【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第3節 念願の地球行

 軍務に私情を挟む事を嫌うヴィンクラーにとり、フリードマンの申し出は決して快いものでは無かったが、占領直後の星系には、身の危険を恐れて赴任を断る官僚が多く、占領行政が滞る原因の1つにもなっていた。そのため、形式論を盾にして彼の懇願を謝絶するのは、流石に勿体ないと感じたのか、軍司令部の指示に従い、決して独断専行はせぬ事を条件にして、近い将来の地球征服行へ同行する事を許可している。

 なお、彼の為人と動機、行動力を面白がった副将ビューロー少将の口添えも、ヴィンクラーの決断を促す効果があったかもしれない。これ以降、年齢も近かったビューローはフリードマンを友人扱いするようになり、皇帝ジギスムントの腹心、後の軍務尚書ビューローの好意を獲得した事は、全くの偶然ではあったが、これ以降、真っ当な貴族なら眉を顰める冒険、探検行に彼が没頭する上で、この上もない後ろ盾となっている。

 

 方面軍総司令部の了解を得たフリードマンは、幼少期からの念願たる地球行の日を心待ちにしていたが、赴任から約1年後、あっさりとその日は訪れた。彼には人生の大目標だったとしても、守備部隊も駐屯せず、防衛施設も無く、重要な軍事・生産拠点でもなく、資源も枯渇、高々数十万人程度の人間がようやく暮らしているだけ、人類発祥の地という事実以外、何の価値もない、荒廃しきったの一惑星の占領など、帝国軍にとっては、到底征服や征伐の名に値するものでは無く、単なる日常業務の一環でしかなかった。実際、軍務省に残された当時の報告書には「特段の問題なく占領を完遂。特記事項なし」と、事実上、それだけしか記載されていない。

 

 一方、フリードマンの回顧録からは、憧れの地を目の当たりにした意気込みが伝わってくる。以下、当該部分を引用したい。

 

「肉視窓から見える地球は、かつて私を魅了した写真のそれとは、確かに違っていた。背景たる漆黒の宇宙空間こそ同じだが、表面を彩っていた深い青色は消え去り、くすんだような赤茶色ばかりが目に付く。貴婦人のヴェールが如く、青い地球を彩っていた美しい白雲も、今は色褪せた襤褸布のようにしか見えなかった。しかし、その光景は確かに私を失望させたが、地球という存在への憧れを消し去るには至らなかった。私は美しさを求めて行くのではない。数億年、いや数十億年に及ぶ生命の歴史、そして、既知宇宙唯一の知的生命体である人類種を育んだ、歴史上、最も偉大にして唯一無二の揺籃、その神秘の懐へと降りていくのだ」

 

 何というか、青年らしい気負いというか、過剰な自意識が伝わってくる文章ではあるが、地球に降り立ったフリードマンは、同行の軍人や官僚達が奇異の目を向けるほど、占領行政に精励したようだ。衛星軌道上からの探査で判明していた地球各地のコロニーを自ら歴訪し、現地住民へ詳細な聞き取り調査を行っている。

 その結果、地球上に住む人々は、かつてのシリウス軍による大規模破壊を生き延びた地球人の子孫で、国家や政府の名に値する組織は持たず、恒星間航行能力を有する宇宙船も保有しておらず、地球を人類の母なる存在として崇めるガイア思想を精神的紐帯として、教団的色彩の強い自治組織を結成、細々と自給自足的な共同生活を続けている事が判明した。

 

 真っ当な国務官僚なら、ここで調査は終了、「帝国が領有する価値なし。周囲の惑星とあわせて、功績ある貴族に下賜するが適当と認む」とでも意見書をつけて、国務省に調査報告書を提出して終わり、としてしまうだろうが、聞き取り調査行の途中、かつての地球統一政府の首都ブリスベーンや、地球最大の造山地帯ヒマラヤ、その周囲に建設されていた各種発電施設と、その地下深くにあった地球政府要人用のシェルターなど、これまで歴史書や歴史小説の中で見知っていた都市や施設の遺跡群を目の当たりにしたフリードマンは、地球の歴史を愛好していた曾祖父の血が騒いだのか、この地球こそ人類の歴史的遺産だと確信。歴史的価値も分からぬ軍人上がりの領主貴族などに下賜されて、何の変哲もない共同住宅や配給品栽培プラントの用地に転用されるかもしれないなど、絶対にあってはならない事態だと、この地球は皇帝直轄領、もしくは皇帝が庇護する自治領として、永遠に保存されるべきだとの趣旨で、詳細な上申書を作成している。

 

「人類発祥の地たる地球を永遠に保護する事は、全人類の支配者にして全宇宙の統治者である銀河帝国皇帝の神聖な義務だと愚考する次第です」とし、かつての上司たる国務尚書ザルツァ子爵に報告の上、皇帝ジギスムントへの奏上を依頼したが、同子爵は自分の好意を無にした、かつての腹心を必ずしも快く思ってはおらず、業務多忙を口実にして、皇帝への取次ぎを拒否し続けた。

 

 シリウス領の占領が着実に進んでいくのを横目に、提出できない上申書を抱えつつ、焦慮に駆られるフリードマンに手を差し伸べたのは、方面軍総司令部で知り合ったビューロー少将だった。報告のため、フリードマンがヴェガ星系に一時帰還している事を知ったビューローは、旧交を温めようと酒席に招待。その席上、アルコールの酔いも手伝い、上申書の一件について、思わず愚痴を零したフリードマンに対し、男性的な性格で、凡そ愚痴などとは無縁だと思っていた友人の姿に興味を惹かれたのか、詳しく事情を聴きだしたビューローは、決して歴史に興味がある訳ではなかったのだが、友の望みであれば叶えてやりたいと、皇帝ジギスムントへの取次を約束した。

 

 腹心ビューローから報告を受けたジギスムントは、支配者たる皇帝が持つべき必須教養の1つとして、人類史の知識は比較的豊富に持っており、フリードマンの上奏に一定の理がある事は認めたが、元々プラグマティックな性格で、不毛の惑星に莫大な行政コストを投じて、皇帝直轄領としてまで保護する必要性を認めなかった。

 

 また、所管省庁の長たる国務尚書ザルツァ子爵からも反対されたため、折衷案として、地球が属する太陽系は自治領とし、その統治は地球人による自治組織に委任する、同組織の長は帝国皇帝に忠誠を誓い、帝国の定める法と秩序に従う義務を有する、帝国皇帝は同組織が帝国の法を犯さぬ限りにおいて、その存在と活動を庇護する責務を有する、なお、帝国皇帝は人類発祥の地たる地球の歴史的意義を最大限尊重し、同地に残る遺物等は国益に反しない限りにおいて、適切に保護されるよう、自治組織を指導、及び適切な支援を行うものとする、と定めた。要するに、金は出さないが、手も出さないと定めた訳で、フリードマンにとって、最上の結果とは言い難かったが、少なくとも歴史的遺物が破却される事態だけは避けられたとして、その胸をなでおろしている。

 

 なお、拡大戦役終結後、フリードマンは本省に帰任する事なく、旧シリウス・共同体領内の諸惑星や人工天体を歴訪、歴史的遺物や自然景観等の調査、報告に従事する国務官僚として一生を終えるが、その間、何度となく地球を訪れて、遺跡等の崩壊を防ぐため、様々な手段を講じている。

 

 だが、その死後、地球は約500年に亘る旧帝国史上、テラ自治領として登録されていただけで、ごく一時期の例外を除けば、遺跡等を保護する手段が講じられる事は無くなり、風化されるままになっていた。しかし、周知の如く、誰からも忘れ去られていた地球は、旧帝国末期から新帝国開闢時、開祖ラインハルト陛下を筆頭に、新王朝の要人及びその治世に対して、多大な悪影響を与えた地球教、さらにはフェザーン自治領を産んだ母体ともなっている。フリードマンの働きかけによって、地球が旧帝国の自治領となった事の歴史的意味、さらに当時、彼が見出した地球の自治組織は、後年の地球教、またフェザーン自治領と如何なる関係にあるのか、依然として未解明な部分が多いので、更なる研究を期したい。

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