ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。 作:ソン
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ネモス・ミュトス。
それは何と言うか、理想に近い場所でもあった。
ロゼルさんの敏腕もあるのか、活気はネモス・ディアナよりも大きい。
また地理的にも極東支部が近く、安全面・生活面共に高い水準にある。ゴッドイーターの質と量についてはさすがに極東支部が上回っている。
僕は技術職とオペレーターに携わっているものの基本的にやる事が無い。自分のデスクに座り、ただ一日資料を眺めてはそれを整理するだけの日々だ。最早事務作業である。
やろうと思えばある程度の成果を出して、極東支部に異動を図ると言う事も出来なくはない。
けれど、それが出来なかった。――どうしても気にかかる人がいるから。
「やぁ、今日も元気そうだねセン」
「お疲れ様です、サラさん」
サラ・ディアンス。僕と同じ苗字の持ち主。このネモス・ミュトスにおいて、副支部長とゴッドイーターの双方を兼ねている。
戦績の方も極めて高く、実力的ならば極東支部のベテランにも匹敵する程。
「えっと、この後時間ある? 無いなら無いでもいいんだけど……」
「時間、ですか? その、ある分にはありますけど」
どうにも彼女の前だと上手く口が回らない。
黒く長い髪に、大人びた表情。僕より背丈は少し高い。そして周囲の職員からは、顔立ちが似ているとまで言われている。仕草や笑い方までそっくりだそうだ。
もし同じ服装で同じ髪型なら、よく見るか声で判別するしかない程とまで。
――ここまで語れば、僕の予想は当たっている。
彼女、サラ・ディアンスは僕、セン・ディアンスの姉に他ならない。けれど、それを口にする勇気が無い。いや、多分僕は口にしてはならない。
それを口にしてしまえば、もう戻れなくなってしまう。
「良かった。ネモス・ミュトスを案内しようと思ってね。ほら、セン君初めてだろうし色々と教えて上げたいし――その、私もゆっくりこの街を見たいから」
「……はい、分かりました。僕で良ければ、喜んで」
違う。僕が口にしたいのはそういう言葉では無い。
――貴方に、弟はいますか?
ただそう問うだけでいい。良い筈なのに。
口は全く動こうとはしなかった。
「ほら、そこ。段差あるから気を付けて」
「え、はい」
サラさんと共に、ネモス・ミュトスの街を歩いていた。
周囲には元気に走り回る子ども達や行き交う人々の姿。そして任務上がりなのか、体を休めているゴッドイーターの姿も見受けられる。その顔の中にはいつも僕と遊んでいる子どもの姿もあった。
「着いたよ、ここ。私の一番のお気に入りの店。あ、おばあちゃん。いつもの奴を二つ頂戴」
「はいよ。あら、珍しいね。サラちゃんが男の人と歩いてるなんて」
「新人さんだよ。私達の新しい家族」
ねっ、とサラさんは笑顔で僕の方に振り向いた。
その屈託な笑みに、思わず頷いてしまう。
――ふと、その髪に小さな木の葉が一枚着いている。何を考えるまでも無く、ただその葉っぱをそっと取った。
「……あ」
「優しいんだね。本当に家族みたいじゃないか」
「……いや、その、これは、とくに他意は無くて。ただ一番傍にいたのが僕だったから、僕が取らなきゃっ、て」
次々と出る言葉に、考えが纏まらない。その内、口も閉じてしまった。
「……そうだよ、おばあちゃん。本当に、私の弟みたいでしょ?」
「そうだねぇ。優しそうで、頑固そうな所がそっくりだよ。ほら、お待たせ。家族二人でゆっくり食べるんだよ」
「ありがとう」
「ありがとう、ございます」
手渡されたのはソフトクリーム。僕の記憶にあるモノと比較するとコーンはボロボロで、クリームも色が薄い。
けど、何故か僕は温かさを覚えていた。ラケル博士やブラッドの皆と一緒にいた時とは異なるモノ。
手短なベンチに二人で腰かける。
「……迷惑、だったかな。勝手に家族にされて」
「そんな事は無いです。寧ろ、僕はここにいていいんだ、と思えてほっとしてます」
「そっか。なら、良かった」
場を支配するのは沈黙と静寂。ただ周囲の人々の声が、忙しなく響いている。
「私ね、弟がいた筈なんだ。ずっと昔なんだけどね。その頃はまだ父さんと母さんも生きてて。私はまだゴッドイーターに成り立てだったかな」
「……ベテランなんですね」
「そうでもないよ。上の人がどんどん死んじゃうから、人手が足りなくなっただけ。最初は苦しかったよ。何で、ゴッドイーターになったんだろうって。成りたくても成れない人だっているんだから、その人達がなるべきだって思った」
何も言えなかった。
元の世界での僕はゴッドイーターの適性自体が無かったから。理論上、僕は神機を使う事は出来るけど、使う事しか出来ないからゴッドイーターとしての身体能力は無い。だから役立たず同然。
サラさんは違う。僕と同じ苗字であり、そしてゴッドイーターの適性を持っている。それが、どこか悔しかった。もし僕にゴッドイーターの適性があれば、彼らの隣に立てたのに。
「最初は泣きながら戦った。多分、死ぬのが怖かったのかな。でもある日、ふと涙が止まったんだ。今でも覚えている。防衛任務の時だった。
子を抱いて逃げる女性とそれを庇う男性。そしてそれを追うアラガミ。
無我夢中だったよ。けど、その時分かったんだ。
――私は守るために、ゴッドイーターになったんだって。結果的に防衛任務は成功。支部の皆がお祝いしてくれたのが、ただ嬉しかった」
「……」
分かってしまった。残酷な事実に、辿り着いてしまった。
例え告げられる事は無くても、断片さえ探れば人は結論に到達する。けど、その結論は――。
「その先はもう言わなくて――」
「――ありがとう、心配してくれて。でもこれは私の我が儘だから。もう整理はついてるから大丈夫」
笑ってサラさんはそう言った。
僕は何も言い返せず、ただ黙る事しか出来なかった。彼女の瞳が、強い決意を秘めていたから。
「それから母さんは子を授かったって話を聞いた。それが私の弟。名前は私が決めていいって言われたんだ。
せっかく極東にいるんだし、漢字を使いたいって思ったの。極東の漢字は意味が込められてるから。実は私も漢字を使った名前なんだ。だから一緒に出来るって喜んだなぁ。
最初はとっても悩んだ。優しい子になって欲しいし、真っ直ぐとした芯の強い子にもなって欲しい。けど、痛みが分かる人にもなって欲しいし、友達がたくさんいる子にもなって欲しい。願いが膨らめば膨らむ程、どんどん決まらなくなっちゃって、同僚に相談した事もある。
――こんなご時世で、いつどうなるか分からない。けど、優しく、真っ直ぐ生きて欲しい。
そうしてまず私が考えたのは『善』と『前』。けどね、前者は実直すぎるし、後者は人の名前じゃなくて単語として使う事が多いって言われたんだ。
次に考えたのは、たくさんの人が傍にいて欲しいから『千』。けど調べたらキリが無くて。
どれにするか、両親に聞いたらね、こう返されたんだ」
“名前の字なんてどれでもいいのよ。結局親は子よりも先に亡くなるもの。だから名前に願いを込めるの。ただ、強く、真っ直ぐ生きてくれて欲しいって。
貴方に付けたサラって名前も、『冴える愛』って意味で付けたのよ。だから、この子にも一杯悩んで、たくさんの願いを込めて上げて。それが親から子への、愛の証だから”
「そして、こう思ったんだ。私の選んだ名前はどれも、強い意味がある。だから、全部意味を込めたいって。
だから、あえて読み方で名前を付けたんだ。私が選んだ漢字に共通する読み方で」
――セン。
――セン・ディアンス。
「それが私の付けた名前。生まれてくる弟に込めた願い。
私が、弟をその名前で呼べる日は、来なかった。アラガミに襲われて、駆けつけた時にはもう何も無かったよ」
……心臓が止まりそうだった。
僕に姉がいたと言う話は聞いた事が無い。正確に言えば、幼少の記憶なんてあるかも怪しい。
けど、サラさんが語ったのは、紛れも無く僕の名前だった。
「その、僕――」
「こんな話をしてごめんね。ただ同じ名前ってだけなのに。
ただ、私に弟がいたらきっと、貴方の様な人なのかなって。そう思わずにはいられなかった。
ありがとう、最後まで聞いてくれて。それじゃあ、またね。――セン」
そうして、去っていくサラさんに見送って。
僕は頭を抱え込んだ。
結局、僕は何も出来ていない。サラさんが本当の家族だって言うのなら、その苦しみを和らげることが出来る筈なのに。
ただ彼女の苦しみに甘えて、自身を正当化しているだけじゃないか。
「いつから……」
食い縛るような声でそう呟いた。
「いつから僕は、こんなに弱くなった」
人一人助ける事すら出来ない。
「――あぁ、準備は整っている。
皆には申し訳ないが、これも必要な犠牲だ。
ただ、世界のために死んでもらう。悲劇の人生で幕を落とすだけさ。
何、心配はいらない。元よりこの命など、とうに捨てた身だ」