攻守連合の征服時より始まっていたと思われる。本章では帝国暦42~45年、同公が陣頭指揮を取り、攻守連合の占領を行っていた裏で、ジギスムント帝が帝都で行っていた動きを描写したい。それは後年、その強かなる事、先帝ルドルフを凌ぐとも評された、同帝の政治的才能を窺わせるに十分なものだった。
なお、以下の記述は、皇帝の日常生活や言行を一日単位で記録した皇帝起居録、及びジギスムント帝の日記や書簡等に基づき、小説風に再現したものである。