【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

57 / 147
第2節 再現された連邦末期の「退廃」

 そして、急速な景気の悪化が両国の混乱と治安悪化に拍車をかけた。帝国領内での経済活動を禁止され、帝国という巨大市場を失った共同体は、製品を生産しても売却する事が出来ず、また帝国製の安価な製品や資材、原料などを輸入する事も出来なくなった結果、同国所属の企業の業績は急激に悪化、国内は深刻な不況に見舞われた。これは、共同体の陰に隠れて、事実上の三角貿易を行っていたシリウス所属の企業も同様で、シリウスもまた共同体発の不況に呻吟する事になった。

 

 帝国侵攻への対処が出来ない政府への不満を募らせていた両国民は、景気悪化による生活苦にも見舞われた結果、無為無策と見える政府への不平不満を爆発させた。その余波は、彼らが既得権益層と見なす者達、議会議員や政府官僚、軍人、大企業の経営者などにも及び、政府や軍の要人、財界人を狙ったテロが横行。また一般市民レベルでも、日々の生活のストレス解消、鬱憤の捌け口として、地方自治体の議会議員や職員、地方部隊所属の軍人、そして警察官らへの暴行や誹謗中傷が繰り返され、彼らの家族達も謂われの無い暴力に晒されて、身体に重度の障害を負う者、不幸にも生命を落とす者さえ少なくなかったが、その件数の余りの多さに、そのうち報道対象にさえならなくなった、と云う。

 

「人々はよるべき価値観を見失い、麻薬と酒と性的乱交にふけった」と評された、あの銀河連邦末期の頽廃が再現された。国力を急速に低下させた両国政府には、もはや抜本的な対策を講じる力など残っておらず、権力者たちは自己保身に汲々とし、帝国の侵攻という未曽有の国難に対しても、互いに責任を押し付け合い、鳩首会議の果て、甲論乙駁に終始するばかりだった。帝国に対して、身命を賭して抵抗しようとする勇敢な政治家や軍人は、もはや存在しなかった。

 

 いや、存在したとしても、既得権益層と化した権力者たちは、民主主義の大義を鼓吹し、人民の支持を背景にして、自己の地位を脅かしかねない新たな人物の台頭を許す事は無かっただろう。抗戦派を置き去りにし、率先して帝国軍に降伏したシリウス最後の大統領、ジョルジュ・ラヴァルはそのような人物だったと伝えられる。

 彼は人権派の弁護士として有権者の人気を集め、政界進出後は若手政治家のホープ、帝国とも堂々と渡り合える勇気と気骨ある人物だと評価されていたが、最高権力者の座に就くと一変。メディアを支配下に置き、事実無根の醜聞を捏造して政敵を失脚させる、自身に批判的な官僚や軍人は難癖をつけて左遷、追放して、自己の権力を守る事に汲々とする一方、有権者には美辞麗句を振りまき、外面の好印象を維持するため、巨額を投じて密かに抗老化手術を繰り返すなど、ただの権力亡者に成り果てたと云う。

 

 また、一部の富裕層は自分達が暮らす地域の周囲に堅固な壁を築き、自費で雇った私兵集団に昼夜を分かたず警備させると共に、電気や水道等の社会的インフラも、老朽化して安定供給が出来なくなっている公共のそれに頼る事無く、壁の内部に自家発電、自家給水の設備を作らせた。さらには核攻撃にすら耐えられる地下シェルターを建設し、数十年単位で居住できるだけの食料や物資を備蓄していた者もいた。

 

 国難の秋、自己の安全と安楽だけを守ろうとすべきではない、帝国の侵攻に対抗できる軍備を整えるため、富裕層はその財産を供出すべきだ、との主張が低所得者層から上がったが、彼ら富裕層は連邦末期の主要な思想だったリバタニアニズムを持ちだし、自由経済によって生じた格差は社会の必然であり、自由競争の結果として生じた貧困は、自己責任として受け止めるべきだ。我々は社会維持に必要な経費は税金として負担している。その上で生じた余剰を以て、自己の幸福追求を図っているだけだ。税金も払っていない貧困層を公的資金で扶助するのは公平の原則に反する、負担無き者には権利も無いのだと反論した。

 

 この傲慢な発言に憤激した一部の貧困層は、富裕層の「領地」に向かってデモ行為を繰り返したが、それに恐怖した富裕層の私兵が発砲し、貧困層が殺傷される事件が多発。もはや両者の対話は不可能となり、貧富の格差は社会の分断と化した。両国滅亡後の事だが、シリウス政府に仕えた中堅官僚で、首都星ロンドリーナ陥落後、帝国軍に降伏したある人物は、軍の尋問に答える中で、以下の体験を語っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。