【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第8節 皇族の日常生活③~教育は父親の責任

 このように、皇后は宮中の女主人として、公私ともに多くの業務を抱え、時として分刻みのスケジュールを強制されるほど、多忙を極めた存在だったが、皇帝と皇后の間に産まれた皇子・皇女達は、日常、何をしていたのかと言うと、勉学と身体鍛錬に、その時間の大部分を費やしていた。そして、各種行事への出席等を通じて、同世代の皇族・貴族子女との交際を強いられ、両親には及ばないにしても、例えば同世代の平民子女たちと比べれば、遙かに多忙な日々を送っていた。

 

 皇子達への教育は、ルドルフが「家学」(親が子供に勉学を教える事)を推奨、帝国の誇るべき美風であると宣言した事に基づき、貴族家と同様、父親が責任を持って行うべきとされた。尤も、多忙を極める皇帝が直接、教育する事は出来ないので、皇帝が選定した教授達がその任を代行する事が慣習となった。

 

 なお、物心つく前に父親が死亡した場合は、祖父または当時の長老的立場の皇族男性が責任を持って教育すべしとされたので、概して十分な教育が施されたが、それが為されなかった事例も僅かにある。

 

 著名な例は、亡国帝フリードリヒ4世と、その孫エルヴィン・ヨーゼフの関係。エルヴィン・ヨーゼフが未だ乳児であった頃、父親たる皇太子ルードヴィヒが死去。本来ならば、祖父フリードリヒが孫エルヴィン・ヨーゼフの教育に責任を持たねばならなかったが、フリードリヒは孫の教育に当たるどころか、教授達の専任さえ行わず、躾も宮内省所属の侍従や女官に一任、という有様だった。当時の皇宮に勤めていた者たちの証言によると、エルヴィン・ヨーゼフは些細な事ですぐ癇癪を起こし、周囲の大人達に対して、暴言と暴力でしか自身を訴える術を知らないかのようだった、と云う。

 

 亡国帝が孫の教育を放棄したのは何故か、巷間言われているように、女色に溺れて、孫などを顧みるのは時間の無駄だと思っていたからなのか、それとももっと別の理由があったのか、今に至るも定説はない。ただ、グリューネワルト大公妃殿下の証言によると、亡国帝はしばしば妃殿下に対して、孫の事に言及。あれには皇帝になる器量など無い、またなるべきでも無い、あれ自身の幸福のためにも、と漏らしていたと云う。或いは、自身が教育を行えば、周囲に対する手前、帝王教育を行わざるを得ない、その結果、周囲から皇太孫として見られ、後ろ盾の無いまま帝位を巡る政争に巻き込まれる、それを嫌ったのが同帝の真意だったのかもしれない。

 

 閑話休題。皇太子を始め、未成年の皇族に対する教育は、旧帝国史上、第2代皇帝たるジギスムントに対して、父親ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒム、ひいては祖父ルドルフが施した帝王教育が範となっている。以下、公開された新史料に基づき、ジギスムントへの教育体制とその内容について述べたい。

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