イセカイ・リコイル 作:おじさん
DA本部 司令室にて
「……ふむ……」
ここの長であり、リコリス達の司令官である楠木は、一本の映像を眺めながら、静かに唸り声を上げていた。
昨晩撮影されていた監視カメラの映像。そこには端から見れば、普段から見慣れたであろう光景が流されている。
拳銃を手に入れ、近い内に蜂起する計画を企んだ者の粛清。その為に派遣されたサードリコリスは相討ちになりながらもターゲットを殺害し、任務を遂行した。
サードリコリスなど山ほど手に持っているDAにとって、彼女達は手駒に過ぎない。一人二人失っても、楠木が動じる事は無いだろう。
問題は派遣されたサードリコリスに起きた『異変』についてだ。
昨日、ターゲットは頭を撃ち抜かれ即死し、サードリコリスは肩を撃ち抜かれ、失血死しても可笑しくない程の重傷を負った筈だった。だが今日未明、そのサードリコリスを回収してみれば、肩の銃創は塞がっており、リコリスの意識もはっきりと回復していたのだ。
リコリスも証言しようにも、肩を撃ち抜かれて以降、ショックで気を失っており、この異変が残したものはこの監視カメラの映像のみ。映像には何処にも捏造された形跡はない。
流石の楠木もこれには頭を抱えた。自分が今まで信じておらず、鼻で笑っていた怪奇現象という存在。それが今目の前で起きているのだから。現在映像の解析をコンピューターAIであるラジアータに頼んでいるが、もう彼是4時間が経過している、明らかに異常だ。
「司令、入ります。」
するとドアが開き、秘書官の女性が一人入ってくる。その表情はどこか堅く、普段より緊張感を感じさせるものだった。
「どうした。」
「ラジアータの解析結果が出ました。」
秘書官の話しによれば、ラジアータは映像の最後の数秒間、倒れたリコリスの傍らで僅かだが人形の歪みを検知したらしい。しかし歪みから調べられる事は殆ど無く、解る事は監視カメラが無い方向に逃げられた事と、割り出された事から解る正体のおおそよの身長だけだった。
「人の形をした空間の歪み……しかもここまで少ないとは……光学迷彩か?」
解析結果に目を通しながら、楠木は呟く。
光学迷彩 ーーー日本にはあまり浸透していない技術だが、理論上ならばステルスでの最高技術となる代物。だが全身に覆う事が出来き、ここまで痕跡を残さないステルススーツなど聞いた事がない。それに、重傷を負ったリコリスの傷を数秒で治す技術……明らかにこの世の者とは思えない。
「……アラン機関?」
一瞬正体が頭に過る楠木だが、すぐにそれは違うと切り捨てる。
アラン機関ーーー世界各国の才能ある子供達を支援する、頭一つ抜けた技術を持った秘密機関。
しかし助けられたのはサードリコリス、ファーストならまだしも、ランクでは一番の下であるリコリスだ。お世辞にも才能があるとは思えない。
「となると、考えられるのは海外の諜報機関か?」
いや、ますますあり得ない。
リコリスと言う存在は日本国内でもほんの一握りしか知らないトップシークレットであり、国外にその情報が漏れない様に細心の注意を払うのもこのDAの仕事だ。それにもし仮に海外に漏れたとして、CIAなどの諜報機関がサードリコリスを助け、そのまま放置する道理など彼方側には全く無い筈。
「一体何者だ?」
再び頭を抱え、考え込んでしまう楠木。だがこの解析により、この異変は人の手により仕組まれた物である事が解った。正体が誰とも判断できない以上、自分が知り得るものではない第三勢力と見るのが妥当だろう。
それに相手は自分達より遥かに上の技術を持っている、下手に手出しすれば危険だ。となれば今出来る事は守りを固め、迎え撃つのみ。
「情報警戒セキュリティをLEVEL-5にまで上げろ。一瞬の隙も逃すな、必ず尻尾を捕まえろ。」
矢続けに指示を飛ばす楠木、突如現れた第三勢力、その存在はこの国、日本にとって扱い方によっては神にでも悪魔にでもなる存在である事を、この場にいるDAの者達は未だに知る由もなかった。
◇
「いらっしゃいませ。本日も純金の取引でございますか?」
「いや、今日は取引するかまだ決めていません。ちょっと鑑定して欲しい物が有りまして……」
昨日の騒ぎから一日経った今日。俺はいつも贔屓にしている質屋に、何時もとは違う用事で来ていた。‥‥と言っても、前々から考えていた事だが、たまたま予定が御破算になり、外出していたついでに済ませる機会が出来ただけだ。
俺が今日外出した本来の予定、それは喫茶リコリコに行く事だった。普段はこの質屋で純金交換を済ませてから寄るのが日課の店。だが今日それが逆転していたのは、他でもない、昨日の出来事が理由だ。昨日俺の目の前で、肩を撃ち抜かれながらも、男の頭を吹っ飛ばして撃ち殺したJK。彼女が着ていた制服は、初めて出逢った際に錦木千束が来ていたあの制服の色違いだった。少なくともあのJKが千束と何かしらの関係があると考えても可笑しくはない。
それを確かめる為に今日は喫茶リコリコに向かう予定だったが、生憎今日は臨時休業と来た。その為、仕方なく前々から気になっていた異世界から持ち帰った貴重品の鑑定をして貰う為に、俺は質屋へ来ているのだ。
「えっと‥‥まずはこの指輪何ですけど‥‥」
「成る程‥‥左様でございますね‥‥50円と言った所でしょうか。」
‥‥え?
思わず予想外の展開に『へ』と『は』の合間の声が出そうになる。
この指輪、一応魔石で作られた指輪で、それなりに彼方側では高価な代物の筈だよ? それこそ城一つポンと建てられる程に価値はある筈だけど‥‥
「50円?」
「はい、50円になります。」
マジかよ……まさかのワンコイン。魔石は魔力が自然と凝縮され、何百年己年月を掛けて結晶化したものだ。その性質上世界にも両手で数えられる程少ないって話だぞ。特に指輪などのアクセサリーは大国の王族ですら手に入れるのは困難なのに……50円って。
あ、もしかして。魔石ってこの世界に無いからこんなに安価なの? 魔力はあちらでは皆に普及し、生活の要になっていたものだけど、この世界にはマナが薄く、魔力と言う物が認識されていない。だからこんなに魔石が安価なのか?
だとしたら俺の痛恨のミスだ。異世界から持ち帰った所持品の中で1.2を争う高値だと思っていた物が、まさかそんなことが理由で50円という安価になっていたとは。やはり異世界で換金しておくべきだったな……
「すいません、それじゃあ取引は無しで‥‥」
内心溜息交じりに取引を断り、指輪をポケットに戻す。魔石の性質上何かしらの役に立つかもしれない。それに数少ない異世界からの物だ。思い出の品としてこの際保管しておこう。
質屋を後にすれば、まだ日が高い青空が眼に映る。
まだ午前中だが、特にやる事も無くなってしまった。今日はもう帰ろうか。
帰路に就き、俺が今暮らしているアパートへと向かう。俺が今借りているアパートは、2ldkで家賃8万円のそこそこ良い物件だ。今日はもう何もする事も無いし、この前大人買いしていたラノベでも読もうか。でもバイト探さなくちゃな‥‥
◇
だが数時間後、俺は再び外出する羽目になっていた。
「まさか、カップ麺切らしていたなんて……」
結局勉強するにも気力がなく、漫画やラノベを読み、スマホを弄る事数時間、時刻は午後5時。俺は腹が空き始めた夕方になって漸く食糧が不足している事を知ったのだ。
一人暮らしをしてそれなりに時間は経ったが、生憎自炊をしたことは一度も無く、全てインスタントやカップ麺で済ませている。ぶっちゃけ買って済ませた方が早いし、なにより料理すること自体めんどくさい。
異世界に行く前は母さんが料理してくれたけど、あの時の飯は毎日が楽しみだったな。特に餃子が美味かったっけ。アレその辺の料理店より具が多くて、餃子の日は学校が終わったら猛ダッシュで家に帰っていたっけ。あの頃の母さんが作ってくれた餃子、また食べたいな‥‥
近所のスーパーで買い物を済ませ、インスタントの餃子とカップ麺数店が入ったレジ袋を持って、帰路に就く。
学生達も部活帰りなのか、学ランを着た生徒達と道ですれ違う中、俺は彼らを少しだけ羨ましく思った。
彼らにはきっと家族がおり、家に帰れば出迎えてくれる者達が居る。だが俺にはそれがない。確かに今の生活は衣食住に困っておらず、金も有るし、娯楽も趣味も好きに楽しめている。だがどうにも満たされない唯一の要因、彼らが持っていて、俺が持っていない物、それは『家族』なんだ。
もう両親は何処に居るかも解らない。異世界に行く前に身内だった者達も連絡が付かない。俺にも……家族が欲しい。
正直あまり学ランの彼らを見たくない。羨ましくて何処か可笑しくなりそうだ。今日は少し遠回りして帰ろう。来た道を通らず、少し離れた裏路地を歩いて帰路に就く。すると路地裏の奥から妙な話声が聞こえた。
‥‥先客がいたのか? 彼らの迷惑にならない様に引き返したほうが良いかな?
だが直後、彼らの会話の内容が聞こえた瞬間、俺は思わず足を止めた。
『紛い物は一切なし、自動拳銃で一丁で12発まで撃てる。』
『そうか…ならここに有るので48発撃てるって事か。』
自動拳銃? 昨日の事と言い、色々物騒な事が多すぎる。取り敢えずこいつ等は犯罪者、現代社会で法を犯している以上放っておく事は出来ないな‥‥無力化して警察に突き出してやる。
光学迷彩を体に纏い、奴らに近付き始める。やはり拳銃取引だった様だ。買い手4人、売り手は3人。1対1で済む取引にここまで人が居る以上、おそらく警戒しての護衛が殆どだろう。俺はこの後の状況に備えて空間収納魔法から異世界で使っていた黒いロングコートと骸骨の仮面を着ける。
このまま光学迷彩を纏ったまま戦っても構わない。だがこの魔法は隠密用、カメレオンと同じ理論で光を屈折させ、周りの景色と同化しているに過ぎない。つまり飛んだり跳ねたり派手に動けば、普通に意味がなくなるのだ。その為戦闘になるならこの魔法を維持する必要は無い。だがこの状況だと意外と役に立つ事も有るのだ。それは‥‥
光学迷彩、解除
「うおっ! 何だお前!」
突如敵の前に姿を現して威嚇し、相手の意表を突ける事だ。
ここは広場ではない路地裏、大規模な魔法は使えない。となると格闘戦か。まずは先手必勝に限る。
俺は一人目の男の顎に風魔法で風圧を帯びた掌底を繰り出し、命中させて一気に意識を奪う。
「くそっ! 邪魔するなてめぇ!」
直後、背後からもう一人の男が銃を構えて俺を狙い、引き金を弾く。だが俺は逃げも隠れもしない。
奴がこちらに銃を向け、引き金を弾くまでの数秒間の間、俺は魔力障壁を展開し、体を覆う膜の様に展開させたのだ。結果弾丸は俺の身体に当たる事は無く、魔力で作られた鎧に遮られ、勢いを無くしポロポロと地面に落ちていく。
「コイツ!効いてねぇ! ボディアーマーか?!」
「怯むな! 撃て! 撃ち殺せぇ!」
魔力を感知できないこの世界の住人から見れば、俺はきっと何処ぞのシュワちゃんの様に、弾丸を食らってもビクともしない未知の存在として映っているのだろう。しかも威圧感の有る黒いロングコートに骸骨の仮面と来たのだ。ビビらない訳が無い。それが原因なのか、周りの輩は冷静さを完全に失っており、銃を俺目掛けて乱射して来る。
だが、しつこい様だが、俺の身体には魔力障壁が展開されており、拳銃程度なら傷一つ付けられない。おそらく機銃掃射でも障壁に傷一つ付けられないだろう。現に今、拳銃を乱射している犯罪者諸君は、全く効いていないのが信じられないのか、直立不動で立っている俺を見て唖然としていき、士気を上げるために出していた声も徐々に静まり返り、遂に弾切れになったのか、銃声も次第に止んでいった。
「……撃ち終わった?」
「バ、バケモンだ! 逃げろ!」
俺が軽く煽って見れば、相手は怯え、逃げ出していく。
さて、これからどう料理してやろうか。確実に被害を出さないでコイツ等をブチのめすには完全に抵抗できない様にしておくのが一番だ。悪趣味だけど、この手に限る。
「ハハハ、何処へ行こうと言うのかね?」
仮面の下で口角を上げながら、ゆっくりと確実に歩みを進めながら、犯罪者どもを追う。だが直後、路地裏のさらに奥へ逃げようとしていた彼らの頭に、彼岸花の様な赤い煙が舞い広がった。
「ん?」
独特な光景に俺は思わず視界を止めると、奥から一人の少女が出て来る。
「銃声聞こえたと思ったら、随分状況変わってるじゃん。」
あー、やっぱりそうだったか。
俺の目に飛び込んで来たのは赤色のJKの制服、白髪のボブカット。昨日喫茶リコリコで有ったばかりの少女、錦木千束が俺に銃口を向けて、そこに居た。
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