【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第2節 地球に魅せられて

 官僚としての立身出世を捨ててまで、彼が旧シリウス領への赴任を望んだのは何故か、後年に著した回顧録によると、それは一枚の写真がきっかけだったと云う。

 

 彼の曾祖父は学校教員であると同時に、アマチュアの歴史学者でもあった。特に好んだ研究テーマは、シリウス戦役以前の地球時代。連邦末期の当時、地球という惑星は、既に人類の大多数から忘れ去られていたが、フリードマンの曾祖父は「人類は母なる地球への敬意を忘れるべきではない」が口癖で、自宅に設けた研究室兼書庫には、地球史に関する研究書や、数少ない地球時代の一次史料などが多数、収められていたと云う。

 敢えて想像の翼を逞しくすれば、彼の曾祖父はガイア思想の流れを汲む、原・地球教団と何らかの関わりがあったのかもしれないが、もちろん真相は不明。この史料群は、曾祖父の死後、放蕩者の祖父アシュトンが遊興費のため、二束三文で売り飛ばしてしまっているが、生真面目で父の所業に批判的だった父親ブラッドレイは形見にしようと、曾祖父が特に気に入っていた書籍や史料を密かに隠し持っていた。

 

 幼児期のフリードマンは、曾祖父の形見として、父親から見せられた「宇宙空間から見た地球」に魅了された。回顧録の記述に拠ると、それは13日戦争以前に撮影された衛星写真で、彼の言葉を借りるならば「漆黒の宇宙空間を背景に、青と白のコントラストが何とも幻想的だった」。また、生前の曾祖父は、死ぬまでに一度だけでも良い、地球に降り立ってみたいと念願していたが、それを果たせぬままに死去した事を知り、それなら、自分が曽祖父さんの代わりに地球へ行ってみよう、いや行ってみたいと、幼心に念願したと云う。

 

 その後に受けた教育で、現在の地球はシリウス戦役時の無差別攻撃によって荒廃した一惑星に過ぎず、西暦時代の如き美しさは既に失われている事を知ったが、この時はもう、地球に行きたいとの思いは彼の人生の目標になっていたのだろう、その情熱が失われる事は無かった。

 

 また、知性は十分ながら、生来、活動的な性格で、スポーツに才能を発揮したフリードマンは、遠泳・自転車・マラソンを1人でこなすトライアスロンから始まり、雪山登山やロッククライミング、森林や荒野、砂漠を数十キロ~百キロ単位で走りぬくトレイルランニングなど、過酷な自然条件に独りで立ち向かっていくタイプの競技を好むようになり、国務官僚になった頃には、初対面の人間は例外なく、彼を帝国軍人、それも腕利きの装甲擲弾兵だと思い込むほど、強健な肉体と無尽蔵の体力、不屈の闘志に溢れた人間になっていた。

 後年、彼が人跡未踏、かつ自然条件が厳しい場所を好んで訪れるようになった事からして、この頃にはもう、亡き曾祖父の想いを叶えたいと言うよりも、荒廃して人も疎らな地球を探検してみたい、という衝動の方が強くなっていたのかもしれない。

 

 そんな彼だから、中央で官僚としての栄達を求めるよりも、地方で自由な探検行を満喫したいと感じても不思議ではなかった。だが、彼がグラートバッハ星系総督府に赴任した時点で、まだ地球はかろうじてシリウス領内にあり、いかに帝国貴族、国務官僚との立場があっても、容易に立ち入れるものではなかった。一般常識の持ち主ならば、地球が帝国領に編入されて、治安も回復してから赴任する事を画策するだろうが、国務官僚として、帝国の地方行政の実態を熟知するフリードマンの感覚からすれば、それでは「手遅れ」になる可能性があった。

 

 前巻にて指摘した通り、旧帝国では「一惑星一都市」が地方行政体制の原則であり、不要と見なされた都市、生産・軍事施設などは、原則として廃却されていた。また、その判断は、惑星を平定した現地軍司令部の裁量権が強く、歴史や文化に関心が無い軍司令部の独断で、地球時代の貴重な遺跡や文物が破却された例も、枚挙に暇が無かった。 

 

 フリードマンの望みは、帝国人の手がまだ触れない、あるがままの地球を体験する事だった。故に、地球が占領される直前、シリウス・経済共同体方面軍司令部に入り込み、現地の有力軍人の協力を得て、何とか地球遠征軍に参加する事、これが彼の計画だった。そのため、総督府に赴任すると、持参した荷物の荷解きもそこそこに、着任報告の名目で、方面軍総司令部が置かれたヴェガ星系を訪問。総司令官ヴィンクラー中将に面会し、事情を話して、地球征服時には、占領行政に従事するスタッフの1人として採用して欲しいと直訴している。

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