ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。 作:ソン
次の更新は……来年の春くらいかなぁ……。
12:00
ネルは戦場へ向かうヘリの中で、銃形態神機の最後の調整を行っていた。今から数分後には、既に作戦行動の真っ只中である。
偵察班より伝令が入ったのは、今から凡そ一時間ほど前。
作戦開始範囲までアラガミの軍勢が進行、進行ルートは道中での違いこそあるが、最終的な状況はセン・ディアンスの予測通りだった。
狙撃可能な神機を持つゴッドイーター達への召集。その行動は迅速に行われ、今こうして彼らは戦場へ赴いていた。
第一次攻撃、参加人数は凡そ三十名。ヘリは六機で、横一列の陣形を組み飛行している。
「副隊長」
「シエル、どうかした?」
シエルもネルと同様、狙撃型神機の適合者である。
最初は新兵だった彼女も戦いを重ね経験を積み、今では極東でも飛びぬけた能力を持つほどまでになった。
「いえ、その……少しおかしい事ですけど尋ねていいでしょうか」
「ふふっ、いいよ。そんなにかしこまらなくて。どうかしたの?」
周囲のゴッドイーター達も気持ちが落ち着いていないのか、ヘリの中を行ったり来たりしている。他のヘリの中も同じような状況なのだろう。
「副隊長は、こういう時どんな事を考えているのか気になって……。その、本当におかしな話ですけど……」
何だそんな事か、とネルは笑った。彼女は些細なことまで徹底的に考えてしまう。
短所と言えば短所かもしれない。だがその慎重な性格が、彼女の強みでもある。
「そうだなぁ……。守りたいって思ってるよ」
「守りたい……ですか」
「うん。私が守る覚悟とか決意なんて、容易く言えないのは分かってる。それでもね、やっぱり守るために戦いたいって思うんだ。皆の帰る場所だから」
ネルの戦う理由はそれだ。そのためにゴッドイーターとして戦ってきた。最初こそ、まだ自身が何のために戦うのかを見いだせていなかった。
そんな彼女も今ではブラッドどころか、極東支部でも突出した戦闘能力を持つゴッドイーターの一人に成長した。一部ではその戦いぶりから
「帰る……場所」
「うん、私の戦う理由はそれかな。きっとシエルにはシエルの戦う理由がある。だからそれを大事にしていこう」
ありがとうございます、と頬を朱に染めてシエルはシートへ腰を下ろした。
同時に天井のランプが点灯する。ヘッドセットを装着しろと言う合図である、
『作戦領域突入を確認。皆、ブリーフィングは覚えているかい? 超遠距離からの狙撃を行い、制空権を確保。そのまま、ロケット弾で掃討する』
ブリーフィング通りの内容だ。まずサイゴートやシユウと言った飛行タイプのアラガミを全て殲滅させる。どのアラガミの射程範囲外からの狙撃。それを可能とするブラッドバレッド『長距離狙撃弾』。センとリッカの二人による改良により、旧世代型神機にも使用が可能となった。
『そして、仕上げに特製のバレットを打ち上げて終わり。それで今回の作戦は終了する。そろそろ発射体勢に。まず狙うのはサイゴートだ。大体の飛行部隊はアイツに落とされる。だから落とされる前に落とす』
ヘリの扉を開く。眼前に広がるのは広大な空と大地だ。僅かな間、その風景に気を取られる。
神機のスコープを最大に。クロスバーに映るのは膨大な数のアラガミ。
「……思ったより多い」
視点を上にずらせば、サイゴートがそこらかしこを飛び回っている。確かにまずサイゴートを落とさねば近づけすらしない。
通常の任務では決して考えられない間合いからの長距離狙撃。当たるかは分からない。でも当てるしかない。
「ブラッド1、いつでも攻撃行動に移れます」
『了解。狙いはサイゴートだ。行動のリズムを今の内に観察してくれ』
サイゴートが動いている。まずは右に、そして左に。まるで八の字を描くように飛びまわっている。その軌道を何度も脳裏に刻み込む。
他のサイゴートへ。動きを観察――全く同じ。なら予測可能。
『皆、待たせたね。今、攻撃準備が整った。これは任務じゃない。アラガミとの戦争――僕達の文明を掛けた決戦だ。それを胸に刻んでおいてくれ』
小さく息を吐く。来る。間もなく来る。発砲のタイミングが。
息を止める。心臓が拍動の都度、跳ね上がりそうになる。
あと少し。あと少しだ。
視界が鮮明に。意識は切り取られたかのように、はっきりとする。
『一次攻撃隊――撃てッ!』
その号令と同時に引鉄を絞る。
吐き出された弾丸は大気を切り裂き、更なる加速を得て寸分たがう事も無く、サイゴートの身体を抉り取って絶命させた。
悠然としていたアラガミが左右を見渡す。だがあちらから見えるはずも無い。平均的なアラガミの視覚と聴覚は人間よりも遥かに劣る。すぐ傍でダッシュでもしない限り、気づかれはしないのだ。
死の行軍が止まる。
『攻撃を続行! パイロットは僕からの指示があるまでホバリングで待機!』
次々とサイゴートが落されていく。まるで七面鳥撃ちだ。
当たる。どんどん当たる。
次の狙いを、シユウへ。その頭部を吹き飛ばす――。
「ッ!」
空っぽのアンプルを引きずり出し、太腿のホルダーへ。ポーチから取り出した新しいアンプルを神機へ叩き込んで、リロードを。所要時間三秒――遅い。
獲物――アレは私の獲物だ。
再度放たれた弾丸は、シユウの頭部を砕く。
「サイゴート及び、シユウの殲滅を確認! 制空権確保しました!」
『各ヘリは単横陣で接近開始! 間合いを保つ事を忘れないで! 搭乗員は振り落とされないように気を付けて!』
スキッドに足を乗せて扉を掴む。見えていたアラガミとの距離がさらに縮まる。
肩にストックを当て、狙いを安定させる。さらにもう一撃――今度は中型種を絶命させた。
まるでアラガミの動物園だ。もし機内から振り落とされれば、餌食となり肉片すら残さないだろう。
――上等だ、やれる物ならやってみろ。喰われるのはお前達だ。
蹂躙する。次々と放たれる弾丸がアラガミを掃討していく。これならば、これならば今の段階でも十分に――。
『――撤収準備に入って! ブラストは“アレ”を用意!』
瞬間、息が切れる。滾っていた奔流が、静かな水流に変わっていく。止まっていた時計の針がようやく動き始めた。扉を閉めて、一息を吐く。
ヘリが反転し、アラガミの群れから距離を取っていく。死の行軍が遠ざかっていく。
『撃て!』
瞬間、オラクル弾が遥か上空へと上昇していく。よく目を凝らして見ると、何かが停滞していた。あれは制御の一種だろうか。
『各機、全速力で戦域から離脱して!』
ヘリの速度が増した。まるで何かから逃げるかのように。
「アレって……」
「改良されたブラッドバレット……」
さらに遠ざかるアラガミの群れ。そして――ネルは天空から複数の光が落ちて来るのが見えた。
――閃光が炸裂する。まるで爆弾がいくつも誘爆したのではないか、と思わせる程の衝撃が震動となって伝わって来る。
もし、アレに巻き込まれていたら――。
「ゴッドイーターと言えども、軽傷では済まないでしょうね」
「……」
ゾクリとする。体の芯が震えて止まらない。熱い。
――戦いたい。
『これで一次攻撃は終了。二次攻撃は今後の経過で判断する。――皆、お疲れ様』
15:00
「セン、偵察班から入電だ」
「うん、お願い」
「第一次攻撃の結果は、全体勢力の三分の一の掃討に成功。大型種、中型種共に被害甚大。行軍速度も遥かに低下しているとの事だ」
「……成果は上々だね。決して悪くは無い」
第一次攻撃開始から凡そ三時間が経過した。
第一次攻撃で、ブラストが撃ち込んだオラクル弾。アレは『メテオ』と言われる一撃必殺のオラクル弾。
強大な威力を持つ上に、攻撃範囲が甚大では無い。しかし、余りにも広すぎる攻撃範囲が仇となって、フレンドリーファイアーを誘発してしまうと言う諸刃の剣だ。何でも史上最速を名乗るゴッドイーターによって作成されたと言われているが、生憎そのゴッドイーターは姿を消していると言う。エディット機能を使いこなし作成されたバレットは多くのゴッドイーター達に使われているらしい。
今回のような大規模な作戦以外では決して使われないだろうし、屋内ではそもそも使用できない分、融通が効かないのが欠点だろう。
けれど、それが今回は大きく出た。まさか僕もここまで上手くいくとは思ってもいなかった。
「アラガミの配置は?」
「ラーヴァナなどの遠距離を得意とするアラガミが前線に出てきている。しかも大きく広がって、配置されているらしい。輪形陣となって行軍を開始してきている」
「……二次攻撃は中止。今度こそ落とされる。行軍速度が遅いのは、こちらのヘリを警戒しているからだ。もし偏差射撃でも喰らえば躱せない」
アラガミは学習能力が早い。何度も同じ戦法を繰り返してしまうと、それがアラガミ全体の習性に繋がってしまう可能性がある。
それにまだパイロットやゴッドイーターの疲労も取れ切ってはいないだろう。兵力の逐次投入なんて愚策中の愚策だ。戦力を磨り潰す事態になるのは目に見えてる。成果に捕らわれてこちらの優勢を潰すな。
「了解だ。今後はどうする?」
「……ジュリウスの意見は?」
「……俺としては、罠を仕掛けるべきだと考えている。アラガミは空ばかりに気を取られる。行軍速度も落ちている以上、ロケーションの絞り込みと、罠の準備、ゴッドイーター達の疲労回復及び神機の整備に時間を注ぐべきだろう」
「うん、全く同じ。ジュリウスは偵察班に連絡を、今は様子見程度でいいと伝えてくれ。整備班は僕の方から声を掛けておく」
「分かった」
ロケーションの絞り込み――今の行軍速度から考えると、多方面での交戦が起きるだろう。ならばそれも考慮して、ゴッドイーター達のチーム編成を考える必要がある。
「セン博士、いらっしゃいますか?」
「いるよ、どうぞ」
アリサさんが入室してくる。
彼女は第一次攻撃のメンバーには含まれていない。と言うよりもアサルトを使用するメンバーは、今回除外しておいたのだ。
今回の作戦にアサルトは不向きだし、無理に出撃させてしまえば、資源の無駄な消費に終わってしまう。
「作戦指揮、お疲れ様でした。成果は皆の耳に届いていますよ」
「そっか……。それは良かった。どうしてここに? 何かあった?」
「いえ、先ほど作戦参加者全員の治療が終わりました。その報告に」
「早いね、いい事だと思う。酷い怪我がいなくて良かった」
ふとアリサさんが僕の机の上に目を向ける。
丁度、メンバーの割り振りを考えようとしていた所だ。
「人員配置は私が行いましょうか?」
「……うん、お願い。僕にはちょっと向いてないね」
一次攻撃のメンバー抜粋もアリサさんの担当だった。長く極東支部にいる彼女の方が、ゴッドイーター達の事を分かっている分向いていると考えたからだ。
どうやらこれなら、ゴッドイーター達の方はアリサさんやジュリウスに任せた方がいいかもしれない。
「配置はいつも通りの基準で?」
「……うん、四人一組でバランスよくお願い。それと皆に通達してほしい事があるんだ。――明日は恐らく、ほとんどのゴッドイーターにとって最大の激戦になる。だから今日は必ず休息を取るように伝えて」
「――はい、分かりました。センさんもしっかり休憩は取ってくださいね。私達はオペレーターの皆さんのおかげで戦えていますから」
「……ありがとう」
部屋から退室していくアリサさんを見送って、僕は一息吐く。
もう一度考えろ。二次攻撃は中止。理由として、ラーヴァナなどの遠距離を得意とするアラガミが多い事。そして――あの場でマルドゥークなど、複数の感応種が目撃された事から、次からアラガミの反撃が来る可能性が予測できる事。特にパイロットはアラガミに急接近をするため、精神的な疲労が大きい。
もし攻撃を行った場合――アラガミに対して攻撃こそ与えられるが、成果は確実に落ちる。そしてアラガミは確実に対処をしてくるはず。その場合、確実に死者は出るし、ヘリを一機でも落とされれば複数の人員が同時に死亡する。――ならばその分の攻撃を後に回し、今は疲労回復に専念させ、今後の作戦を練るのが最善。
反省としては、作戦開始が遅かった――否、そんな事じゃない。まず攻撃の際も陣形を指示しておくべきだった。もしあの時、陣形を指示してから攻撃に移れていたら、まず間違いなく今以上の戦果が挙げられたはず。ここは完全に僕のミスだ。
これからは、地上での電撃作戦を繰り返す。今夜中にロケーションを絞り込み、襲来するアラガミの種類の予想に仕掛ける罠のタイプ、それぞれのゴッドイーター達が得意とする戦闘をスムーズに作戦に組み込むための配置、戦闘時陣形の把握、神機兵の投入地区と武装の確認――これらの事を全て、今日中に終わらせなくちゃいけない。相当な激務だ。
けれど今、誰もが自分に出来る事をやっている。だから、僕は僕に出来る事をやるだけ。
神機兵はいつでも出撃可能。思考切り替えは全てラケル博士に委任させてある。さすがに戦闘指揮と神機兵の同時操作なんて僕に出来る芸当じゃない。
「……」
アラガミの進行速度は遅い。これならば今日一日は、こちらの下積みを行っても何ら影響は無い筈だ。
戦いは、始まる前に何をしているかで全てが決まる。増してや相手は人外の群れ。こちらの常識は通用しないと考えた方がいい。
とりあえず今夜の指示は、避難した住人の様子の確認。戦闘ロケーションの抜擢。――これぐらいでいいだろう。
次の行動は二日目に向けてだ。もし明日の作戦で、僕が一つでも指揮でミスを起こせば必ず誰かが死ぬ。
させない。そんな事は、絶対にさせるものか。