ーー行ってきなさい。木星のーー、いえ、貴方自身の未来のために
その一言に背中を押されて、この狭苦しいコクピットに今、俺はいる。
「狭くて悪かったですね」
「……冗談だよ、俺には快適な広さだって」
俺の思考を読んだのか、はたまたただ単に思っていることが顔に出やすいのか。それともコイツとは付き合いが長いから両方か。コンソールの中を、魚のように優雅に泳ぎながらジト目を向けてくる少女の姿をしたAIと、モニター越しに映る漆黒の海を交互に眺めながら、最終チェックを行う。
「編入書類よし、……って揃ってなきゃおかしいか」
とても遠い所まで来たな。1人でこんな遠くまで来たのは初めてだ。
これから起こるであろう喜怒哀楽様々な瞬間に、期待と不安が交互にやってくる。
「心拍が少しおかしいわよ?……ふーん、さては早くもホームシックってやつかしら?」
「茶化すなよ。まあ、1人で不安なのは否定しないけど、俺にはお前がいるから」
「……あっそ」
あ、照れた。AIなのに実に人間くさい。
「……何よ、その薄気味悪い笑みは?言っとくけど照れてないからね!今すぐそのにやけ面辞めないとMSの起動コード書き換えるからね」
「へいへい、わるーござんした」
こうして他愛ない会話と共に時間は過ぎ、目的地の到着の知らせを受け、俺はアスティカシア高等専門学校へと足を踏み入れた。
◆
「「おほぉー……」」
目の前に広がる光景に、足が止まる。
たくさんの人が行き交う中をMSが歩いている。白と緑、人工の建設物と自然が点在し、まるで油絵のように混ざり合ったグラデーションは、木星と対極と言っていいほど美しい。足元を見れば芸術のように舗装された道。木星にも無かったわけじゃないけど、ここまで美しくなければ、飽きるほど拝めるのはほんのひと握りの富裕層だけだ。
「さすがアスティカシア高等専門学校、恐るべし……」
「ちょっと、田舎者丸出しで見てるこっちが恥ずかしいのだけれど?」
インカム越しにボヤかれた。もう少し景色を堪能していたかったけど、外から見てるだけなのも忍びない。それに今日からここで過ごすのだから、いつでも見に行けばいい。
「よし、そうと決まればまずは……」
ーーグゥ……
決まってるだろと言わんばかりの轟音が、俺の腹から鳴り響く。そう言えば今日まだ何も食べてなかったな……
「あのー、食堂行ってもいっすか?」
「いいんじゃない?」
食事を終え、パック詰めのコーヒー片手に一服していると、編入時に手渡された端末兼生徒手帳を、齧り付くように見ている生徒がチラホラいた。
「えーと、そこの君。ちょっと尋ねたいんだけど今何かやってるのかな?」
「ん?決闘だよ、決闘」
「決闘?」
「知らないのか?もしかして編入生って奴?」
「まあ、そんなところで……」
「ちょっと借りるよ」
そう言うとニット帽をやや目深に被った男子生徒は慣れた手つきで、俺の端末を触り、画面を切り替えて渡してきた。
「ありがとう!へー、ほー……」
画面の中では、地球に生息するカブト虫の角のようなアンテナに羽飾りをあしらったマゼンタ色のMSが、ビームランスで細身のMSを一方的にいなしている姿があった。
「たしか、ジェターク社のディランザだったっけ。その専用機……?」
ディランザは、その装甲から、ホバーによる移動を強いられる重MSのカテゴリの機体だったはず。その機体でこれだけ速く、しかも近接戦を軸に、それも敢えて間合いに誘い込んだり、嬲るような無駄な動きは少なく、確実に勝ちに行っているのが、見ていて分かる。この機体のパイロットは間違いなく強い。
「決闘、凄かったな」
「もしかしたら挑まれるかもね」
「俺は平和主義で行きたいからパスしたいなぁ……機体壊したくないし」
「まあ、同感ね。あれは私には家みたいなもんだし」
と、その時だった。
誰かの怒鳴り声が聞こえた。それも1人じゃない。見立てで3人か……?
息を潜め、声のする方へ向かう。
物陰から覗くと、いかにも明るみには出せない武勇伝を持ってそうな強面の男達が1人の女子生徒を取り囲んでいる。やべー、帰りたい。
「もういっぺん言ってみろ!女ァ!?」
「聞こえなかったんですかぁ?あぁ、なるほど。その真っ赤なタコみたいな顔、じゃなくて耳のないタコだから聞こえないんですねぇ。どうリで声が無駄に大きいんですねぇ」
いや、この状況でなんで相手逆撫でしちゃってんのぉ!?普通そこまでやらんでしょう!?
「決闘委員会だかなんだか知らんがいきがりやがって、よほど分からされたいみたいだな」
ヤバいよ、ヤバいって。誰か呼ばないと。辺りを見回してみるも、都合よく誰かがやってくる、なんてことは無い。かといって見て見ぬふりはしたくない。これは……覚悟決めるか。
「はーい、そこまでー。頭を冷やしましょう」
気付いたら、殴りかかろうしていた男に向けて持っていたコーヒーを投げていた。
力ない山なりの弧を描き、パックは男の頭に命中、そして衝撃で漏れたコーヒーが頭頂部から伝っていく。それはさながら墨を吐かれたタコ。
「……ップ、アハハハハハ!よく似合ってますよ!」
「あの、火に油なんでちょっと黙ってもらっていっすか!?」
今まで見た事ないくらいのクリーンヒットで、俺も内心笑いたい。でも笑った暁には俺の人生が詰む……!
「てめぇ、いい度胸じゃねえか」
「いやぁー、申し訳ないです。まさか当たるとは。しかし、貴方達にも非はありますから。な・の・で!ここは1つ、アスティカシア式のやり方で決着を付けましょうよ」
俺は、やや早口で言い切ると、指を差し向け、薄気味悪いと言われたあの笑みを浮かべーー、
「貴方は私が働いた非礼に対する謝罪、私は貴方が彼女に金輪際危害を加えないことを賭けて、決闘しましょう」
もう、啖呵切った以上逃げられない。どうやら俺の学園生活、初っ端から普通じゃなくなりそうだ。