【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
「卿らの主張も分かる。日々、トン単位の糧食を消費している我が艦隊で、無駄を完全に無くす事など不可能だろう。だが、私が問題にしたいのは、将兵達の心情なのだ。
軍隊において、補給線の確保と維持が最重要の命題である事は、卿らも理解しているだろう。その所以は、空腹を抱えて戦う兵士など、戦力として当てにする事は出来ないからだ。たとえ兵力と装備で敵軍に優越しようとも、補給を欠いた軍隊は必敗する、これは軍事学上の常識であろう。
にも関わらず、私自身の経験からして、補給に関する軍務は軽視される傾向にある。策源地から前線へ糧食を運搬した者よりも、最前線で草でも刈るように敵兵を打ち倒した者が高く評価されている。無論、死を恐れず、帝国と皇帝陛下のため、勇戦敢闘する者は尊い。だが、彼らが勇戦するためには、潤沢な補給が必要な事もまた事実ではないか。少なくとも私は、兵站の維持管理に従事する将兵を軽んじる気は微塵も無い。
そして、彼らの立場になって考えてみよ。自分達が苦労して運んできた糧食が兵士達の口に入る事も無く、無駄に廃棄されている光景を見て、どう思うかと。卿らは、私の調査が兵士の士気を削ぐと言ったそうだが、卿らのその言葉こそ、兵站の維持管理を任務とする将兵の士気を削ぐのではないか。運ばれた糧食を無駄にせず、前線の将兵が勇戦敢闘するための活力に余す所なく変える事こそ、兵站担当者の士気向上につながると、私は思っている。
無駄が高々数キロのジャガイモならば、単なる笑い話で済むだろう。だが、これが例えば、卿らが乗艦する戦艦の装甲板だとしたらどうか。新品の装甲板が無駄に廃棄されて、交換する事が出来ず、耐用年数を過ぎた装甲板のまま、敵軍との艦隊戦に臨まなければならないとしたら、卿らはそれを笑って許容できるというのか。補給を重んじる事は、最終的には我々全員の生還率を上げる事になると、私は考えている。
…そして、これは、私個人の心情なのだが、飢えて死ぬ事以上に辛い事は、およそこの世界に存在しないのではないかとさえ思う。私は極貧の家の生まれでな、日々の食事にさえ事欠き、小さい弟や妹は栄養失調で次々と衰弱死していった。私は一欠片のパンと一杯のスープを求めて、ペデルギウス星系政府の治安維持部隊に入隊したようなものだ。死児の齢を数えるような真似をしても無益だと理解してはいるが、無駄に捨てられた食料を見ると、あの時、これがあれば、幼い弟妹達は死なずに済んだ、そう思えてならんのだ…」
これ以降、少なくとも公の場で、ヴィンクラーの「調査」を批判する者はいなくなった。ヴィンクラーは軍人として、政治に関わる事を良しとしない人物ではあったが、ペデルギウス時代から一貫してルドルフを支持し、銀河帝国の建国には進んで賛成している。
これは、青少年期に飢餓線上の生活を余儀なくされて、弟妹を餓死させてしまった経験から、食物の地産地消を促進すると共に、統制経済を断行して、貧困層にも就労の場を与えたルドルフの政策に深く同意したためだと言われる。
しかし、食料の重要性を誰よりも理解していただろうヴィンクラーが、両国人民を飢えさせる飢餓作戦を実施した事は、運命の皮肉以外の何物でもないだろう。当人はこの件について、動機や感想等を書き残してはいないが、占領または降伏した星系に対して、まず食料の供与を実施しており、その量が過大だとして、財務省から再三抗議されている。ここから、この作戦は決してヴィンクラーの本意ではなかった、と推測する史家もいる。
なお余談ながら、拡大戦役終了後、ヴィンクラー伯爵家は武官貴族となるが、軍内の特定派閥に属する事はなかったので、中級の軍人を輩出する貴族家にとどまった。
帝国暦331年、敗軍帝フリードリヒ3世の御代、当主アルノルトはヘルベルト大公の侍従武官を務めていた縁で、かのダゴン星域会戦に従軍、歴史的な大敗北に直面するが、同大公の護衛部隊を指揮していたために、辛うじて生還している。
しかし、敗戦の結果、主人たるヘルベルト大公は失脚、皇太子の内定も取り消されて、同大公派だったアルノルトも軍内の非主流派に追いやられた。
晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世が即位すると、アルノルトは叛乱軍(同盟)への再侵攻は行わないとする同帝の方針を批判。全宇宙は遍く銀河帝国の支配する領域であると定めた皇祖ルドルフ大帝陛下の御遺志に悖るものだ、叛徒と妥協する皇帝など忠誠に値せぬなどと、周囲の者に語った事が不敬罪に相当するとして、晴眼帝は社会秩序維持局に命じてアルノルトを逮捕させると、毒物による自裁を強制、家族は処刑、一族は辺境域に流刑、ヴィンクラー伯爵家は絶家とした。
ただ、確かに大公派ではあったが、同時に勤皇家でもあったアルノルトが今上帝を批判、誹謗中傷する発言をするとは思えない、本件は冤罪だったとの説もある。即ち、同伯爵家を見せしめとして滅ぼし、帝国軍内に未だ存在した大公派の軍人達を恫喝、自身に従わせる事を目論んだ晴眼帝の策謀だったとも言われる。