イセカイ・リコイル   作:おじさん

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遅くなりました。


episode2

 

「遂に来てしまった…」

 

 錦木千束と出会って次の日。丁度暇だったので、都内の下町の一角にひっそりと佇む喫茶店の前に俺は来ていた。

 

店の名前は『喫茶リコリコ』。東京都墨区にある錦糸町駅の北口下町の中に建てられた店であり、ステンドグラス調の窓や、花々で飾られた木造の店構えは美しく、思わず目を惹かれてしまう。

 

俺がそんな店に柄にもなく訪れた理由は、言うまでもない。昨日出会った少女だ。昨日俺は猫を助けていた錦木千束という少女を助けた。その礼として少女は店に訪れる事があれば御馳走すると言っていた為、今日試しに来てみたのだ。

 

しかしお礼に御馳走といっても大丈夫だろうか?

 

異世界に居た時も、オークに襲われていた娘を助けてお礼に村に招待されるなんて事もあったが、村に到着して早々「来たな! 忌々しい黒髪の亜人! 」と魔法の一斉射撃が飛んで来て、誅殺されかけた事も有った。あの子はそんな事企んでそうに見えないけど、やっぱり過去の事がトラウマになっているのか、どうしても思い出してしまう。大丈夫だと思いたいが、扉を開いたら魔法…いや、機銃の一斉射撃なんて無いよな…

 

「……」

 

扉の前に立ってはいるものの、どうしても扉を開く事を躊躇ってしまい、どうしてもネガティブに考えてしまう。いやいや! もうここは異世界じゃない。ちゃんと技術革新が進んだ現代日本なんだ。ここではアジア系の顔の人が殆どだし、黒髪なのも珍しくない。

 

…お願いします。どうか謀殺される事が無いですように。深呼吸した後扉に手を掛け、店内に入る為に恐る恐る開く。

 

「男!若い男が来たー!」

 

 …失礼しました。

 

 扉を凄まじい速度で閉めた。まさか異世界で自然と鍛えられていた反射神経がまさかこんな形で使われるとは思いもしなかった。どうやら俺は場所を間違えたようだ、危ない危ない、変な所に入ってしまう所だった。

 

 しかし今のは何だったのだろう。俺を見るなり飛び掛かっていたけど、なんか『オトコー!』なんて奇妙な鳴き声を上げていたが、何のクリーチャーだ? この現代日本ではクリーチャー何て存在しない筈だが…俺と同じく次元を越えて来たのか? まさかここはクリーチャーを封印する為の施設?

 

 いや、今はそんな事どうでも良い。早く喫茶リコリコを探さなくては。スマホをポケットから取り出すと、インターネットで店の名前を検索し、場所を調べてみる。…あれ? ここで合ってる‥‥だと?

 

扉を僅かに開き、店内の様子を覗いてみる。あのクリーチャーはまさか人間だったのか?

 

「フーッ! フーッ!」

 

 確認してみたがどうやら人間の様だ。一目見ただけでは区別ができないが、確かに人間だ。だが一体何故いきなり飛び掛かって来た? そして何故扉の前で俺の事を待ち構えているんだ? 正直獲物を狙う野獣みたいで結構おっかないんだけど。

 

 仕方ない、今日は大人しくズラかるとしよう。千束さんも居ないみたいだし、正直アレとエンカウントしたくない。

 

「あ! 佳斗君! 来てくれたんだね!」

 

「ひゃうぁっ!」

 

 突如後ろから聞こえた声に吃驚して、思わず何かの奇声の様な声を上げてしまう。何事かと思い振り返ると、声の主は昨日出会った錦木千束だった。

 

「ああ、ゴメン。びっくりさせちゃった?」

 

「い、いや…大丈夫。 大丈夫だと思う…多分。」

 

 どうにか平然と振舞う様に心掛けるが、割と心臓に悪いと言うのが本音だ。ホラー映画の類もゾクゾク系はまだ耐えられるけど、急にビックリ系は無理だし、異世界に行く前は雷すら駄目だったんだ。小心者根性舐めんじゃねぇぞ。

 

「でも来てくれたんだねー。 ほら、約束通りご馳走するから入って入って!」

 

「あ、ちょっ!」

 

「ほれほれはよはよ!」

 

 腕を引っ張られ、そのまま店内へと連れて行かれる。ちょっと待って、今行くと中に居るアレに遭遇する! …いや待てよ。彼女はここで働いていると言っていた。と言う事は千束さんはさっきのアレと同僚って事だ。 流石に店内のアレも同僚が居る中襲い掛かったり、俺が被害を受けたりする事はないだろう。なら入っても問題ないか。

 

千束さんに連れられるまま店内に誘導されるが、不思議と先程まで有った不安感は薄くなっていた。大丈夫、多分同僚が居たら誰しも自重するだろうし、無問題(死語)だろう。

 

 

「買い出しから戻ったと思ったらさっきのイケメンを連れて来て、アタシへの当て付けかー!」

 

「ちょいちょい! ミズキ!?」

 

何て思っていた時期もあったよ。店に入る前に考えていた「穏便に済むだろう」という平和ボケした思考は来店してから5秒で粉微塵になって消えた。なんと店内のアレは千束さんと俺が店内に入るなり、何を考えているのかターゲットを千束さんに変えて襲い掛かって来たのだ。

 

「この~! この~!」

 

「おおぅ! ちょいちょいちょーい!」

 

一体俺はどういう経緯でキャットファイトを見ているんだろうか。なんか他のお客さんも笑顔で見守ってるし、これって止めるべき?

 

「二人ともその辺にしておけ。この子が困っているだろ。」

 

すると何処からか優しげな男性の声が聞こえる。誰かと思い振り返って見てみると、外国人顔の大柄な黒人男性が其処に居た。

 

異世界人……じゃないよね。うん、大丈夫大丈夫。やっばりトラウマと言うべきか、頭に焼き付いてると言うべきか、異世界を連想させる物を見るとどうにも不安に思ってしまう。有る意味被害妄想みたいなモンだろうか、しかも重度の。正直今、外国人の顔を見ただけでこんな事を考えてる自分自身にちょっと引いてる。

 

だが殺意が無いのは本当みたいだ。黒人男性が止めた瞬間、千束さんとソレは揉めるのを止めたし、機銃の一斉掃射も無さそうだし、謀殺される事も無さそうだ。

 

「ああ、置いてけぼりにしてすまないね。 好きな席に座ってくれ。」

 

「は、はい。それじゃ失礼します。」

 

 お言葉に甘えて空いているカウンター席に腰掛ける。なんだか警戒する必要が無いと気付いたら気が楽になった。何よりこの店の雰囲気は異世界に居た時とは考えられない程心が安らぐものであり、心地いい。

 

「あの! 私、中原ミズキって言います! 歳は今年で27! 現在婚活中で彼氏は居ません!」

 

 俺の手を掴み、怒涛の勢いで自己紹介をするクリーチャー擬きの中原ミズキさん。まさに詰め寄る事マシンガンの如し。成る程、機銃の一斉掃射とはこの事か。というかミズキさんは俺をそっちの意味で狙っていたのか?

 

まぁ、女性に狙われるのは悪い気はしない。でもミズキさん美人さんだし、それに対して俺あまり容姿が整った部類じゃない、彼女なら他にもイケメンと付き合えると思うけど。

 

「は、はい…初めまして。 俺は柴咲佳斗。 歳は18で、彼女は居ません。」

 

「じゅ、18?!」

 

 だが俺の年齢を聞いた瞬間、ミズキさんはショックを受けたような仕草をする。さながら彼女の脳内ではベートーヴェンの『運命』のアレが再生されているだろうリアクションぶりだ。

 

「年下…未成年…同い年だと思ったのに…」

 

 どうやら彼女はSAN値チェックに失敗した様だ。真っ白になって項垂れてしまった。成る程、この人は相手が成人を超えてないと恋愛対象として見れない様だ。俺が年下と知るや否や射程圏外と言わんばかりに一人で勝手に絶望している。ってか同い年だと思ったって俺が27くらいの外見に見えたって事? 俺まだ18なのに実年齢より老けて見えるって事? なんだかこっちまで辛くなって来た。

 

「店主さん。羊羹と珈琲をお願いします。」

 

「はいよ。」

 

 一瞬精神が崩壊仕掛けたが、どうにか持ち直し注文を済ませる。 旨そうなスイーツを食べて気を紛らわそう。でもやっぱりショックなのか、どうしても気になってしまうな。老け顔…俺が老け顔…

 

記憶よ消えろ(メモリア・ベーテ)

 

「フ―‥‥」

 

 よし、何を辛く思っていたのか忘れたが、記憶を消したお陰で随分楽になった。記憶消去魔法様々だな。そんな事より羊羹と珈琲だ、早く来ないかな‥‥

 

「ねぇ、佳斗君ってどこで住んでるの?」

 

「ああ、ここから歩いて30分くらいのアパートに住んでる。」

 

「へぇー、一人暮らし?」

 

「うん、まぁね。」

 

「18で独り暮らしか…私と1つしか違わないのに、凄いねー。」

 

甘味を待ち遠しく思っていると、千束さんが暇潰しも兼ねてか話しかけてくれた。有難い、スイーツが来るまで退屈せずに済む。異世界では考えられないサービスだ。この状況、あっちなら後ろから攻撃されるたんて珍しくなかったのに。

 

「千束さんは今一人暮らし?」

 

「え? ああ…うん、私も一人暮らしだよ。」

 

しかし、俺が千束さんに同じ質問を返してみると、どこか気まずそうな表情で返してきた。もしかして藪蛇な事だっただろうか。違う事を聞いてみよう。

 

「年齢俺と1つしか違わないって、俺より年上?」

 

「ううん、逆。私今年で17だから。佳斗君の方がお兄さんだね。」

 

『お兄さん』どうもそう呼ばれると、気持ちが浮かれてしまう。

異世界に居た時には「亜人」だの「魔王」だの散々な呼び名を付けられており、一人っ子の俺には生涯無縁と思っていた呼び名。果たしてそんな呼び名で呼ばれて浮かれない人間が居るだろうか、いや居ない。(反語)

 

「お待ちどう、羊羮と珈琲だ。」

 

すると店主さんが注文の品を持ってきてくれた。うん、丁度話題も付きて来たし、ナイスタイミングだ。早速の甘味、有難く頂戴し、じっくり味わうとしよう。

 

 

「ありがとうございましたー! また来てね!」

 

活発に手を振る彼女を背中に、俺は家までの帰路を歩み始める。

 

正直言って、今日頂いた珈琲と羊羮に関しては絶品だった。もう美味いとかそう言ったレベルの問題でなく、最早あれは麻薬だ。絶対に数日後禁断症状が出て、完全に俺は『喫茶リコリコ』のリピーター確定だろう。

 

 それに、まさか助けたお礼に本当にご馳走してくれるとは思わなかった。あんなに美味い珈琲とスイーツを無料で食べれるなんて、もしかしたら今日は俺の人生最高の日かもしれない。そう思ってしまう程ツイている。むしろ明日嫌な事が起きるんじゃないかと疑うレベルだ。あんな美味い物をタダで食べれたなんて、罰が当たっても可笑しくないし、変な心配をしてしまう。打算的な意味で助けた訳じゃ無いが、人助けはするものだな。

 

 でも錦木千束か…白髪ボブの子…可愛かったな。確かにスイーツをご馳走してくれたのは嬉しかった。だがそれと同時に、今日彼女と話せた事も嬉しかった。何と言うか…彼女の活発さは見ていてとても元気が出る者だし、何より話していると楽しい。きっと彼女のコミュニケーション力の高さがなせる技なのだろう。

 

思えば女性とまともに話すなんて何時ぶりだろう。異世界で女性と関わる事なんて片手で数える事くらいしかった。基本的に人と出会ったら逃げられるか、まず戦闘になるのがデフォルトだった。帰って来て彼女の様な人間に会えた事はきっと幸運な事なのだろう。

 

生まれて久々に出会った活発な女の子、また珈琲を飲みながら話したいな……店に行ったら彼女に会えるだろうか

 

 いつの間にか下心を芽生えさせている自分が少し嫌な思いを抱いてしまう。だが新しく『喫茶リコリコ』に通う理由が出来た事に俺は胸を膨らませ、また近い内にこの店を訪れる事を決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 




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