【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
第1節 冒険家アルノルト・フォン・フリードマン
長きに亘った拡大戦役の概説も終了、深刻な話題が続き過ぎた事でもあるので、読者諸氏の頭と気持を休めるため、本章は軽い読み物風に、当時の有名な冒険家、フリードマン男爵なる人物を取り上げたい。それでは、彼の冒険譚を語り始めよう。
彼の本名はアルノルト・フォン・フリードマン。初代国務尚書ハーン伯爵の養母、イヴァンカ・フリードマンの弟の孫に当たる。前巻に収録したハーン伯爵の評伝でも触れたが、自身が世に出るきっかけを与えてくれた養母への感謝の念を終生持ち続けたハーンは、伯爵位を与えられた後、養母の血縁の者を探し出して、自身が推薦人となり、その者に男爵位が与えられるように取り計らい、フリードマン家を再興させている。
この時、男爵位を与えられた血縁の者がイヴァンカの弟で、アルノルトの祖父に当たるアシュトン。姉イヴァンカとは20歳以上年齢が離れており、また同性愛志向を隠そうとしなかった娘を嫌い、姉弟の父親はイヴァンカを義絶していたため、養子のハーンはアシュトンと親戚づきあいする事は疎か、その存在さえ知らなかった。
アシュトンは帝国建国前まで、初等学校の校長を務めていた父親の縁故で教員を務めていたが、帝国建国後、皇帝ルドルフは義務教育制度を廃止。その結果、彼は失職してしまい、政府の斡旋で、地元町役場に下級吏員として就職する事は出来たが、収入は激減。そのため、帝国に良い感情を抱いてはいなかったようだが、ハーンから男爵位を斡旋したいとの意向を伝えられると、一も二もなく承諾。それ以降、形式上は国務省に奉職しながらも、遅刻欠勤は当たり前と、勤務態度は最悪、政府から与えられる貴族年金を浪費して、急性脳卒中で死去するまで、酒色に耽り、豪奢な生活を満喫している。恐らく、欲望が強く、快楽に弱い質の凡人に過ぎなかったのだろう。
尊敬する養母の弟がこれ程の放蕩者とは、流石にハーンも予想はしていなかっただろうが、幸いアシュトンの長子ブラッドレイは常識人で、後見人たるハーン伯爵に見放されては、自家の将来は無いと見極めていたのだろう、爵位を継承すると、当時すでに現役を引退していた同伯爵に面会。亡父の醜態をまず謝罪し、まだ少年だった自身の息子アルノルトに、貴族として相応しい教育を与えてほしいと懇願している。
その願いを受け入れたハーンは、アルノルトに優れた家庭教師を斡旋しただけではなく、自家の子弟らと共に勉強する事も許している。以降、アルノルトは成人するまで、ハーン伯爵家を第2の実家として過ごした。
成人後、同伯爵家の一門に連なる男爵家の若君として、祖父同様、国務省に奉職、国務官僚としての道を歩み出す。ただ、放蕩者の祖父は、官僚の仕事など何一つしようとしない不良役人だったが、アルノルトは伯爵家で受けた教育と躾の影響もあり、上司に忠実で、職務に精励する優秀な若手官僚だと高く評価された。
このまま大過なく務めていれば、主家たるハーン伯爵家の後ろ盾もあるアルノルトは、少なくとも局長職への就任は間違いないと見られていたが、帝国暦46年、帝国がシリウスに宣戦を布告、拡大戦役の後半戦が始まると、何を思ったのか、旧シリウス領に新設された総督府への転任を希望。当時の国務尚書ザルツァ子爵ヘルマンを驚倒させている。
帝都を離れて、地方、それも占領直後の旧敵国領に新設された総督府に赴任するなど、国務官僚としての栄達を放棄するも同然の行為であり、アルノルトを腹心として育て、将来的には自分の地位を譲っても良いとまで考えていたザルツァ子爵は必死に翻意させようとしたが、当人の意思は固く、占領地行政への積極的な参加を要求するジギスムント帝の施政方針演説まで持ち出し、とうとう旧シリウス領内に設立されたばかりのグラートバッハ星系総督府に高等参事官として着任してしまう。
冒険家、探検家として後世に令名を残し、かつ紀行文学、冒険小説の祖として、旧帝国文学史にも名を留めるフリードマン男爵アルノルト、別名ほらふき男爵とも呼ばれた、彼の活躍はここから始まったと言っても過言では無い。