【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第4節 汎オリオン腕経済共同体の滅亡

 汎オリオン腕経済共同体という国家は、連邦末期、統制経済を断行する連邦首相ルドルフの施策に反発した企業らが、より効率的に利益を追求できる自由経済体制を守るために結成したもので、経済発展、俗に言えば利益追求以外の国是を有していなかった。

 換言すれば、利益追求さえ保障されるのならば、国家の存亡は問う所ではなく、私益追及を阻害するのであれば、国家に害を与える事も辞さない、そういう人物が国家の運営に当たるという、極めて矛盾した組織であった。前巻にて述べたが、ノイエ・シュタウフェン公がシリウス・経済共同体の連合軍に大勝したヴェガ星域会戦で、共同体軍を裏切り、帝国軍に単独降伏したエリオット中将などは、その典型的な人物であった。

 

 そのため、ルドルフ大帝の後継者として即位した皇帝ジギスムントが攻守連合、シリウスの両国に侵攻、その領土を蚕食していく様は、経済共同体の要人達を動揺させ、エリオット中将に続けと、帝国軍の侵攻を待たずして、進んで降伏、亡命する者達が後を絶たなかった。結果論的に言えば、最後の共同体総裁マクシミリアンの単独降伏は、その総決算だったと言えるだろう。

 

 今や惑星ケルンテンと改称された、シリウスの旧首都ロンドリーナに駐屯する帝国軍司令部に出頭したマクシミリアンは、総司令官ノイエ・シュタウフェン公に向かい、共同体の降伏を宣言。その証として、共同体所属企業の各種データ、特に生産基地と軍事拠点の位置を記した、同国内の航路図を奉呈した。何も聞かされていなかった帝国軍将兵は驚倒したが、独りノイエ・シュタウフェン公のみ、冷静に対処している様が意外だったと、従軍した将兵の多くが書き残している。

 

 この同公の態度、また降伏後のマクシミリアンが皇帝ジギスムントから公爵位を下賜され、共同体首都ヴェネーディヒを主星とする星系を領地として与えられた領主貴族に転身した事実から、マクシミリアンはシリウス滅亡前から、密かにノイエ・シュタウフェン公と接触し、単独降伏する機会を窺っていた、というのが現時点の定説になっている。公開された新史料の中にある、皇帝ジギスムントの日記にも、帝国暦51年初頭の時点で、共同体総裁マクシミリアンからの密使が訪れた事を父上より報告された旨の記述があるので、この説の正しさは証明されたと言えるだろう。

 

 この事実が全宇宙に公開されると、共同体人士は立場上、総裁の背信行為を非難したが、その実、総裁に倣えとでも言うかの如く、帝国への降伏を申し出る者ばかりだった。かくして帝国軍に守られたマクシミリアンがノイエ・シュタウフェン公と共に、その首都ヴェネーディヒに降り立った頃には、既に帝国軍への抵抗活動をする者などおらず、将に国を挙げての降伏と言うべき状態だったと伝えられる。

 尤も、共同体の名誉のために一言弁護するなら、マクシミリアンが総裁としての権限を行使して入手した、同国所属企業の各種データ、特に生産基地と軍事拠点の位置を記した航路図が帝国軍の手に渡った事も公表されたので、もはや抗戦は不可と諦めた者達が多かったのではないかと推測される。

 

 このように、攻守連合はおろか、シリウスと比較しても、呆気なくという以外に表現しようも無く、汎オリオン腕経済共同体は滅亡してしまった。帝国軍に占領された首都ヴェネーディヒは、地上軍総司令官ケッテラー中将の施政下に置かれた。同中将は、シリウス首都ロンドリーナと同様、都市機能維持に必要な最小限の人民のみを残し、他は帝国の農奴として、帝国領内各地へ送り出そうとしたが、それを制止したのが遠征軍総司令官ノイエ・シュタウフェン公。同公は中将に「治安の回復と維持にのみ務めよ。人民の移住は不可とする」との命令を伝えた。承服できない中将は当然、抗議したが、普段は部下に対して命令の意図を説明する同公には珍しく、上官かつ派閥領袖としての立場を強調し、ケッテラーの異論を封殺してしまった。

 

 この処置には多くの帝国軍将兵も疑問を抱いたが、それが解消されたのは帝国暦51年も終わりに近くなった頃。皇帝ジギスムントが突如、ヴェネーディヒに行幸し、元総裁マクシミリアンを引見。無益な抵抗をせず、帝国に降伏した事を嘉賞、その恩賞として、公爵位とヴェネーディヒを主星とする星系を領地として下賜する旨、宣言している。

 即ち、ヴェネーディヒはマクシミリアンに領地として下賜される事が内定しており、将来の領民たる者達を農奴として移住させる事は出来なかったのだ。しかし、遠征軍に従軍し、恩賞を望む多くの貴族達の感情に配慮して、皇帝が行幸する時までその事を表沙汰にしたくなかったノイエ・シュタウフェン公は、強権を発動して、部下たちの異論を封殺するしかなかったのだろう。

 

 さて、皇帝ジギスムントは親政開始後、しばしば帝国領内を巡幸し、各地の領主や総督らと親しく言葉を交わして、領内の慰撫に務めた事は有名で、この占領直後のヴェネーディヒを訪れた事は、その嚆矢だと見なされている。新たに占領した星系を巡幸し、臣民に皇帝の存在を意識させ、彼らの生命と衣食住は保障する旨、自ら語りかける事で、領内の動揺を鎮静化させようとの意図は、確かにあっただろう。

 しかし、私見ながら、皇帝ジギスムントが敢えて占領直後のヴェネーディヒを訪れたのは、元経済共同体総裁マクシミリアン・カストロプという人物に興味を持ったから、いや警戒すべきものを感じ取り、一刻も早くその為人を確かめたい、直接面談する事で、今後の蠢動を掣肘したいと考えたからではないか、と推測している。

 

 この事を証明する史料など無いが、マクシミリアンが帝国に降伏した時の行動、そしてカストロプ公爵に転身後、帝国政界での活動等を慮るに、彼は実に端倪すべからざる人物で、超一流の政略家であった。

 

 当時の人々から、既に滅びた地球時代の言語に由来する「イル・マニーフィコ(偉大なる)」との敬称で呼ばれ、後世、「保身の天才」「エゴイズムの怪物」と称された事も、決して過大評価ではない。自身も優れた政治家だった皇帝ジギスムントが逸早く、その危険性に気が付いたとしても不思議ではないだろう。

 事実、同公爵家は、その勢威に浮沈はあれども、旧帝国末期、亡国帝フリードリヒ4世の御代、故キルヒアイス大公が率いる帝国軍に征伐され、滅亡するまで約500年弱、旧王朝とほぼ等しい年月を大諸侯として存在し続けており、帝国政界に少なからぬ影響を与えている。それが可能だったのも、経済共同体という国家の遺産を十全に活用し、帝国の政財界、そして貴族社会に、カストロプ家の存在を確立させた、家祖マクシミリアンの政治的手腕の故だった、というのが筆者の見解である。

 

 旧帝国の政治史を専門とする歴史学者の中には、カストロプ公爵家は形式上、帝国の支配体制に組み込まれた領主貴族ではあったが、事実上の独立国家、「カストロプ公国」と言うべき存在だった、と論じる向きもある。筆者はこの説を全面的に肯定するものでは無いが、この見解に準じるならば、攻守連合やシリウスと異なり、旧帝国はその滅亡に至るまで、経済共同体という国家を完全には征服できなかった、と言えるかもしれない。

 

 以下、節を改め、初代カストロプ公マクシミリアンという人物、そして経済共同体が滅亡後、帝国の政治・経済・社会体制に与えた影響を概説したい。

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