【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第6節 皇帝ジギスムントの「勝利」~事実上の親政開始

 この勅令が公表された時、遠征軍将兵の反応は2つに分かれた。攻守連合の征服時、既に十分な功績を挙げた者達は、シリウス・共同体の征服戦で失態を演じ、今までの功績も認められなくなる可能性を考え、帝都への帰還に賛成したが、その反面、功績を挙げていないと感じている者達は、更なる功績を求めて、帝都への帰還は時期尚早だと主張した。

 

 だが、遠征軍総司令官ノイエ・シュタウフェン公は「陛下の見解は正しい。私自身、先帝陛下の御代、シリウス・共同体の連合軍と干戈を交えたが、これまで我々が戦ってきた攻守連合と比較すれば、士気・練度とも格段に劣る。また、軍務省調査局の報告に拠れば、両国とも深刻な混乱状態に陥っていると云う。今、我が軍は2万隻に達する大艦隊だが、これだけの兵力を維持、運用するだけでも莫大な経費が必要だ。私は帝国宰相として、帝国全体に配慮せねばならない立場である。ただ一戦場の勝敗だけに拘泥する事は出来ない」と宣言、帝都への帰還を命じた。

 また、恐らく全将兵が驚倒したと思われるが、主戦派の最右翼と見られていた副司令官ノイマン侯爵が帰還に賛成したばかりでなく、直属の部下と麾下の艦隊に率いて、諸将に先駆けて帝都へ戻っている。同候のこの動きには、実はノイエ・シュタウフェン公爵家の後継者問題を巡る、皇帝ジギスムントとの密約が関係していたと思われるが、詳細は後章に譲りたい。

 

 ノイマン候が帝都に帰ってしまった事で、帰還反対派の威勢は大きく削がれた。更にこの事を予見していたかの如く、ジギスムントは再び勅令を発し、占領したカノープス星系をシリウス侵攻の橋頭堡とするため、大規模な駐留部隊を置く、同部隊を率いる司令官達は、遠征軍に属した諸将から優先して選抜する。更に、シリウスと共同体両国の連絡を完全に遮断するため、ヴェガ星系に大規模な軍事基地を建設すると宣言、建設期間中の安全確保のため、国境付近に駐屯する哨戒部隊を新たに編制するが、その司令官達も遠征軍の諸将から採用したいとの意向を表明した。今後も征服事業に優先的に関与できる望みを示された事、また総司令官で一門党首でもあるノイエ・シュタウフェン公の意向に逆らうのは流石に難しかったのだろう、帝国暦46年の中頃には、駐留部隊に選ばれた艦隊を除いて、全遠征軍の撤退が完了している。

 

 かくして、シリウス・共同体両国の征服事業は、ノイエ・シュタウフェン公という中心人物が退いてしまった結果、遠く帝都オーディンより、皇帝ジギスムントの意向によって采配される事となった。ここで疑問となるのは、同公は何故、自身の権威を貶め、かつ一門に属する貴族家の利益を損なうであろう、ジギスムントの勅令を唯々諾々と容認したのだろうか。旧帝国での解釈は単純明快で、帝室に深く忠誠を誓う勤王家、社稷之臣たるノイエ・シュタウフェン公が皇帝ジギスムントの勅令に逆らうはずは無い、それだけだった。

 だが後世、歴史家でもあった文華帝エーリッヒ1世は、専制君主の理想として称揚していたジギスムント帝の評伝を著しており、著作中で、ノイエ・シュタウフェン公が攻守連合の征服を完了し、帝都に凱旋したと帝国暦45年末から、再び遠征軍総司令官として、シリウスへの侵攻に出発した同46年初頭、この短期間に、同公と皇帝ジギスムントが複数回、2人だけで会談している事、また、同公爵家の筆頭従家でもあったファーレンハイト伯爵家の当主ユルゲンが任地のウトガルド軍管区(旧攻守連合領)から帝都に召喚されて、密かにジギスムント、ノイエ・シュタウフェン公と会談している事などから推定し、シリウス遠征の前に、ノイエ・シュタウフェン公爵家とその一門に属する貴族家、ひいてはシュタウフェン派の主導権を密かに皇帝ジギスムントに委譲する代わりに、ジギスムントは同派の粛清や追放等は一切行わない、各家の存続を保障する、その約定が締結されたのではないか、と主張している。

 

 筆者も文華帝の主張を是とするものである。旧帝国政界の常識では、例え血縁関係があろうと、一度政敵同士となれば、敗者は族滅、流刑が当然であり、少なくとも帝都からの永久追放に処された。だが、帝国暦55年、ノイエ・シュタウフェン公が死去した後も、シュタウフェン派の貴族や軍人、官僚で処刑、追放された者は存在せず、むしろジギスムントに登用されて、政府や軍の高官に任じられた者さえいる。

 逆に、ジギスムントを支持していた反シュタウフェン派の貴族達の中には、皇帝の寵に驕り、増長の振る舞いを為す者もいたが、ジギスムントは自派の者だからと擁護したりはせず、むしろシュタウフェン派の軍人らに命じて、断固とした処分を下した事もある。

 さらに、ジギスムントは崩御するまで、ノイエ・シュタウフェン公爵家を実家として尊重、父親の家祖ヨアヒムに対しても、その死後、旧帝国史上初となる大公の位を贈り、皇父の称号を追贈している。この称号は先帝ルドルフが即位後、自身の父親セバスティアンに贈ったものであり、帝室と血縁関係が無い同公を皇族として遇するものだと言えよう。

 

 そもそも、皇帝たるジギスムントの立場になれば、帝国軍を掌握するシュタウフェン派を処刑、追放する事など、出来れば避けたい事だったのは想像に難くない。軍が機能不全を起こしてしまえば、討伐した敵国の残党や共和主義勢力が蠢動しても、それを鎮定できる者がおらず、今は自分を支持している領主貴族が増長し、独立を志向し始めれば、それを懲罰する事も出来なくなるからだ。

 ジギスムントにとって最良の結果は、反シュタウフェン派の支持を得て、その政治勢力を背景として、シュタウフェン派を自身の統制下に置く事だった。そして、ジギスムントは見事、それを達成してみせた。この時点で、ゴールデンバウム朝銀河帝国が500年近い命脈を保てた、その基盤を確立したと評される同帝の親政が事実上、開始されたと言えるだろう。

 

 最後に、もう一方の当事者、ノイエ・シュタウフェン公は、この事をどう受け止めていたのだろうか、いや、自身の権力基盤たるシュタウフェン派の主導権を息子ジギスムントに委譲する事に抵抗しなかったのだろうか、同公やジギスムント、またこの件に関わったファーレンハイト伯ユルゲンらが遺した日記や備忘録等を用いて、帝都に帰還したノイエ・シュタウフェン公とジギスムントが初めて、余人を交えず2人だけで語り合った、その場面を小説風に再現してみたい。筆者の拙い描写では再現できない事は重々承知しているが、旧帝国史上でも屈指の名場面と思っているので、その時、両者の間に流れた感情の一端でも感じて頂ければ幸いである。

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