【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
そして、さらに視野を広げて、約500年に亘る旧帝国史、ひいては人類史における拡大戦役の影響を考察するならば、汎オリオン腕経済共同体、そしてカストル・ポルックス攻守連合、この両国の滅亡が与えた影響は、実に大きなものがあると言わざるを得ない。
経済共同体最後の総裁マクシミリアンは、同国の遺産を十全に活用し、帝国政界の有力者となり、旧帝国とその歴史をほぼ等しくする大諸侯、カストロプ公爵家を誕生させている。同公爵家はその滅亡に至るまで、帝国の政財界に大きな影響を与え続けたが、筆者はむしろ、建国者ルドルフが嫌悪、否定した「経済」の力を再び、帝国社会に解き放った事、これこそ初代カストロプ公マクシミリアンが旧帝国史に与えた最大の影響だった、と考えている。
前巻で指摘したように、ルドルフは、人類の発展と経済の発展はイコールではない、とのスタンスを取り、経済の目的は利益追求では無く、あくまで国家の要請と臣民の必要性に応じた物資等の調達と断じる「発展を求めない」経済体制を希求して、統制経済の導入を断行している。
それは極大化した貧富の格差に苦しめられ、自己の生存さえも脅かされていた貧困層からは熱烈に支持されたが、富裕層は自己の権益や資産を脅かすものだと反対。ルドルフはその強権的な政治姿勢で、彼らの不平不満を文字通り「圧殺」していったのだが、彼らの反発はやはり大きく、結果として経済共同体という独立国家を誕生させる機縁となっている。
ルドルフの後継者・ジギスムントが共同体を討滅した事で、統制経済と自由経済の対立は、前者に軍配が上がったかに見えたが、それは一時的な勝利に過ぎなかった。結果的に、ルドルフは「忌まわしき怪物」と呼んだ経済の持つ力、いや、人間の欲望の強さを過小評価していたのかもしれない。怪物はマクシミリアン・カストロプの存在を借りて、人類社会へと再誕した。前述の通り、マクシミリアンは経済共同体、ひいては銀河連邦の経済的遺産、例えば効率的な生産・流通システムとそれを運営するノウハウ、そのノウハウを習得した人材などを銀河帝国へと持ち込んだ。
その結果、帝国内に自由経済思想が密やかな広がりを見せ、商取引や金融によって利潤を上げる事を当然とする者達が現れてきた。彼らは財務官僚や企業支配人となり、カストロプ公爵家の一門に属する貴族家らと結び、帝国の政財界で台頭してきた。折良くと言うべきか、当時は第3代リヒャルト1世、その後継者オトフリート1世の御代で、戦火が終息し、皇族や貴族が物質的に豊かな生活を希求し始めた社会風潮にも助けられて、彼ら経済人たちは、ルドルフ大帝の遺志たる統制経済を形骸化させる事さえ行い始めた。
リヒャルト1世の御代、ルドルフが「物の価値尺度でしかない貨幣を商品化し、不当な利益を貪ろうとする悪行そのもの。労働の価値を貶める悪徳」と断じ、法的に禁止した利子・利息が様々な名目で事実上、復活した事は、彼ら自由経済容認派の台頭によるものではないかと見られる。
彼らの盟主的存在となったのが、旧帝国史上、初の権臣、奸臣として名高いエックハルトだが、彼の祖父が拡大戦役後の占領地行政で頭角を現した財務官僚だった事は、決して偶然ではないだろう。こと経済史的な観点から言えば、寛仁公フランツ・オットーによるエックハルトの誅殺は、自由経済思想の蔓延に対する、統制経済擁護派の反撃だったとも見なせる。寛仁公は父親ユリウス即位後、同帝の摂政皇太子となり、汚職と賄賂が横行したエックハルト時代の弊風を改めるため、自家の家宰を務めていたベーリング帝国騎士を財務尚書に抜擢しているが、ベーリングに与えた訓示に「…皇祖ルドルフ大帝陛下の御遺訓を拳拳服膺し、資本の暴走を膺懲して、以て統制経済の完遂を図るべし」とある。後世、同公は現実主義的な政治家として高く評価されているが、こと経済政策においては、ルドルフの御代を理想とする、復古主義者の面があった事も指摘されている。詳しくはユリウス1世の巻で述べたい。
だが、寛仁公の治世を経ても、自由経済という「病原菌」が根絶される事は無かった。それどころか、最終的にはフェザーン自治領という、旧帝国史上、最大級の「怪物」を誕生させる要因ともなっている。フェザーン成立の背景には、地球統一政府時代から続く複雑な事情が絡み合っているため、ここで詳述する事はしない。
しかし、一点だけ指摘するならば、そもそも旧帝国の政財界に、自由経済を容認する風潮が存在しなければ、フェザーンの初代自治領主となった、地球出身の商人レオポルド・ラープが天文学的な賄賂を帝国首脳部に贈ったとしても、建国者ルドルフ大帝の遺志を全否定するかのような、自由経済を掲げ、国是たる配給制度も導入せず、敵国たる自由惑星同盟との交易さえ行う、事実上の独立都市国家を容認する事は無かったのではないだろうか。筆者には、フェザーン自治領とは、汎オリオン腕経済共同体の遠い子孫に思えてならない。その意味で、初代カストロプ公マクシミリアンは、フェザーン人の精神的先祖だった、とも思えるのだ。