【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
もう1人は、エックハルト男爵アルフレッド。父親アンドリューは、即位前のルドルフが党首だった政党「国家革新同盟」所属の連邦議会議員。大して才能ある人物ではなかったが、ルドルフが連邦政界に進出後、一貫して支持し続けた結果、帝国建国後、ルドルフへの忠勤を認められ、辺境に近い一星系を領地として与えられた。
アルフレッドは同家の三男として誕生。父親が年老いてから儲けた子供であった事もあり、当主の後継者に選ばれなかったため、一生を冷や飯食いで終わるのは嫌だと、新しい貴族家を立家し、その当主になる事を願うようになる。
当初は、ノイエ・シュタウフェン公爵家に仕えて、拡大戦役に参加し、功績を挙げようとしたが、武官経験が無く、実家も辺境の小貴族でしかなかったため、同公から相手にもされず、シュタウフェン派に属する事さえ出来なかった。
因みに、アルフレッドの孫ハイドリヒは、旧帝国史上、喪心帝オトフリート1世を傀儡とした権臣エックハルトとして有名だが、当時、帝国最大の権門として勢威を振るっていたノイエ・シュタウフェン公爵家を標的とし、執拗に権力闘争を仕掛け、帝都から追放してしまったのは、自身が権力を独占するためだけではなく、祖父が味わわされた屈辱を晴らそうとした事も動機の1つだったとも言われている。
だが、上述のシェッツラー子爵グスタフと同様、ジギスムントがシリウス・共同体の征服事業を開始すると、実家で領地経営に従事した経験を言い立て、仮採用ではあったが、財務省の下級官僚となり、占領地の総督府に就職する事が出来た。
アルフレッドは生来、努力家で知性も十分だった。また将来の飛躍を期して、実家に暮らしていた時から勉学に励み、領地経営を通じて、実務経験もあった。出世の糸口を掴んだアルフレッドは、日常業務に精励すると共に、休暇も利用して占領地を隈無く視察、シリウス・共同体が保有する経済的遺産の現状を調査して、詳細な報告書を作成。同時に、それら遺産を帝国経済に組み込むための政策案を策定した。
本来なら、上司に当たる財務官僚に提出すべきだったが、部下の功績や成果を上司が横取りする光景を何度も見せられてきたアルフレッドは、数年に亘る努力の結晶をむざむざ他人に奪われてなるものかと、占領地の視察に訪れたジギスムント帝に直訴し、直接渡す事に成功する。
秩序を重んじる性格のジギスムントは、直訴という行為自体に好意的ではなかったが、その決死とも見える覚悟に興味を覚え、帝都に持ち帰ると、財務省で内容を検討させている。
その結果、やや独断的な見方はあるが、全体として有益と判断される、との結論を得ると、優れた人材を貪欲に求めていたジギスムントは、改めてアルフレッドを帝都に召還、直接謁見している。その結果、出世欲は強烈だが、だからこそ十分な待遇さえ与えれば、皇帝たる自分に忠誠を尽くすだろうと判断したのか、ジギスムントは財務官僚として正式採用するよう指示。引き続き、占領地で両国の経済的遺産を帝国経済に組み込む業務に従事させた。
ジギスムントの目算通り、抜擢された事に感激したアルフレッドは、今まで以上に業務に精励。過労死しかねない水準の激務を処理して、次第に占領地行政で頭角を現してきた。拡大戦役終了後は、論功行賞によって男爵位を与えられて、当初の念願通り、独立した貴族家の当主になる事が出来た。
戦役後は、財務官僚として財務省に奉職したが、中途採用のため、リヒテンラーデ子爵家やクレーフェ伯爵家など、同省の主流派に属する事は出来ず、実家の後ろ盾もなかったため、非主流派の中級官僚に留まった。自分と同じく、拡大戦役で功績を立てたシェッツラー子爵が財務尚書に就任した事は、自らを恃む所が厚いアルフレッドにとって、決して愉快な出来事ではなかっただろうが、貴族家の当主になってしまった以上、家門を維持するためにも、財務官僚の職を放擲する事は出来なかった。
なお、アルフレッドが財務官僚として出世できなかったのは、戦役終了後、官界の秩序形成を図らねばならない時になっても、その強すぎる出世欲、権勢欲で、周囲との調和を乱しがちだった事を嫌ったジギスムント帝の意向だとも言われる。
アルフレッドはジギスムント帝崩御後、程なくして死去している。同家は精々、中堅の財務官僚を輩出する程度の文官貴族でしかなく、本来ならば帝国政界に影響力など与えられるはずもない貴族家だったが、数奇な運命に操られたかの如く、家祖アルフレッドの孫ハイドリヒは、喪心帝オトフリート1世を傀儡とした、旧帝国史上初の権臣、奸臣として、後世に悪名を残している。