【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第5節 思考実験・第2の自由惑星同盟の存在可能性③~カギは「資源問題」?

 それでは、全くのあり得ざる仮定だが、①から③、そして⑤の条件を既に満たしている超巨大な反帝国勢力が存在し、サルガッソ・スペースに似た自然の防壁に守られていたとするならば、自由惑星同盟の如き新国家の建設は可能になっただろうか。さて、数十年、いや百年単位で、一国を構築するに足る膨大な人民の衣食住を満たせるだけの資源とエネルギーとは、一体どれ程の量になるのか、筆者の想像力が及ぶ所ではないが、例えそれだけの量を保有していたとしても、筆者の結論は変わらず、ノーである。その根拠は、④の条件にある。

 

 旧帝国建国時の各勢力範囲図を俯瞰すれば一目瞭然なのだが、旧シリウス領は人類発祥の地・地球を含み、主に地球統一政府時代に入植、開発された星系で構成されている。隣接する旧共同体領は、地球・シリウス戦後、人類社会が数多の国家に分かれて、対立抗争に突入した時代、右肩上がりの経済発展に後押しされて、新たに開発された星系が多かった。つまり、両国の故地は、かの13日戦争後、人類社会が本格的な宇宙時代を迎えた後から、銀河連邦成立前まで、人類がその生活圏としていた星系が大多数を占めていた。そして、これらの星系には重要な共通点が1つあった。それは採掘可能な資源が枯渇寸前だった、という事実に他ならない。

 

 連邦成立まで約600年強に亘る人類の活動で、これら星系の資源は減少の一途を辿った。連邦成立後、全人類が一丸となって、サジタリウス腕方面への進出と開発に邁進したのは、資源不足という喫緊の課題に対処するため、との側面も強かった。この資源問題は、シリウス・経済共同体両国にとっても、建国時からの深刻な問題だった。だからこそ、共同体は武力に訴えてでも、豊富な資源を有する旧帝国との経済交流に固執した、シリウスはイデオロギー対立には目を瞑り、共同体の動きに便乗して、旧帝国との三角貿易を密かに行わざるを得なかったのだ。

 

 つまり、旧両国方面で新国家を建設しようとしても、その時に生じる莫大な資源・エネルギー需要を賄える供給源は既に失われている、よって、他の条件が満たされていても、国家建設を成功させられる可能性はほぼ皆無である、これが筆者の見解である。

 いや、旧両国の故地に資源が無くとも、その向こう、未だ人類が進出していないペルセウス腕まで至れば、採掘可能な各種資源があるはずだ、と主張される向きもあるかもしれない。理論上、そう主張する事は可能であろう。だが、新帝国暦10年の現在でさえも、ペルセウス腕への進出はおろか、航路調査さえもほぼ未着手である事実を考えるならば、航路図1つさえ無い人跡未踏の宙域に、女性や子供まで引き連れて一気に乗り出したとして、その成功確率は、天文学的なそれにならざるを得ないのではないだろうか?

 

 その事情はサジタリウス腕でも同様ではないのか?との疑問に対しては、以下の事を指摘しておきたい。公開された新史料の整理を通じて判明した事だが、人類は旧帝国成立以前より、サジタリウス腕に僅かながら足跡を残していた。それは少なくとも、惑星や人工天体規模の小国家や自治体を建設するに足るものだったと。この点は更なる研究が必要だが、連邦時代の人類がペルセウス腕ではなく、サジタリウス腕への進出を決めた事で、現在にまで至る人類社会の形が決定されたと言えるだろう。

 

 以上、歴史愛好家の旧帝国貴族らが残した見解を基に、筆者の私見を交えて、第2の自由惑星同盟が成立した可能性を考察してきたが、その可能性はほぼ皆無であると言わざるを得ない。これは逆説的に、自由惑星同盟の建国が、歴史的にも稀有な現象である事を証明するものだと言えよう。

 

 だが、それは同盟のイデオロギー的史学が提唱した、アーレ・ハイネセンの超人性、聖人性など属人的要素に依拠するものではなく、連邦時代、いや或いは地球統一政府時代から続いているかもしれない、人類の孜々たる営みを基盤として、サルガッソ・スペース(及びイゼルローン・フェザーン両回廊)との地理的特殊性、銀河連邦の崩壊と銀河帝国の成立、帝国と敵対したカストル・ポルックス攻守連合という国家の誕生と滅亡、これらの歴史的事象、そして旧攻守連合領を領地とする貴族らの社会的動機、これらの相互作用によって生じた歴史現象だと考えている。

 繰り返しになるが、歴史とは、ただ一個人によってのみ左右されるほど、生易しいものではないのだ。いや、複数の要因が互いに影響し合い、その結果として歴史現象が生起されてくる、この事を前提とするからこそ、膨大な歴史的史料の整理、分析を通じて、ある時代の歴史像を復元しようと努める実証史学者の営為には意味があるのだと、一歴史学徒として信じている。

 

 ここからは史料上の根拠が無い、筆者の想像に過ぎないが、シリウス・経済共同体の滅亡時、やはり帝国の支配下に置かれる事を肯んじ得ず、独立を志向した個人や集団は相当数、存在した事と思われる。

 

 しかし、これまで述べてきた事情により、彼らの多くは志半ばに斃れ、生き残る事が出来た者達も、自身の無力さに絶望しつつ、その生を終える以外の選択肢は存在しなかっただろう。地球時代、古代シナに生きたある歴史家は、善人が若くして餓死し、悪人が長寿を保ち子孫にも囲まれて大往生した、この歴史的事実を対比させ、「天道是か非か」と、因果応報的な道徳観に深刻な懐疑を提示した事で知られているが、彼ら両国の遺民達にも、同様の叫びを発した者がいたかもしれない。人の世の不条理は、例え数千年が経過しても変わる事は無く、恐らく人類が滅亡するまで変わる事は無いのだろう。

 

 それを人の愚かしさの故と断するのは容易いが、筆者はこうも思うのだ。若くした餓死した善人は、万人から善人だと崇敬されていたのだろうか、崇敬されていたならば、何故、人は善人に食を捧げず、彼が餓死するのを座視していたのか。

 

 そして、長寿を保ち子孫に囲まれて大往生した悪人は、万人から悪人だと唾棄されていたのだろうか。唾棄されていたのならば、何故、人は悪人を非難し、官憲に処罰を要求しなかったのか。

 

 極論だが、善と悪は常に置換可能なのだ。誰かにとっての善は、別の者には悪となる可能性を持ち、その逆もまた然りなのだ。この場合、善人が餓死したのは、彼の善を認めたのが遥か後世の歴史家だけで、生前の彼の周囲にいた者達は、何らかの理由で、彼の存在を悪と断じたのかもしれない。悪人もまた同様に、思想家は悪と断じたが、当時の人間達は彼を善だと称揚したのかもしれない。

 

 本論から逸れている事は自覚しているが、敢えて主張させて頂きたい。民主主義を奉じるシリウスらの遺民達が自らを善とし、皇帝専制主義を奉じる旧帝国を悪と断じ、善が悪によって滅ぼされる不条理さを嘆いた、この構図は、現在ともにローエングラム朝の統治下に置かれた、帝国人と同盟人のイデオロギー的対立構造そのものだと。

 

 開祖ラインハルト陛下崩御後、旧同盟領を新帝国の支配体制に組み込む作業は急ピッチで進められているが、戦火が終息し、帝国軍が軍縮へと舵を切った影響もあってか、旧同盟領では同盟人達が言論や思想、結社の自由を理由に、帝国政府への抗議やデモを繰り返し、現地に住まう帝国人への差別や暴力事件、ヘイトスピーチ等の事案も頻発していると聞く。

 

 筆者は約500年間、皇帝専制を奉じる帝国に生を受けたためか、専制主義と民主主義に、道徳的な優劣を見出す事がどうしても出来ない。どちらも人類史上に生起した政治思想、また統治技術であり、政治権力の所在を表しているだけの言葉に過ぎない、と思ってしまう。民主主義を否定するものでは無いが、同時に、民主主義者が皇帝専制を全否定する姿勢には強い違和感、いや嫌悪感すら覚える。

 

 故に、筆者自身も強く自戒しなければならない事は十分に自覚した上で、同盟人諸氏に敢えて申し上げたい。貴方達はシリウスらの遺民達と同じ道を辿るべきではない。それは歴史の闇に怨念を沈める暗黒の道かもしれない。貴方達は善でもあり悪でもある。我々帝国人もまた、そうであるように。むしろ、その自覚こそ、私達がイデオロギー的対立構造を超克できる唯一の道なのではないだろうか。

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