【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第8節 帝国軍人ケッテラー兄弟②~両国征服、そして軍縮で見せた手腕

 ジギスムント帝の采配によるシリウス・共同体の征服事業が開始されると、兄イザークは両国方面軍所属の地上軍総司令官に、弟フェルディナンドは同副司令官兼総参謀長に就任。総司令官ヴィンクラー中将の補佐役、地上戦の責任者となった。

 この人事はノイエ・シュタウフェン公の推薦によるものとされるが、シュタウフェン派の幹部だった2人が方面軍の要職に就いているのは、今後もシュタウフェン派を粗略に扱う事はしない、というジギスムントの意思表明であり、その意思を目に見える形で現す事で、シュタウフェン派の動揺を抑えるためだったと思われる。

 或いは、ケッテラー兄弟の登用は、同公死去後、シュタウフェン派に属する軍人達が地上軍を主体とするケッテラー派へと次第に移行している事から考えて、シュタウフェン派の実権を皇帝ジギスムントに渡す代わりに、ノイエ・シュタウフェン公が求めた見返りだったのかもしれない。

 

 ただ、派閥力学を抜きにしても、当時の帝国地上軍の中で、人格・識見・能力・経験、そして軍内外の支持、総合的に見て、ケッテラー兄弟以上の人材が存在しなかったのも事実だ。

 方面軍が採用した飢餓作戦の結果、戦闘自体は少なかったが、帝国への降伏を望む大量の人民を農奴として帝国領に送り出すと共に、彼らの中に潜む両国軍人の残党やテロリスト、ゲリラなど反帝国勢力を逮捕、拘禁し、占領地の治安回復を図る必要があった。当時の地上軍司令官や参謀達は、かつての平定戦役と同様、軍政家としての能力を求められたと言えるが、ケッテラー兄弟はよく期待に応え、軍務省や内務省のみならず、国務省や財務省から派遣されてきた官僚達をも統制し、軍政を経る事無く、占領地を次々と皇帝直轄領に編入していった。兄弟の父親たるハンス・ゲオルグは、軍政家と地上戦指揮官の才能を兼備すると評されたが、息子2人は軍政家の才能をより色濃く受け継いだと言えるかもしれない。

 

 帝国暦50年、方面軍総司令官ヴィンクラー中将が急逝すると、後任には帝国宰相ノイエ・シュタウフェン公が起用された。同公から方面軍総司令官代行に任じられたイザークは、拡大戦役の掉尾を飾る、シリウスの首都星ロンドリーナの攻略戦を立案し、弟フェルディナンドと共に攻略部隊の指揮を取ると宣言した。

 

 これに対して異論を唱えたのは、方面軍所属の宇宙軍を統括し、故ヴィンクラー中将の副将だったビューロー少将。曰く「我が諜報部隊の報告によると、最終決戦に備えて、ロンドリーナにはシリウス全土から大量の物資や兵員が集積されているだけではなく、地球時代に作られた貴重な文物が多数所蔵されている。占領地にある美術館や博物館の所蔵品は、全て帝室財産であり、保護しなければならない旨、帝国軍軍規に明記されている。地上戦の常套手段である軌道爆撃やゼッフル粒子による大規模破壊を行えば、帝室財産を損なう恐れが多分にある。故に、攻略部隊の指揮官には、無用の破壊行為をせずとも、敵軍の抵抗を排除して、帝室財産を保護できる高度な戦術指揮能力が求められる。この条件に合致する我が軍将帥は唯一人、カイザーリング准将のみと愚考するが如何。諸将の御高見に期待するや切である」。

 

 諸将の面前で、地上戦の指揮官として失格だと言われたに等しいケッテラー兄弟は、当然の如く激怒。この主張を退けようとしたが、ビューロー少将は皇帝ジギスムントの従弟で、その信任厚い学友でもあり、帝室財産の保護を主張されると、皇帝の怒りを恐れる諸将は、必ずしもケッテラー兄弟に賛同しなかった。

 最終的には、方面軍総司令官に着任したノイエ・シュタウフェン公の裁定で、首都星全体を攻略する部隊の指揮はイザークが取り、フェルディナンドは補佐役を務める、都市ロンドリーナに突入する部隊の指揮のみカイザーリングが取る、という形で決着した。

 

 だが、ビューロー少将がカイザーリング准将を推薦したのは、決してその能力を評価したからだけではなく、射撃や白兵戦技の師として同准将に私淑しているため、師匠に手柄を立てさせようとした私情の故だとの噂が方面軍内に流れた。その噂を信じたケッテラー兄弟はビューローを敵視するようになり、この事が遠因となって、地上軍を基盤とするケッテラー派と、宇宙軍を掌握するビューロー派は、次第に対立を深め、ジギスムントの治世後半、また第3代リヒャルト1世の御代、帝国軍を二分する派閥となっている。

 

 拡大戦役後の論功行賞で、兄イザークは大将に昇進、父親と同じ地上軍総監に就任した。弟フェルディナンドは中将に昇進の上、兄の前職たる帝都防衛司令官となっている。これ以降、ケッテラー兄弟は帝国地上軍の重鎮として、ノイエ・シュタウフェン公死後は、同派の事実上の領袖として、そしてジギスムント帝の重臣として、旧帝国軍史に令名を残している。

 

 兄イザーク退役後は、弟フェルディナンドが総監の地位を継承しており、彼ら兄弟の総監時代の功績として、地上軍を戦時体制から治安維持を主任務とする平時体制へと転換した事が挙げられるだろう。

 連邦末期、雇用対策の一環として、地上軍兵士の大幅増員を断行した首相ルドルフの政策の結果、建国期の帝国地上軍は共和主義勢力や敵対国家を圧倒する兵力を有していたが、拡大戦役終了後、今度は過剰とも言える兵力の削減、即ち軍縮が地上軍の課題として残された。また、内務省管轄の社会秩序維持局や警察局、さらには憲兵隊など、治安維持を主任務とする部局との役割分担、権限の調整も頭の痛い問題ではあったが、彼ら兄弟は父親譲りの手腕と人徳で、大きな波風を立てる事無く、これらの難題を処理している。

 

 特に、地上軍兵士の削減は、雇用問題とも密接に関連するため、戦争が終わった国家が例外なく直面する難題であるが、彼ら兄弟は貴族制度を活用し、この問題を解決へと導いている。

 拡大戦役後の論功行賞で、多くの軍人らが爵位と領地を与えられたが、彼らが軍を退役、領主貴族に転身する際、現役時代に率いていた部隊に属する幕僚や兵士が同行して、そのまま貴族家に仕える私兵になった例が非常に多い。これは必ずしも領主側からの希望ではなく、総監を務めていたケッテラー兄弟からの要請でもあったようだ。また、彼ら兄弟は、領内の治安維持に悩む領主貴族らに、経験豊富な地上軍兵士を斡旋、私兵として雇用してもらえるよう盛んに働きかけている。

 この結果、地上軍は軍縮の実を上げる事は出来たが、領主らが豊富な武力を抱えるという事態をも引き起こし、彼ら領主らはその力を用いて、これ以降、帝国政界に一定の影響力を持ち続ける事になる。

 

 それはさておき、軍政家として確かな手腕を有し、ジギスムント帝の信任も厚いケッテラー兄弟だったが、帝国暦61年、兄イザークが心疾患のため急死。弟フェルディナンドの嘆き悲しみ様は尋常ではなく、翌62年、兄の後を追う様に衰弱死している。

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