【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第2節 シリウス最後の大統領ジョルジュ・ラヴァル

 最高責任者たる共和国大統領、ジョルジュ・ラヴァルは、子飼いの軍隊に官邸周辺を厳しく警護させて、己の身を守る事のみに汲々とし、国土防衛の指揮を執る事も、侵攻中の帝国軍と交渉する事もせず、迫り来る終局から目を逸らし続けた。

 その態度に憤激した強硬派の軍人達は、実力行使で官邸を占拠、ラヴァル大統領を拘束して、その権限で共和国全土に戒厳令を発布、帝国軍への徹底抗戦を指示させようとした。その動きを察知した大統領は、深夜密かに官邸を脱出、山間部の湖水に着艦させていたシリウス軍の巡航艦に乗り込み、単身、侵攻中の帝国軍に向かった。

帝国軍の哨戒網に発見された同艦は、攻撃を受ける前に、シリウスの大統領が乗艦している事、帝国へ降伏の意思を持っている事を伝え、総司令官への面会を希望する旨、打電した。

 

 報告を受けた総司令官ノイエ・シュタウフェン公は、シリウスの最高権力者が単身、我が軍を訪れるなど不審過ぎますと、罠の可能性を懸念する幕僚達に対し「もし卿らの主張通り、これがシリウスの罠だとしたならば、その意図する所は何か。降伏を装って司令部に侵入し、自らが殺される事を覚悟の上で、司令官たる私や卿らを殺害する事だろう。よって、面会を許可するのは大統領を名乗る者1名のみ。他の者は巡航艦内に留め、我が艦隊で包囲、主砲の照準を合わせておけ。面会前には入念な身体検査で、銃火器や爆発物を所持していない事を確認せよ。特に、体内にゼッフル粒子発生装置などを埋め込んでいないか、放射線断層撮影を用いて調べよ。不審な点が無いと確認されたら、完全武装の装甲擲弾兵で周囲を固め、その行動を掣肘した上で、私の前に連れて来るように。この条件を受け入れるならば、銀河帝国と皇帝陛下の名誉にかけて、その生命は保障すると伝えよ。…尤も、調査局の報告によれば、シリウスの大統領は無能惰弱な人物と聞く。恐らく、抗戦派に迫られて、身の危険を感じた挙句、我が軍に逃げ込んできた、という所だろうな」と語っている。

 

 条件を飲み、同公に面会したラヴァルは、ただ平身低頭し、銀河帝国に帰順致します、皇帝陛下に忠誠を尽くします、だから生命と財産だけは保障して頂きたい、とだけ繰り返した。一国の支配者たる矜持も威厳も全く感じさせない、そのあまりに卑屈過ぎる姿に呆れ果てたのか、ノイエ・シュタウフェン公は秘書官に命じ、彼ジョルジュ・ラヴァルの生命と財産を保障する旨、文書を作成させると、ラヴァルの顔めがけて、まるで放り捨てるかの様に文書を投げ与えると、「これでよかろう。だからもう帰るがよい。後は我が軍の指示に従え」とだけ言い、靴音高く退室した、と伝えられる。

 

 なお余談ながら、帝国に降伏後、ジギスムントから公爵位を与えられて、ペクニッツ公爵に転身したラヴァルは死去するまで、ノイエ・シュタウフェン公に単身面会し、醜態を晒したのは、敢えて情けない姿を見せる事により、帝国軍の軽侮を得て、シリウス与し易しと思わせ、ロンドリーナを攻撃する意思を無くさせて、市民を戦火から守るための高度な政治的行為だった、との主張を繰り返したが、それを信じる者は皆無だったと云う。

 

 一時の憤激に駆られたノイエ・シュタウフェン公だが、激情が冷め、冷静な戦略家としての自己を取り戻すと、期せずして掌中に飛び込んできたシリウス大統領という奇貨を最大限活用している。

 

 首都星ロンドリーナの制宙権を確保すると、同公はラヴァルを伴い、通信スクリーンを用いて、ロンドリーナ全土に向かって、改めて無条件降伏を勧告。我が軍に抵抗しなければ、銀河帝国と皇帝陛下の名誉にかけて、シリウス国民の生命は保障する事、降伏した者には十分な食料を供与する事、またシリウスの民は帝国の農奴として、帝国領内での労働に従事してもらうが、それは奴隷的苦役ではなく、解放年限まで勤めれば、その後は帝国の国民、または貴族領の領民として、衣食住のみならず、一定の自由も保障される事を宣言。

 その証拠として、シリウス大統領ジョルジュ・ラヴァルは、既に銀河帝国への降伏と皇帝陛下への忠誠を誓約した。帝国宰相にして遠征軍総司令官たる私は彼を受け入れ、その生命と財産を保障した。最高責任者の罪を許した以上、その国民の罪を問う道理は無い、と断言した。

 

 同公に促されたラヴァルも「自分は既に帝国の臣民となり、帝都オーディンで皇帝ジギスムント陛下にお仕えする身となった。恩寵深き皇帝陛下は、例え敵国の者であっても、前非を悔い、帝国に帰順すれば、斯くの如く慈悲をかけてくださる。もはや区々たる思想の対立などに拘泥するべきではない。西暦時代、「人の生命は地球よりも重い」と主張した政治家がいた。私は同じ政治家として、彼を尊敬する。人命は何よりも尊重されるべきであり、人民を飢えさせない事を最優先した銀河帝国の政治こそ、真の善政と言うべきである。日々の食にさえも事欠いているシリウスの国民諸君、帝国宰相にして遠征軍総司令官たるノイエ・シュタウフェン公爵閣下は、帝国に降伏し、その臣民になる事を肯んじるならば、十分な衣食住を提供すると確約して下さった。今こそ、偉大なる皇帝陛下に忠誠を誓い、己が生命と人生を全うする事を考えるべきである」と演説している。

 

 自己の政治責任に一切言及せず、厚顔無恥にも帝国への降伏を勧めるラヴァルの姿に、ロンドリーナの住民は皆、憤激したが、五体満足で血色も良いその姿は、帝国軍に占領されれば、どれほど酷い目に遭わされるのだろうかと、戦々恐々としていた者達を安堵させたのも事実だった。この演説以降、少なからぬ者達が帝国軍に降伏していった。

 

 そして、このラヴァルの演説には、シリウス政府の政治家や官僚、軍人らも当然の如く憤慨したが、内心、その行動力を羨み、後悔の臍を噛んだ者も多かったのではないかと推測される。彼らの中から、民意によって選ばれた共和国大統領が降伏を決断した以上、それに従うのが民主国家に属する我々の取るべき道である、との主張が生まれ、それが大多数の声になるまで、然したる時間は必要なかった。

 私見だが、ノイエ・シュタウフェン公がラヴァルに恥知らずな演説をさせた理由は、その存在と行動を免罪符にさせ、シリウスの要人達が帝国へ降伏する心理的障壁を下げる効果を狙ったのでは、と考えている。

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