【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
では、シリウスや経済共同体の故地周辺に、サルガッソ・スペースの如き宙域が存在していれば、周囲の領主貴族らは農奴や奴隷を派遣して、深宇宙探査に乗り出したであろうか。結論から言えば、筆者の見解はノー、である。
そもそも、旧攻守連合の故地に領地を有する領主貴族らが深宇宙探査に乗り出した、或いは乗り出さざるを得なかったのは、彼らが帝国政府に必ずしも忠誠を誓ってはおらず、政府側も彼ら領主を反逆者予備軍と見なしていたからである。彼ら領主達の出自は、旧同国の有力者が帝国に降伏して転身した者、またはノイエ・シュタウフェン公爵家のように、中央政界での権力闘争に敗れて「都落ち」した者、この2つに大別できる。
強堅帝ジギスムント1世が敢行した再平定戦の結果、帝国政府の目を欺き、領地内で密かに民主共和政体の存続を許していた領主こそ根絶されたと見られるが、旧攻守連合の有力者から転身した領主らは、同国社会の独立独歩、反骨精神、アウトロー的気質を尊重する風潮もあってか、必ずしも帝国政府の支配を快く思っていなかった。それは、再平定戦後も同国の旗を掲げる反帝国勢力が旧同国領内で盛んに活動し、元有力者の領主達は、反帝国勢力の討伐に、それほど積極的ではなかった事実が指摘できる。
彼ら領主達も、単独で帝国政府に対抗できるなどとは思っていなかった。しかし、帝国の手が届かない、自由な天地を希求する衝動は強かっただろうし、さらには強堅帝の如く、帝国支配の貫徹を重要視する皇帝が即位すれば、いつ何時、再々平定戦を敢行するか分からない。その恐れがある以上、自分及び一族の安全保障の意味でも、帝国の手が未だ触れない、生活可能な星系の確保を考えた者は多かっただろう。
そして、中央政界での権力闘争に敗れて「都落ち」し、心ならずも領主に転身せざるを得なかった貴族達も、帝国の実権を握る皇帝や権臣から疎まれている、警戒されている事を自覚するが故に、帝国の支配が及んでいない、安全な星系を確保したいとの一点において、旧攻守連合出身の領主らと共闘する事が出来た。
一方、旧シリウス・経済共同体領に領地を与えられた領主貴族らには、まず旧両国の有力者から転身した者自体が少なかった。その理由は複数あるが、まず攻守連合の征服が完了した事で、敵国人民を農奴として確保し、配給制度完遂のための労働力とする、との政策目的が達成されてきた結果、シリウス・経済共同体の人民を悉く農奴として確保する必要性が相対的に低下していた。
加えて、両国末期の混乱、また帝国方面軍が実施した飢餓作戦の結果、日々の食さえ入手できなくなった両国人民達は、進んで帝国軍に亡命、降伏する事例が相次いでいた。即ち、現地有力者と取引し、領主貴族の地位を与えてまで、人民を農奴として確保する理由が無くなりつつあった事が指摘できる。
皇帝支配の貫徹を重んじるジギスムント帝にしてみれば、現地有力者を領主に封じる事は、出来れば回避したい、次善の策だったのであろう。旧両国の征服事業を通じ、自らに忠誠を誓う腹心達や、地位向上を求める無爵位の貴族らに功績を上げさせ、父親の派閥・シュタウフェン派に依存せず、自前の政治勢力の構築を図ろうとしていた事も手伝って、勢い、旧両国領内に領地を与えられた領主達は、帝国本土出身の軍人や官僚、または既存の領主貴族の一族たちが大勢を占める事になった。当然の如く、彼らは自身を抜擢してくれた皇帝に忠誠を誓い、反帝国勢力の逮捕と追討に精励している。
さらに、現地有力者と帝国との関係では、経済共同体最後の総裁にして、大諸侯カストロプ公爵家の家祖となったマクシミリアン・フォン・カストロプの存在を抜きにしては語れない。前述の通り、彼マクシミリアンは、同国由来の先進的な生産・物流システムを知悉した人材として、同国に仕えた官僚や経済人たちを多数、帝国政府に推挙し、仕官させており、その見返りとして、彼らを自家の一門として組織していった。
結果として、マクシミリアンは現地有力者に強い影響力を及ぼす事となり、最終的には共同体のみならず、シリウスも含め、旧両国領内に領地を持つ貴族達の盟主的存在になっている。彼は旧両国の有力者達を支配、統括する存在ではあったが、それと同時に、帝国政府から彼ら元有力者達を庇護する存在でもあった。この結果、彼ら元有力者たちは、旧攻守連合領の同類達とは対照的に、帝国の支配が及ばない新天地を目指すのではなく、庇護者たるカストロプ公爵家の下に結集し、その数の力で自身と自家を守る、という行動を選択していった。無論、同公爵家が自家の勢力維持のため、そう使嗾したとの側面は強かっただろうが。
また、権力者の支配下から脱出するよりも、その支配体制内に留まり、自身の生存を確保する道を模索する、との姿勢は、攻守連合・シリウス・経済共同体、これら諸国の気風の差に由来するとの指摘もある。
前述した通り、攻守連合は元々、軍閥化した連邦軍や反ルドルフ派の軍人とその麾下部隊、民間軍事会社のほか、武装化したマフィアや宇宙海賊など、種々雑多な武力集団の集合体であり、自身の腕と才覚を恃む独立独歩の気風が強く、強者に媚びる事を恥じる反骨精神、独り我が道を行くアウトロー的気質が尊敬の対象となっていた。故に、国家に依拠、依存する事を良しとせず、むしろ恥辱とさえする風潮があった。
対して、シリウス・共同体は、攻守連合よりも文明国家として成熟はしていただろうが、同国民の如き「生命力」には乏しく、国家の庇護下で生活する事は当然、いや我々国民の生命を保障する事こそ国家の責務と見なす考えが一般的だった。
故に、両国政府がその責務を放擲した以上、新たに我々の生命を保障してくれる帝国政府の統治も止む無し、との考えが登場する事は不可避だったのだろう。確かに、人間の自由と平等を否定する帝国に対し、イデオロギー的に反発する者も少なくなかったのかもしれないが、それさえも「我々有権者が法的に正当な手続で選出した最高権力者が帝国に降伏すると決断した以上、有権者たる我々市民はその決断に従う事が民主主義者として正しい態度だ」との反論―率直に言えば自己弁護―にかき消されていった事、前述した通りだ。
加えて、経済共同体についてのみ言えば、経済発展、即ち利益追求を最優先する風潮が非常に強く、同国人の常識からすれば、帝国政府の攻撃を避けつつ、莫大な資金と労力を投じて、成功の見通しもないまま、新国家の建設事業に邁進するなど、狂気の沙汰以外の何物でもなかっただろう。
これらの見解を踏まえて、前述した①~⑤の条件を考えてみると、①から③、そして⑤、この4条件を満たすのが困難である事が分かる。旧両国の故地に、反帝国を掲げる集団が存在し、サルガッソ・スペースの如き天然の要害に守られていたとしても、数少ない両国の元有力者達がその集団を継続的に庇護、支援する理由は無く、仮にあったとしても、それは一時的な感傷や憐憫でしかなかっただろう。まして、リアリスティックな思考を基調とする大諸侯カストロプ公爵家が厳然として存在する以上、目先の一時的感情に溺れた者など、反帝国勢力ごと処断される事は疑い得ない。彼ら反帝国勢力がサルガッソ・スペースの如き要害の陰に隠れて、カストロプ家、そして帝国当局の追討を逃れたとしても、人的・物的支援を継続的に受けられない以上、手持ちの資源とエネルギーを消費してしまえば、後は自滅か降伏以外の道は残されていなかったはずだ。