【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

85 / 147
第6節 権謀家マクシミリアン・カストロプ②~帝国と水面下で交渉?

 帝国側視点からすると、建国者ルドルフが統制経済を断行し、配給制度を導入したのは、連邦末期、自由経済の過度な尊重が貧富の格差を極大化させ、人民の生命と生活を毀損していた事への反省に拠るものであり、連邦の経済的遺産を持ち出し、帝国と取引するというマクシミリアンの構想は、ルドルフの御代であれば、彼自身も「現実が見えない夢想家」と断罪されただろう。実際、彼がルドルフの全盛期に総裁となり、この構想を提示していたならば、統制経済と配給品の地産地消に拘るルドルフの逆鱗に触れ、公爵位はおろか、自身の生命さえも全うできたかどうか、極めて怪しいと言わざるを得ない。

 

 しかし、古来より、大事業を成功させる偉人は、高い能力の持ち主であるだけではなく、例外なく強運の持ち主でもあった。そして、この観点に照らすならば、マクシミリアンは間違いなく「偉人」だった。

 

 マクシミリアンが総裁に就任した当時、帝国はルドルフの治世末期、皇帝陛下不予につき、宸襟を騒がす事勿れとの名目で、共同体ほか敵対諸国への出兵は中止または延期されていた。これは共同体側からすると、新総裁マクシミリアンがその外交手腕を発揮し、帝国の侵攻を回避しているのだと見えた。いや、マクシミリアン自身が事実を知りつつも、そう喧伝していたようだ。

 この点、同じ亡国の権力者でありながら、シリウス最後の大統領ジョルジュ・ラヴァルなどと比較するなら、彼マクシミリアンは戦乱期の政治家に相応しい、強かさと胆力の持ち主だったと言えよう。

 

 なお、史料上の明確な根拠は無いが、この時期のマクシミリアンは、ルドルフ崩御を見据えて、次代の帝国政界を牛耳る者達に関する情報を収集、密かに誼を結ぼうとしていたと思われる。傍証と言えそうな事実は、ヴェガ星域会戦時に帝国に降伏、ノイエ・シュタウフェン公爵家の一門となり、当時はアルフヘイム軍管区で、同区地方艦隊司令官ヴィンクラー中将の下、軍務を従事していたエリオット少将(共同体軍所属時は中将。降伏後、一階級降等)の動きだ。

 当時、彼は威力偵察と称し、麾下の艦隊を率いて、共同体領への出兵を屡々行っているが、軍務省に残る戦闘報告書に拠ると、敵軍と砲火を交えたとの記載は皆無。その反面、亡命希望者を発見し、管区司令部へ連行した、との記述が非常に多い。

 

 この時期、例え威力偵察とは言え、帝国軍が共同体領へ侵攻する事は、百害あって一利なしと考える。何故なら、ルドルフ崩御が具体的な政治日程に上がっていたであろう、当時の帝国首脳部の意向を考えるならば、崩御を好機と見て、蜂起する可能性がある共和主義勢力の動向に注意を払っていた事は想像に難くない。その時、例え劣弱とは言え、敵対国家である経済共同体をわざわざ刺激する必要などないからだ。

 また、当時の筆頭重臣で、皇太孫ジギスムントの後見人たるノイエ・シュタウフェン公は、攻守連合を第一の攻撃目標と見なしていた。以上の事から、如何に弱体化していたとは言え、共同体、その同盟国たるシリウスを無意味に刺激する行為をノイエ・シュタウフェン公以下、帝国首脳部が容認するとは考えにくい。

 

 ここからは想像なのだが、エリオット少将が発見した「亡命希望者」は、総裁マクシミリアンからの密使だったのではないだろうか。そして、エリオットは、マクシミリアンと帝国首脳部、具体的にはノイエ・シュタウフェン公とを繋ぐ「パイプ」の役割を果たしたのではないか、と推測される。

 

 無論、この事を証明する史料など無いが、後年、ノイエ・シュタウフェン公爵家が権臣エックハルトとの権力闘争に敗れた結果、一門の貴族家を率いて、領地たるアムリッツァ星系に移住した事は有名だが、この時、一門に属する貴族家でありながら、独りエリオット子爵家のみ同行を拒否、一族を挙げてカストロプ公爵領へ逃亡、同家の庇護下に入っている。エリオット子爵家とカストロプ公爵家の深い繋がりは、家祖同士が表沙汰に出来ない、何らかの因縁を持っていたからではないかと、あくまで私見だが、筆者は想像している。

 

 かくして、帝国首脳部、特にノイエ・シュタウフェン公との間に密やかなパイプを通したと思われるマクシミリアンにとって、2つ目の幸運は、ルドルフの後継者がジギスムントだった、という事だろう。こと経済に関しては、原理主義者的な頑なさを持っていた先帝ルドルフと比較するなら、ジギスムントはより柔軟、実利主義者だったと言えよう。自由経済に対しても、貧富の格差を拡大させる危険性がある事を認識しつつ、同時に配給制度の完遂を政策目的としていたため、より効率的な生産体制が構築できるのならば、自由経済由来の手法を導入する事に躊躇いは無かったようだ。

 

 当時のジギスムントの言葉として「問題の焦点は制度それ自体ではなく、それを運用する者達の精神、意識なのだ。我が帝国には、生存競争から解放された統治者階級たる貴族達が存在している。彼らの高邁な精神は、先帝陛下が「忌まわしき怪物」と嫌悪した、金銭による精神的堕落を克服できるだろう。例え自由経済の手法を取り入れても、それを運営するに当たっては、先帝陛下が定められた統制経済の精神を以てすれば良いのだ」が伝わっている。前述した通り、シリウス・共同体領の占領統治に当たった官僚らは、財務省出身者が多かったが、それもまた、このジギスムントの方針に基づくのだろう。

 

 しかし、ルドルフが統制経済の原理原則に拘り、自由経済を激しく嫌悪したのは、所詮、人間は金銭と快楽の前では無力、腐敗堕落するしかない存在だという、人間存在への無限の嫌悪、絶望がその根底にあった。ジギスムントは、母や妹と一時的な不和に陥った事を除けば、尊敬すべき祖父や父、愛する妻、そして人格識見ともに優れた学友達に恵まれ、人間という存在への嫌悪や絶望を抱く事は無かった。それ故に、自由経済の遺産を用いても、優れた存在である貴族達はそれに溺れるような事は無いと、素直に信じていたのだろう。その意味では、ジギスムントには度し難い楽天家、理想主義者的な一面もあったと言える。

 

 後世からの視点ではあるが、この点では先帝ルドルフに軍配が上がると言えるかもしれない。ジギスムントの長子リヒャルト、その子オトフリートの御代、皇族や貴族らは物質的に豊かな生活を希求、それに伴い、帝国政界では経済官僚や企業支配人らが台頭し、最終的には権臣エックハルトという、経済上の「怪物」を生み出している。このジギスムントの「甘さ」が、初代カストロプ公マクシミリアンの活動と台頭を許してしまった面は否定できない。その意味では、マクシミリアンはエックハルトを生み出した母体の1つであった、と言えるかもしれない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。