【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
再平定戦で見せたビューローの手腕は、私淑する故ヴィンクラー中将のそれを髣髴とさせるもので、彼が故中将の副将として、シリウス・共同体の征服事業に参加した事が貴重な経験になったと言えよう。
しかし、先帝ルドルフの御代、人類社会でも最強の軍事力を誇っていた攻守連合、その残党の戦意は完全に失われた訳ではなかったようで、帝国暦57年から約2年間に亘って遂行された再平定戦において、ビューローはその戦術家としての力量を示さざる得ない局面に幾度か遭遇している。
その中でも最大規模の戦いが、ビューローの直卒艦隊と、連合軍残党が率いる艦隊が激突したヘルシンゲル星域会戦。同星系は、イゼルローン回廊の帝国側出口近くに位置しており、当時の認識ではサルガッソ・スペースに隣接した、戦略的価値の無い場所とされていた。
再平定戦の戦略目的が名目だけの貴族領等を皇帝直轄領に編入する事にあるとしても、帝国領内で蠢動する連合軍残党の討滅もまた重要な任務であり、ヘルシンゲル星系に残党の艦隊が集結しているとの報を受けたビューローは、重騎兵・軽騎兵艦隊で構成された直卒艦隊、約5000隻を率いて急行。残党軍艦隊の捕捉に成功する。
当時の戦闘報告書によると、敵艦隊の総数は約2000~3000隻と、意外にも多くの艦艇が参加している。数十~数百隻単位の小集団に分裂して、サルガッソ・スペース内(実際はイゼルローン回廊内)に逃亡しようとする残党軍に対し、ビューローは、機動力に優れるが、攻撃力に乏しい軽騎兵艦隊を敢えて主攻に用い、小集団に分裂しかけていた敵艦隊の中央に突撃させると、艦隊内部から外側に向かって攻撃。勿論、軽騎兵艦隊の攻撃力では、敵艦隊を壊滅させる事は出来ないが、高い機動力を利して、各集団に間断ない攻撃を浴びせ、その足を止める事は十分可能だった。その間に、攻撃力に優れた重騎兵艦隊による包囲網を完成させると、敵艦隊の多くを撃沈、また拿捕する事に成功している。
本会戦で捕虜になった残党軍の指揮官として、レウシュキン、ガオ・ミン、オレウィンスキー、ビロライネン、ジャー・カットといった人物の存在が伝わっている。彼らは帝都に連行後、軍務省で尋問された後、処刑または奴隷階級に落とされているが、公開された新史料の中に、簡単な内容だが、その時の尋問調書が発見されている。
それに拠ると、彼らは攻守連合滅亡後、サジタリウス腕へと脱出していった同胞たちに合流するべく、帝国の支配を肯んじ得ない人民を募り、サルガッソ・スペース近くの星系に潜み、脱出行の準備を進めていたと証言している。本史料の存在は、帝国政府がかなり早い段階から、旧攻守連合領からサジタリウス腕に繋がる航路、いわゆるイゼルローン回廊の存在を認識していた事を窺わせるに足るもので、これはダゴン星域会戦の勃発まで、帝国が同盟の存在はおろか、イゼルローン回廊の存在も十分に知悉してはいなかった、との定説が誤りだった事を証明する重要な根拠になっている。
だが一方で、疑問も残る。帝国がイゼルローン回廊の存在を認識していたならば、何故、同盟建国以前にサジタリウス腕への進出を行わなかったのか、という疑問だ。現時点では、筆者はこの問いに対して、明確な回答を有さない。あくまでも着想に過ぎないが、発展よりも秩序を、拡大よりも安定を志向した建国者ルドルフの思想的影響、治安が悪く、生産性も低い旧攻守連合領を「難治の地」と見なしていた皇帝ほか政府首脳部の意識、そして、権臣エックハルトとの権力闘争に敗れ、アムリッツァ星系を中心とする領主貴族に転身したノイエ・シュタウフェン公爵家による有形無形の妨害などが想定される。公開された新史料の研究と分析を通じて、説得力ある見解を導き出したいと考えている。