「終わったね」
薄暗い部屋のモニターを眺め、アスティカシア高等専門学校決闘委員会メンバー、シャディク・ゼネリは静かに呟いた。
ここは決闘委員会が一堂に会する一室。彼らの仕事は学生同士の諍いーー、決闘に立ち合う場所。そして今まさにまた、1つの決闘が終わろうとしている。
「チッ、3対1な上にやり口が気に入らねぇ」
そう吐き捨てるのは、パイロット科3年のグエル・ジェターク。デリング・レンブランを代表とする巨大企業統括組織、ベネリットグループ御三家と称される内の1つ、ジェターク社の御曹司であり、決闘で優秀な成果を残す、現在のホルダーだ。
「たしかに不公平だとは思うよ。ただ、決闘はーー、」
「結果のみが真実、だろ?」
決闘の際の口上だ。即ちこの状況も思うことこそあれど、正しき姿なのだ。異を唱えるのは間違っている。
「セセリア、随分と浮かない表情じゃないか」
ふと見ると決闘委員会メンバーであるセセリア・ドートの様子がおかしいことにシャディクは気付いた。
「そう見えます?薄暗いせいで目が節穴になったんじゃないですかぁ?」
いつもの嫌味が返ってくる。しかし、よく見ればさっきから胸に拳を握り、当てている。具体的にはあの銀色の、亡霊の名を冠する機体がザウォートに嬲られ始めた頃。確か今回の決闘の火種は彼女だった。
一見平常運転に見えるよう振舞っているが、柄にもなく、不安の色が瞳から垣間見えた。あの機体のパイロット、確か木星からの編入生だったか、彼は彼女を守ろうとして今あそこにいる。
ーーおやおやこれは、もしかすると……?
脳裏に瞬時にある予測が浮かび上がり、口角が上がる。あくまで推測の域に過ぎない、だが予測可能且つ、間違い無い確信が湧いて離れない。しかしーー、
「残念だけど、ロマンスの神とは縁が無かったようだね」
モニターにはまさに銀色の機体にザウォートが、サーベルを振り下ろす瞬間だった。
ーーバチィッ!
誰もが決闘の決着を確信した。だがそのアナウンスは一向に流れない。妙だーー、と再びモニターを見ると、MSが嗤っていた。
錯覚、では無い。文字通りMSが黄金の牙を剥き出しにして嗤っているのだ。
『何!?』
「サーベルを、弾いた……?」
その場にいた誰もが、その光景に目を見開いた。そして釘付けになった。全身から炎を吐き、不敵に嗤うその銀色の亡霊の姿にーー
◆
一瞬何が起きたねか分からなかった。だが、迫っていたサーベルが前触れなく弾かれた。それだけは分かった。
『なんだコイツ!?……下がれ!』
『これは……サーベーー、うわぁぁぁ!?』
断末魔にも似た悲鳴が聞こえる。振り向けば両腕を無くしたザウォートが倒れ込んでいた。
「カメラ回すよ!」
モニターの端にファントムが映し出される。その姿に俺は驚愕した。
ーー機体が燃えている……!?
全身から炎のような何かがユラユラと怪しく揺れていた。機体トラブルを示すアラートは、鳴っていない。それどころか、これも正常な状態であると記されている。羽交い締めにしていたザウォートは、バックパックから伸びた翼のような炎にやられたのか。
「ファントム・ライト……」
これがこの現象の正体。ファントムのもう1つの姿。
『この……見た目が変わったくらいで!』
重装型から火線が殺到する。しかし、その全ては到達する前に霧散した。まるでミキサーにかけられたように掻き消された、と言った方がいいか。
『何なんだよお前!?』
「俺が知りたいよ」
でもこれなら絶対負けない。機体を1歩踏み出し、そのまま跳ぶ。特に特別なことはしていないのに、一瞬で懐に入り込めた。明らかに機動力が上がっているーーが、
「なんてGだよーー!」
終始意識を集中させていないと加速で持っていかれそうになる。膝に格納したサーベルを抜く。
しかし、その光刃は消えかけのロウソクのように不安定に揺れている。この状態じゃこっちもまともにビームが使えないってことかよ。
「だったらこれだ!」
ファントムの腕を突き出す。そして手甲から鉤状に伸びたファントム・ライトを横一線に凪ぐ。
それだけでザウォートの背部キャノン、頭、ブレードアンテナを抉るように消し飛ばした。残すは身動きの取れない1機のみ。
急ぐ必要はない。ゆっくりと機体を歩かせ、足裏からダガーを展開してブレードアンテナを凪ぐ。
3本目のブレードアンテナが宙を舞い、勝利を告げるファンファーレが鳴り響いた。
「……あれ?」
体の緊張が抜ける。と、同時にファントムから伸びていた炎が消え、カメラがブラックアウトした。
「オーバーヒートしたみたいね」
ものの数分しか持たないシステム、まさに1回限りの虎の子だな。あまり多用はできそうにない。
「そうだ」
生徒証を手に取り見てみると、堰を切ったように見ず知らずの生徒からのメッセージが大量に届く。確かメッセージ表示の設定を弄れば……出た。
『決闘勝利おめでとう』
短い1文だけだった。でもそれが何故か嬉しくて……、気付くと真っ暗になったモニターに、だらしなく口角を上げた気色悪い顔が映っている。ーー俺だ。
「へー、それが噂のお友達?」
「そのこそばゆい視線辞めてくれない?」
◆
「記録したかい?あれは……」
決闘委員会の誰もが声を失った。全身から炎ーー、ビームの嵐を発生させる機体など前代未聞の産物だ。
「パーメット数値は規定範囲内です。パイロットへのデータストームも見受けられません。しかしあれは正常なシステムと言うには余りにもーー、」
「不安定だね」
まるで暴走。敵は勿論、自分自身の兵装すら扱えなくなる。挙句短時間でオーバーヒートを起こす程の爆発的な機動力。完成すれば素晴らしいシステムになる事は明らか、しかし、ハッキリ言ってこの致命的な欠陥システムという獅子身中の虫を抱えた機体、これが正常なのだろうか?数値上では異常はない。ただあの全身が炎上した姿、それがシャディクにはデータストームのそれに重なって見えた。それが合っていたのなら人命軽視も甚だしい。これではかの呪いのMS、GUNDフォーマットを搭載したガンダムと同等だ。
「あれは、ガンダムだと思うかい?」
「外見の特徴は酷似していますが、確証がない以上、断定するには困難かと」
確かに、と言わざるを得なかった。見た目が似ているという理由で、魔女裁判にかける輩は、少なくともこの決闘委員会にはいない。しかし、疑いがない訳でもない。そこでとある少女に白羽の矢が立った。
「しばらく様子見という所かな?そうだ、セセリア」
「なんでしょーかぁ?」
「彼とは一応、友人関係だったね」
「友人という立場を使って探ればいいんですかねぇ?」
「理解が早くて助かるよ」
「まぁ、今日知り合ったばかりなんで期待はしないでくださいよぉ?情報不足は私のせいなんてごめんですからねぇ」
大なり小なり必ず吐かれる毒と共にスパイをセセリアは了承した。しかし、そのいつもの口調とは裏腹に、彼女の表情は後ろ髪を引かれるような引っかかりを覚えていた事には、まだ、本人はおろか誰も気付くことは無かった。