【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
かくして、皇帝ジギスムントの事実上の黙認の下、マクシミリアンは帝国の占領政策へ積極的に協力すると同時に、占領行政に従事する帝国政府の官僚らと誼を通じ、自身の与党としていった。その代表格は、財務省配給局長として、旧シリウス・共同体領での配給制度の完全施行を実現させたシェッツラー子爵グスタフ。彼はこの功績により、最終的には財務尚書の地位を射止めているが、その背景には、マクシミリアンの有形無形の支援があったのではないか、と言われている。
配給制度の完遂において、シェッツラー子爵は、世帯ごとに必要な配給数量の調査と集約に必要不可欠な電子頭脳システムの構築を達成したと評されるが、同システムに使用されたソフトウェアは、帝国科学省が開発したものでは無く、連邦政府が標準使用していた戸籍管理システムの流用だったと、旧帝国の科学技術史を専門とする研究者たちは指摘している。だとすれば、シェッツラーは電子頭脳システムを構築する際、元共同体総裁のマクシミリアンから、ハード・ソフト両面の技術供与を受けたのではないだろうかと、筆者は想像している。
この事を証明する史料など無いが、傍証になり得る事実がある。シェッツラーは財務尚書就任後、カストロプ公爵家が経営する公営企業に対し、所謂「禁制品」―恒星間航行用宇宙船・戦闘用艦艇・兵器―の製造許可を与えているのだ。元々、大手軍需企業を経営していた同公爵家が巨万の富を築く事が出来たのも、この禁制品の製造許可が端緒になったからだとされる。ここから、シェッツラーと初代カストロプ公マクシミリアンとの間には、利害得失を同じくする、密かな同盟関係があったは考えられないだろうか。
帝国財界に隠然たる勢力を築いたマクシミリアンにとって、次なる目標は、自家の存在を子々孫々に至るまで保障するべく、帝国政界に確固たる地位を得る事だった。財界に勢力を伸長するため、財務尚書シェッツラー子爵と同盟を結んだように、マクシミリアンが政界で同盟相手に選んだのが、ドルトムント=ビューロー伯爵家の新当主エルマーだった。
前述した通り、同伯爵家は帝国有数の軍需企業を経営しており、家祖ディートハルトは、卓越した企業支配人(経営者)として名声を得たのみならず、当時の領主貴族家の代表的存在として、枢密院議長まで務めている。財界・政界に跨る勢力を有する大諸侯だった同伯爵家の知遇を得る事は、旧敵国の出身者で、領主貴族としては後発のマクシミリアンが領主貴族として台頭するためには、確かに最短の道であっただろう。
だが、ここでも彼が非凡だったのは、凡百の貴族の如く、ただビューロー伯爵家に諂い、追従して歓心を得ようしたのではなく、相手にも一目置かせるだけの取引材料を用意して、巧みな交渉術を用い、あくまでも対等の同盟相手として、自家の尊厳と立場を確立してみせた事だろう。
その取引材料となったのは、前述のシェッツラー子爵の時と同様、故国・経済共同体の経済的遺産、遡れば銀河連邦の遺産だった。折しも、敵対国家や共和主義勢力を悉く討滅し、人類社会を支配する唯一の超大国となった銀河帝国では、肥大化した軍隊組織を削減し、戦時体制を平時体制へと円滑に移行する事、所謂「軍縮」が大きな政策課題となっていたが、帝国軍の軍備、特に戦闘用艦艇を一手に製造していた軍需企業を経営するビューロー伯爵家は、その影響を直接的に蒙る立場となっていた。
これまで外征を主任務としていた帝国宇宙軍は、戦艦を始めとして、恒星間航行能力を有する戦闘用艦艇が主たる軍備だったが、平時体制、即ち治安維持を主任務とするようになると、重厚長大型の戦艦群は、全く不要とされた訳ではなかったが、やはり運用コストばかり嵩む、無用の長物と見なされる事が増えてきた。
その代わりに、帝国軍の主敵が宇宙海賊や反帝国のテロ組織など、小規模な武装集団へと移行した結果、索敵能力と通信能力に優れた、電子戦も可能な小規模艦艇が要求されるようになった。
また、これまで帝国軍の軍事活動は、鎮圧よりも破壊を主としていた。戦場が敵国内であれば、それでも大きな問題は無かったが、全ての戦場が帝国領となった以上、戦後復興を考えるならば、破壊を最小限に留め、鎮圧を主とした軍事行動が望ましいと、軍務省・統帥本部の総意として、軍務尚書ビューロー大将は皇帝ジギスムントに奏上。その方針を是とした皇帝ジギスムントの意向で、帝国軍の軍備は大規模破壊兵器を段階的に削減、代わりに、催涙ガスやスタングレネード、音響武器など、無力化兵器の割合を増やしていく事が正式決定した。
この結果、重厚長大型の戦艦群を主要な営業品目としていた、ビューロー伯爵家所有の軍需企業らは、挙って生産体制の変更を強いられる事となったが、戦艦の建造に特化していた企業には、電子戦装備を有する小規模艦艇を生産できるラインは無く、無力化兵器に至っては、製造のノウハウさえ失われていた。
そこに手を差し伸べたのがマクシミリアンだった。彼が保有する軍需企業は、重厚長大型の戦艦を作る事は不得手だったが、連邦時代には主流だった電子戦艦や無力化兵器を生産、運用するノウハウは豊富に持っていた。彼は密かにビューロー伯エルマーに近づき、自分を枢密院議員に推薦して欲しい、その見返りとして、貴家が必要とする技術やノウハウを提供いたしましょう、と持ち掛けた。老練な経営者だった祖父ディートハルトであれば、マクシミリアンの狡猾な為人を見抜き、容易に言質を与えなかっただろう。しかし、年若く、人生経験にも乏しかった孫エルマーは、マクシミリアンの表面的な誠実さにも幻惑され、一も二も無く承諾している。
そもそも、父親ヨハネスが未だ存命だったにも関わらず、年若い息子エルマーが当主の座に就いたのは、夫ヨハネスを事あるごとに軽侮して、息子エルマーを偏愛していた、母アグネスの意向に拠る。ルドルフ大帝の三女たる立場を笠に着て、舅ディートハルト死後、事実上、同家の実権を掌握してしまったアグネスは、自身の意向に逆らい続けた長子アンドレアスに当てつける為だけに、次子エルマーを無理矢理、当主の地位に就けたと言われる。だが、その行為が新参の領主貴族、カストロプ公マクシミリアンが同伯爵家に付け入る隙を与えてしまったと言えよう。
ビューロー伯爵家の推薦と、その一門に属する貴族家の同意を得て、マクシミリアンは枢密院議員に就任。帝国政界に公的な地位を得た彼は、旧シリウス・共同体領の占領事業を通じて、自身の影響下に置いた貴族や官僚らを組織、その数の力を使い、自家の一門に属する貴族らを枢密院議員に就任させていった。
彼自身は議長にも副議長にもなる事は無かったが、カストロプ派の領袖として、その死去に至るまで、帝国政界の有力者として君臨した。なお、彼の孫クレメンスは、同家初の枢密院議長に就任している。
一方、約束通り、ビューロー伯爵家に対しては、電子戦艦や無力化兵器に関する技術供与を確かに行ったが、それは技術やノウハウを身に付けた人材を斡旋する、との形で実行された。結果、ビューロー伯爵家所有の各企業の中に、マクシミリアンの息がかかった人材が多数、送り込まれて、企業の実質的な経営権は、支配人たる当主エルマーではなく、次第にマクシミリアンが掌握していく事となった。
だが、自身が貴族社会の新参者で、皇帝ジギスムントからも警戒されている事を自覚していたマクシミリアンは、この機に乗じて、ビューロー伯爵家を完全に我が物としてしまうのは、むしろ周囲の警戒心を高め、逆に自家の存在を危うくしかねない愚策だと見切っていたのだろう。彼は密かに実権こそ握ったが、あくまで若年の当主エルマーを助け、その見返りとして枢密院議員の地位を得て、自家の立場を守る事だけが目的だ、との態度を崩さなかった。
そのため、エルマーはマクシミリアンに私淑さえしており、その辣腕を間近で学んだ事で、経済人としての能力を高めた結果、エルマーは第3代リヒャルト1世の御代、財務尚書の地位を手に入れている。当時、マクシミリアンは既に死去していたが、もしヴァルハラからその光景を目にする事が出来たならば、生前の彼の癖だった、独特の皮肉めいた冷笑を浮かべた事は間違いないだろう。