【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
第1節 財務官僚グスタフ・フォン・シェッツラー
皇帝ジギスムントが采配したシリウス・共同体への征服事業に参画した軍人、官僚達は、おおよそ以下の4グループに分かれる。①敵軍との戦闘を担った前線司令官、②占領した星系の治安回復と統治を担当した軍政家、③治安回復後の星系に総督として赴任した国務・内務官僚(領主貴族の子弟含む)、④両国所有の経済拠点や生産施設を帝国経済に組み込むために派遣された財務官僚(領主貴族の子弟含む)、である。
攻守連合の征服事業と明確に異なるのは、④財務官僚の存在だろう。軍事国家だった攻守連合とは違い、経済発展を重んじていた両国には、帝国のそれとも遜色ない生産施設が多く、物流網も十分に整備されていた。
無論、それらは自由経済を前提として構築されており、統制経済を国是とする帝国がそれらを無条件で受け継ぐ事は出来なかったが、十分に整備されたハードウェアを敵国の施設だからと破壊する事は、現実的で柔軟性ある統治者だったジギスムントには、イデオロギーに固執し過ぎる愚策だと思えたのだろう。特に勅命を発し、財務官僚を占領地に派遣、十分な調査研究の上、帝国経済に資するよう処置せよと命じている。
その結果、財務省に勤務する財務官僚だけでは人手が足りなくなり、経済に関する知識や経験がある貴族身分の者ならば、無位無冠でも登用する、その功績如何によっては、爵位を以て報いるとのジギスムントの意向で、当主の後継者になれなかった貴族家の子弟が多数、応募してきた。まず、両国への征服事業で頭角を現した財務官僚2人を取り上げたい。彼らの様な人材が登用された事で、第3代の享楽帝リヒャルト1世、第4代の喪心帝オトフリート1世の御代を特徴づける経済発展の時代が幕を開けたとも言える。
まず1人目は、財務省生え抜きの官僚だったシェッツラー男爵グスタフ。帝国建国後に財務省へ入省。第2代尚書クロプシュトック伯爵に見出され、省内でも能吏として高い評価を得ていた。当人も財務官僚としての出世を望んでいたが、クロプシュトックの派閥に属していた事から、同伯爵失脚後、皇太孫ジギスムントの後見人となったノイエ・シュタウフェン公爵に疎まれて、財務省内では非主流派に留まらざるを得なかった。
転機となったのは、ジギスムントが開始したシリウス・共同体両国への征服事業。このまま帝都に留まっていても、官僚としてこれ以上の出世は望めない、それならば新天地で自分の手腕を自由に振るうのも悪くないと、ジギスムントの勅命に応じ、自ら志願して占領直後の共同体領に設立された総督府に赴任した。好機を求めて挑戦的、冒険的な気風が色濃く残る建国期~拡大期に相応しいエピソードだと言えるだろう。
元々、実用主義的な為人だったため、自由経済体制にも過度の偏見は持たず、とにかく使える物は何でも使おうとばかりに、共同体の経済的遺産を帝国の経済体制に組み込む事に熱心だった。また、剛胆な性格でもあったので、同僚達が二の足を踏む、前線に近い占領地にも率先して赴任していった。
その職務への精励ぶりがジギスムントの目に止まり、拡大戦役終了後、論功行賞で子爵位に陞爵、また共同体領だった星系を領地として下賜された。
しかし、当人は財務官僚としての出世を念願していたため、領地経営は帝国政府に委任し、このまま財務省に奉職したい旨、ジギスムント帝に言上した。親政を開始し、自身の手足となる人材を多数必要としていた同帝にとっても、その申し出は渡りに船だったのかもしれない、その願いを容れて、財務省配給局長に抜擢。占領直後のシリウス・共同体領に、先帝ルドルフが定めた配給制度が定着するよう処置せよと命じた。
抜擢されたシェッツラー子爵は皇帝の期待に応えるべく、局長としては異例ながら、自ら旧敵国領に訪れて、各地の現状を踏まえた配給制度を構築していった。これ以降、同子爵は配給局長を皮切りに、財務省の各局長を歴任、最終的には財務尚書の地位を射止めている。
旧帝国の経済史家によると、同子爵はシリウス・共同体の経済的遺産-それは経済官僚や企業経営者などの人的資源も含む-を帝国経済に導入する事に積極的で、その結果、静態的状況を呈していた帝国経済が活性化し、第3代リヒャルト1世、第4代オトフリート1世の御代を特徴づける経済発展をもたらしたが、皇族や貴族が物質的に豊かな生活へ溺れる機縁を作ってしまった、と評されている。ある意味では、後世、腐敗堕落して、豪奢な生活に溺れる門閥貴族が誕生するきっかけの1つになった人物だとも言えよう。
なお余談ながら、オトフリート1世の御代、シェッツラー子爵家は、かの権臣エックハルトとの権力闘争に敗れ、自領に逃亡、領主貴族へと転身する。旧共同体領に強い影響力を持つカストロプ公爵家の一門となり、それ以降、帝都での権力闘争に関わる事も無く、同公爵家が所有する公営企業の経営などに携わる小貴族として、旧帝国末期まで家門を保っている。
しかし、帝国暦487年、カストロプ公爵家最後の当主マクシミリアンが帝国に叛旗を翻した結果、故キルヒアイス大公の征伐を受け、同公爵家は滅亡。一門だったシェッツラー子爵マルティンは連座させられる事を恐れ、同公爵家が密かに迎撃システム内蔵の戦闘衛星-同盟で言う「アルテミスの首飾り」-をフェザーンから購入した時、自身が輸入に関する実務を担当していた縁を使って、家族共々フェザーンに亡命している。
その後、開祖ラインハルト陛下が旧帝国の実権を掌握すると、それに反発する門閥貴族の残党は廃帝エルウィン・ヨーゼフ2世を奉じて、自由惑星同盟と結び、銀河帝国正統政府の設立を宣言。シェッツラー子爵は、国務尚書に就任したレムシャイド伯爵から、旧カストロプ公爵家に縁ある領主貴族との連絡役たる事を期待されて、財務尚書の地位を与えられるが、その人脈を活かす間も無く、神々の黄昏(ラグナロック)作戦が発動。ラインハルト陛下が率いる帝国軍がフェザーンを占領すると、廃帝を見捨てて逃亡。新王朝の公式記録には「その終わる所を知らず」と書かれている。