ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。 作:ソン
こちらも不定期更新になっていくと思います。
「……ん、まぁこんな所かな」
僕はネルちゃんと共に螺旋の樹の調査を行っていた。
調査を開始してから一ヶ月が経つ。けれど、相変わらず何も分からない。
良くも悪くも状況は変化なしと言う事だ。ある意味それが良いのかもしれない。この謎を解明した所で、多分何も出来はしないだろうから。
「そろそろ帰りましょうか、センさん」
「うん、そうだね。前に比べると大分スムーズになってきたし……」
逆にスムーズになり過ぎて、荷物が簡単になってきているのだ。僕に至っては機材以外全て自室に置いているくらい。職員証とか引き出しの底に眠っている。
ん、と僕は首を傾げた。
螺旋の樹は濃霧によって区切られている。その濃霧を超えれば、全く別の環境が広がっていると言うのが、この螺旋の樹の特徴である。例えばある所は極寒だったりするのに、ある所は灼熱の大地であったりする。それが同時に存在している。
その濃霧の一つが何かおかしい。何て言うか、怪しい気配を感じる。だが感じるのは僕だけのようだ。
そうして、濃霧に触れた途端僕の意識は闇の底に堕ちるかのように消えていった。
「……センさん?」
落ちる。落ちる。ただ闇の中を落ちていく。
「……なるほど、貴方が」
聞き覚えのある声にうっすらと目を開ける。
金色の髪と黒いベール――紅色の瞳。脳に過ぎるのは一人の少女の姿。
だが名前を思い出す前に、意識は遠ざかっていく。
「――フフッ、また贄が一人……。どうなるか、楽しみですね。
さぁ、行きなさい。また新しい世界で会いましょう」
「……!」
目を開けると、眼前には螺旋の樹が広がっていた。痛む体を起こしながら、僕はそれを見上げる。どうやら螺旋の樹の前で倒れてしまっていたらしい。
感じたのは、違和感だった。――何か、何かが違う。空気に混ざる匂いがおかしい。見れば地面も慣れない色をしている。
「何だ、この感じ……」
空気も雰囲気も、何もかも似ている。けれど違う。決定的な何かが欠けてしまっている。
まるで、ピースは同じだけれども絵柄は異なるパズルのような感覚。ただ気持ち悪いと言う思いだけが渦巻いている。
「痛……!」
着ていた白衣には血が付着しており、その下には擦りむいたような傷が残っている。――そこから感じる痛みが、現実である事を教えてくれる。
痛み? 血? 傷が、塞がっていない。
「……。ダメだ、一回戻ろう」
一度極東支部に戻って、状況を整理しよう。色々な事があり過ぎて、整理しきれない。
あの黒い空間で出会ったのは、本当に僕の知るラケル博士なのだろうか。――声も姿も全て似ている。だけど、彼女もまた何かが違う。
ふと足音が聞こえて来る。見れば、フェンリルの警備達がこちらに向かって来ていた。――あれ、待って。何かおかしくないか。
「貴様ッ! どこから入った!」
……アレ?
うん、状況を整理しよう。
どうやら、僕は似ているようで似ていない、全く別の世界線に迷い込んだみたいだ。
眼前に広がるのは鉄格子――要するに懲罰房である。どこの懲罰房ではあるのかは分からない。何しろ窓が無いのだ。だから日の光も入り込んでこない。
僕が捕まった理由として、どうやら螺旋の樹は厳重管理区域であり、フェンリル関係者でも立ち入るのが難しいからだそうだ。そんなところに、部外者の立場である僕がいるなんて事になればそれは拘束されて当たり前だろう。あの警備兵達はただ自分の仕事をしただけだ。彼らを僕が責める理由なんてどこにも無い。
拷問されなかったのは幸運な事だろう。まぁ、それは今だけの話であるけれど。職員証があれば良かったけど、そんな事は今言ったって仕方ない。
――目線は膝に出来た傷跡。そこには瘡蓋がしっかりと張り付いている。
「……」
考える。僕の持っていた再生力が失われている。だからこうして負傷した。疲労感もしっかりとある。つまり、僕の体は弱体化している状態にある。
それに加えて多分、元の立場も無いから部外者も同然。つまり、僕自身の立場は使えない。
「……」
一人。何もない。仲間もいない。設備も無い。僕を守るモノはもう何もない。
けど、心だけは落ち着いている。そうだ、僕の周りにはもう何もないけれど、まだこの体だけが残っている。
ならば出来る事をしなければ。
「何とか、帰らないと」
どうやって? あの螺旋の樹が関係しているのは確かだ。だけれど、そこまで行くには現在地も分からないし、その後の行動も分からない。それに加えて今の僕が単身でアラガミに挑むのは自殺行為に等しい。
だとすれば今はこのまま、ただ時間が過ぎるのを待つしかない。何とか凌いで、それから――。
「貴方が螺旋の樹に忍び込んだって言う人?」
「貴方は……」
「私はサラ。サラ・ディアンス。よろしくね」
途端、僕は思わず思考を止めた。
目の前にいる女性。長い黒髪の人物はそう言って、微笑んだ。
サラ・ディアンス。
見ればその表情は、どこか僕と似ている気がした。
思わず声が詰まる。ディアンス――その名を持つのは僕。そして目の前でそれを名乗る女性。手首にはゴッドイーターを示す腕輪がはめられている。
彼女に僕は返事を返す事が出来なかった。
「一応、この支部でゴッドイーターをしてるよ。とは言っても、ゴッドイーターなんて小規模な人数しかいないけどね。ほとんどは最寄りの極東支部が担当してるから、私達はもっぱら訓練担当」
「えっと……」
サラさん―ともかく、今はそう呼ぶ―はそう言って、また笑った。
鉄格子の前に座り込んで、僕に手招きをする。僕も目線が同じ高さになるように、座り込んだ。
「貴方、名前は?」
「セン、です。ちょっと本名は色々あって、思い出せません」
「――!」
「あの……」
「あ、……そっか、セン、か。――家族は、いたの? 顔とか覚えてる?」
「……その、実は家族の顔は覚えてません。けど、母親のように僕を育ててくれた人がいます」
僕の返事に、サラさんは少しの間沈黙する。
その表情からは何と言うか、複雑な感情があるのだと見てとれた。センと言う名前に、何故か反応しているようにも思えた。
そうして彼女は頷く。
「――そっか、分かった。じゃあここを案内するよ」
「……えっ?」
僕が立ち上がるよりも早く、サラさんは鉄格子の扉を開けた。
……あれ、鍵使ってないよね?
「だって、鍵なんて元々無いよ。センがここに来るって、私もついさっき知ったし」
「セキュリティ甘いですね……。そう言えばここは、どこなんですか?」
「――ここは、ネモス・ミュトス。ネモス・ディアナをモデルに作られた平和の街。居場所を失くした人たちが集う避難所。まぁ、サテライトの一種だね。
螺旋の樹を調査する部隊の駐屯地にもなってるんだ」
サラさんの後を追って、外に出る。
差し込んで来るのは眩しい日光。青い空。彼方を見れば螺旋の樹がある。
「でも、サラさん。こんな事していいんですか? 僕は捕まった身で――」
「『捕縛者に関しての処遇はそちらに一任する』。センを解放して人員に取り込むって決めたからね。つまりそういうコト」
「……まさかこの支部の責任者って」
「あー、私は副だよ、副。要するに二番目。支部長はもうすぐここに来るから」
思わず耳を疑った。
ゴッドイーターが支部の長或いはそれに近い所に着くなんて聞いた事が無い。
それほど、人員が貧困しているのかそれとも――。
「おーい、ロゼル。こっちこっちー」
「――お、いたいた。話は聞いているよ、キミが極東支部から送られて来たセン君だな」
現れたのは黒い短髪の男性。見た目からして成人は確実に超えていそうな位。精悍と言う言葉が似合う程、体格が整っている。
ロゼルさんもサラさんと同じように笑顔を溢して、僕の肩を叩いた。大きくてゴツゴツした、けれど温かい手。
「いやぁ、ここは人員に喘いでいてな。来てくれて本当に助かるよ!」
「えっと……貴方は」
「あぁ、そうだ。挨拶がまだだったな。俺はロゼル・エンミティ。ここの支部兼ゴッドイーターの統括をさせて貰っている。
早速だが、セン君は何か特技とかあるかな。今はどこの場所も不足していてな。猫の手も借りたい程なんだよ」
「……一応、研究なら得意です。後は、オペレーターもそれなりに……」
「ほお、凄いじゃないか! こいつは助かるぞ! ウチのオペレーターはキツいのしかいないからなぁ」
「ロゼルー、また小言来るわよ?」
「はっはっはっ、そいつは困るな。と、言う事でセン君、君は今から研究室配属だ! よろしく頼むよ! ここから大分離れたところにあるからな。サラ、案内してやってくれ!」
そう言って、ロゼルさんは豪快に笑いながらどこかへ去っていった。
……何というか、凄く個性的な人だ。
ちらりとサラさんを見ると溜息を吐いている。
「ごめんね、セン。あの人、少し偏屈でね。ゴッドイーター以外は扱いがちょっと雑になるの。悪い人では無いのよ、きっと、多分」
最後が不安なのはどうしてなんだろうか。
まぁ、それはともかく。
ここネモス・ミュトスでの生活が幕を開ける。何とかして元の世界に帰らなくては。
後は、サラ・ディアンスについても。
主人公の姉……あっ(察し)