ゴッドイーターになれなかったけど、何とか生きてます。   作:ソン

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原点回帰。


RB編3 愛の証

 ネモス・ミュトスの生活にもようやく慣れて来た。

 時折、本来の目的を忘れそうになるほど、この場所での生活は僕を蝕んでいる。それは葛藤としか言いようが無かった。

 結局、結論は出ず行動も起こせず、ただ徒に時が過ぎるばかりだった。

 

「……新入り、聞いてるか?」

「あ、あぁ。聞いてますよ、先輩」

 

 僕は同じ部署の先輩職員と食堂で昼食を取っていた。

 余った仕事を只管押し付けて来る先輩。時折嫌味も言うけれど、ある意味僕と打ち解けている人物の一人だと思う。

 嫌味も先輩から後輩への親しみの証だと思えば、存外慣れる。

 

「何でもよ、今極東支部に本部が探り入れてるのは知ってるよな?」

「ええっと、情報管理局、でしたっけ」

「そう。で、そこの局長がアイザック・フェルドマンである事は?」

「一応、耳に入れてます」

「じゃあ、そのフェルドマンと俺が同級生って事は」

「予測はしてました」

「そうかぁ……。お前は見る目あるぞ、セン!」

 

 シラフでこの絡みだ。面倒臭いと思う事はあるけど、くれる情報は有用なモノが多い。

 この世界での知識も、先輩からの情報で補完したモノばかりだ。

 まずブラッド隊だが、この世界にも存在する。隊長はネル・カーティス。これも変わらない。

 だが――ジュリウスは存在しない。ロミオも同様。赤い雨でロミオが死亡し、ジュリウスが脱退。その後、神機兵の教導に力を注いだ。――この後は様々な憶測があってはっきりしていない。

 親しかった筈の友人が、二人も死亡していると言う事実に僕はただ言葉を失うしか無かった。

 そしてラケル博士の死亡――。これが一番応えたかもしれない。事情を話せば理解してくれそうな人がいないと言う事だから。

 ジュリウス、ロミオ、ラケル博士。この三人が亡くなったと聞いた夜は、寝付けなかった。

 

「見ろ、セン。フェルドマンが演説するぜ」

 

 食堂に置かれている古いテレビには、映像が映し出されている。

 螺旋の樹を背後に、壇に立つ一人の男性。高い身長に広い体格。纏う雰囲気は厳格そのモノ。

 情報管理局局長、アイザック・フェルドマン。

 モニターを通していると言うのに、その威圧感を生身で受けているかのような錯覚を抱く程。

 体の震えが止まらない。――久しく忘れていた直感が、何かを捉えている。

 瞬間、強い揺れがネモス・ミュトスを襲い、後頭部に強い衝撃を感じながら僕の意識は途切れた。

 

 

 

 

「……!」

 

 意識が覚醒する。そうして耳に入ったのは、まず悲鳴だった。パチパチと何かが焼けるような焦げた臭い。

 ――反射的に背後へ体を起こす。途端、すぐ傍で咢が重なる音がする。

 

「オウガテイル……!?」

 

 食堂にアラガミが侵入していた。小型のアラガミ、オウガテイル。その口元には血が付着している。

 そしてその後ろには、さっきまで食事をしていた先輩の上半身が転がっている。――それだけじゃない。周囲はもう、死体で溢れていた。

 出口は瓦礫で塞がれている。逃げ出せなかったのだ。ここから出れるのは、オウガテイルが侵入したと思われる穴だけ。けれど通れるのは人一人が限界だ。

 奮える息を無理やり押さえつけて、四肢に力を入れる。

 オウガテイルが雄叫びと共に突進――床を転がって避ける。衣類に血がべっとりと着いたが、今はそんな事に構っている場合じゃない。

 

「――シッ!」

 

 繰り出したのは回し蹴り。体が覚えていた一連の動きは澱みなく、オウガテイルの胴部を捉え――吹き飛ばした。

 

「! やっぱり、身体能力が上がっている」

 

 けれど再生能力は無い。喰われれば、そこで終わりだ。倒しきる事は出来ない。ただ時間を稼ぐ事だけ。

 体を起こしたオウガテイルから距離を置いて、僕は出口から飛び出した。

 

「……何だ、これ」

 

 ネモス・ミュトスが燃えている。燃え盛る炎は逃がさないと言わんばかりに、この街を包囲していた。

 住民が炎を消そうとしているけれど、一向に消えず、その隙をアラガミに捕喰されていく。

 周囲を見る。ひとまず支部まで行かなければ、僕は何も出来ない。まずそこで情報を集める必要がある。

 

「……っ!」

 

 見覚えのある老婆の死体。僕とサラさんにソフトクリームをくれた人。

 そこから目を背けるようにして、燃え盛る街の中を走った。

 逃げ惑う人々。ゴッドイーターの姿は見えない。

 

「まさか、演説の警備に……!?」

 

 だとすれば、この被害にも納得が行く。この街は、アラガミの餌箱でしかなくなった。

 全力で走って凡そ数分。ようやく支部に辿り着いた。周囲には避難しようとする人々で溢れているけれど、ヘリは全て駆り出されている。陸路で逃げるも、炎で封鎖されているため不可能。

 このままでは死者はますます増えるばかりだ。

 中に入ると、必死に外部と連絡を取っているオペレーター達の姿があった。怒号が響いている。

 

「二番街を封鎖しろ! この場にアラガミを入れるな!」

「……っ、ダメです! 信号を受け付けません!」

 

 傍にいたオペレーターの女性。機材を必死に調整している。

 

「神機使い到着まで、後どれくらいですか!?」

「不明です……! 回線が全て途切れて、外部と連絡が取れないままなんです!」

「!」

 

 それは最悪の報告だった。

 連絡も取れない。避難する手段も無い。そして今も尚、増え続けるアラガミ。

 今人々は支部の周囲に集まっている。このままだとアラガミが支部に到達し、内部も蹂躙されるだろう。

 

「ぁぁぁぁぁっ!!」

「!」

 

 一人のオペレーターが持っていた拳銃を自身の額に当て――躊躇なく、引鉄を引いた。

 それを見て、何人も同じように自害していく。アラガミの牙に喰われるか、ここで自ら命を絶つか。

 ピチャ、と頬に血が着いた。さっきまで話していたはずのオペレーターも、同じように命を絶っていた。怒号が飛び交っていたオペレーター室が嘘のように静まり返っている。

 

「……っ!」

 

 ヘッドセットを取り、チャンネルをネモス・ミュトス内部に合わせる。

 外部への通信は遮断されているが、内部ならまだ通じる。

 

「警備班、聞こえますか!?」

 

 応答は無い。恐らく、警備も全滅。

 この支部の屋上までの入り口は全て電子ロックで封鎖されている。それを解除し、屋上まで全ての扉を解除した。

 チャンネルはこの支部の外部放送。

 

「扉のロックを全て解除しました! 急いで中に入って、屋上まで避難してください! 一人でも、多く、中に!」

 

 それからほんの僅かな間を置いて、避難していた人達が支部の中に流れ込んで来る。細い場所ならば、アラガミの動きを制限出来る筈。屋上までそれなりの道のりはあるため、今すぐには襲われないだろう。

 少しでも多くの人が、助かりますように。

 

 

 

 

 ネモス・ミュトスがアラガミの強襲に会った。

 その場所から溢れるようにして、極東支部にもアラガミが迫ってきている。

 全てのゴッドイーターに出撃命令が下され、サラやロゼルはネモス・ミュトスへ向かっていた。極東支部のゴッドイーターは、突如現れたアラガミに対抗するため、そこの防衛を任されていた。

 やがて見えたのは赤い街。ネモス・ミュトスから、黒煙が上がっていた。彼らの耳に、街の惨劇の知らせはなかったのだ。

 ただ、アラガミが迫っている。そう思っていた予想は、地獄によって容易く覆された。

 

「……!」

 

 ヘリの扉を開け、数名のゴッドイーターが神機を構える。長距離からの狙撃――間合いとして充分な程。

 そこから幾度も行われる狙撃。着弾したかは不明。

 爆発音があちこちから響いている。多くの人が生きていた建物が、また一つ倒れていく。

 

『――聞こえますか、応答願います!』

「! こちら、アルファ隊だ! 今、向かっている」

『良かった……! 到着予定は!?』

「もう街は見えている!」

『支部の中に民間人を避難させています! ゴッドイーターの投下を確認したら、支部の屋上に向かってください!』

「了解した!」

 

 足元には火炎が広がっている。炎に血だまりが混ざっているのが見えていた。

 

「三十分だ! 規定時刻になり次第、回収地点に集合しろ!」

 

 その言葉と共に、多くのゴッドイーターが地獄へと身を投じた。

 

 

 

 

「……ここも、ダメか」

 

 ヘッドセットを付けたまま、僕は支部の外へ出て人を探していた。

 生存は絶望的だが、まだいない訳では無い。

 一人でも多く、この地獄から生きて返さなくては。

 助けられたのは三人ほど。その十倍以上の死体を見た。その中に見覚えのある顔がいくつもあった。

 

「……! セン!」

「姉さ……サラさん!」

 

 神機を手にしたサラさんが駆けよってくれた。

 その刃にはかなりの血が付着していて、多くのアラガミを手に掛けたのが分かった。

 

「良かった……。怪我は無い?」

「うん、今の所。サラさんこそ、怪我は?」

「私は大丈夫。セン、貴方も早く避難を」

『メーデー、メーデー! 撃ち落とされた! クソッ、すまん! 替えは連絡をしてあ――』

 

 ヘッドセットから聞こえたのは、悲鳴と爆音。空を見ると、旋回していたはずのヘリが煙を上げて落ちている。避難していた人が空中に投げ出され、アラガミに喰われ、地面に叩きつけられていく。

 言葉を、失った。

 やがて獣の呻き声が、聞こえた。赤と金に身を纏うアラガミ。遠距離に優れた攻撃手段を持ち、集団戦では厄介なアラガミの一つ。ラーヴァナ。

 

「セン、下がって!」

「……! ラーヴァナ。サラさん、僕がオペレートします」

「……助かるよ」

 

 

 

 

 ラーヴァナはすぐに倒れた。

 サラさんにも怪我は無く、僕達は支部を目指していた。

 

『誰でもいい、聞こえるか!?』

「ロゼルさん!」

『その声は……センか! よく無事だったな!』

「ラーヴァナのせいで、電波が途切れていました! サラさんも傍にいます!」

『そいつは良かった! いいか、よく聞け。今、この街に残っていて生存が確認できているのは俺と君とサラ。この三人だけだ。

 支部はもう誰もいない。さっきのヘリの墜落を受けて、残っていた同僚を撤退させた。幸い、ゴッドイーターは全員の生存が確認されている』

 

 ラーヴァナは電波を妨害する。先ほどまで交戦中だったため、僕とサラさんの生存確認が遅れたのだろう。

 それを受けて、ロゼルさんがわざわざ残ってくれたのかもしれない。

 

『今から俺は支部を目指す。そこで合流しよう。そこで回収用のヘリが来るはずだ』

「分かりました。あの、ロゼルさん」

『どうした?』

「ごめんなさい。僕は……この街の人を助けられませんでした。

 ロゼルさん達に助けて貰った恩がありながら、このザマです」

『……気にする事は無い。セン、君がいてくれたからこの被害で収まった。下手をすれば民間人が全員死んでいたかもしれないんだ。……支部長として礼を言う』

 

 ……心が少しだけ軽くなった。

 ありがとうございます、と言って通信を終える。

 

「……セン」

「その、サラさんもありがとうございます。本当に助かります」

「……立派に、なったね」

 

 そうして支部に足を踏み入れると、中にはどこからか上がったのか炎が充満している。

 人が焦げた臭いが、鼻を突く。火災が支部の中にまで発生している。そうして、ドアに手を掛けて、開けた瞬間僕は容赦なく吹き飛ばされた。

 

「――セン!」

「っ!」

 

 バックドラフト――。業火に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。肺の空気が全て押し出され、意識が蒸発しそうになる。水分を失ったためか、意識がはっきりしない。

 

「セン、大丈夫!?」

「……何、とか。それよりも早く上を。このまま、だと、倒壊します」

 

 

 

 

 

 

 幸い、意識混濁で済んだ。もし普通の体であれば火傷、最悪死ぬ可能性だって有り得た。今ばかりはこの体と幸運に感謝する他ない。

 サラさんに肩を貸してもらい、支部の中を進んでいく。

 あちこちには自決したであろう人々の亡骸があった。

 

「……今更だけど、僕の本名言ってなかったですね」

 

 ふと、そんな事を思い出した。

 何故か言わなくてはならないと言う思いだけが込み上げて来たから。

 もしここで言えなかったら、きっと後悔するから。

 

「僕は、セン・ディアンスって言います。貴方と同じ名前です」

「……そっか。やっぱり、そうだったんだね」

「……でも、僕は貴方の弟じゃ」

「知ってるよ、どこか遠い所から。私じゃ考えられない所から来たんだよね」

 

 息が詰まりそうだった。

 この人は、最初から全部気づいていたのだろうか。

 

「……ありがとう。私の、家族ごっこに付き合ってくれて。凄く嬉しかったよ」

「家族ごっこなんかじゃ、ないですよ。

 貴方から名前の意味を聞いて、ようやく確信出来た。僕は愛されていたって。初めて、自分を、掛け値無しに誇りに思えた」

「……」

「だから、周りが何と言おうと。僕は信じる。例え何かが違ったとしても、血が繋がっていなかったとしても。――貴方は、僕を愛してくれた家族だって」

「……幸せだなぁ、私。貴方の様な弟を持てて、本当に」

 

 やがて屋上に辿り着いた。

 そこは何も死体も無く、ただヘリポートだけがある。

 ロゼルさんが既にヘリの傍にいて、こっちに目線を寄せていた。

 後、ヘリまで少し――。

 

「サラっ! 後ろだ!」

 

 背後を見る。赤いサリエル――見た事も無い種類が、宙にいた。その瞳をこちらに向けている。

 躱せない――そこまで考えた途端、僕の体は前に優しく投げ出されていた。

 

 

 

 

 セン・ディアンス。

 私が呼んであげられなかった、大切な弟の名前。

 私の肩を借りて必死に歩いている。瞳は強く、確かな光を秘めていて。

 けれど、人に優しく、街ではよく子どもと遊んでいる光景を見ていた。

 私の自慢の家族。大切な、かけがえのない。

 

「サラっ! 後ろだ!」

 

 ロゼルの声よりも、私の体は動いていた。神機の装甲展開は間に合わない。

 

 ――やらせない。この子だけは。

 

 背中から感じる小さな衝撃と軽くなった腹部。少し遅れて、血が喉から逆流する。

 

「サラ……さん……」

「セン、大丈夫……?」

「何で、僕なんかを」

「だって、家族、だから……ね」

 

 ――私の弟だけは、殺させない。

 この命に代えて、必ず守る

 神機を振り絞って、背後にいるアラガミへ。あのサリエル目掛けて投擲する。

 額を貫かれたサリエルは、宙を左右へ彷徨い、やがてオラクル細胞を纏って我武者羅に動き出した。

 あれがこの支部に直撃すれば、間違いなく崩壊する。そして私はもう確実に助からない。

 この傷で、処置を受けるまでの時間を考えれば、もう不可能だ。

 それでも、もう先が無いこの体でも、貴方だけは返してあげないと。ようやく会えたんだから。

 

「ロゼル。センを、お願い」

 

 ロゼルは歯を食いしばって、小さく頷いた。

 そうして、茫然としていたセンの体を、私は抱きしめた。

 

「……姉、さん」

「……ようやく、呼んでくれたねセン。でもごめん、もう時間が無さそう。だからこれだけは伝えさせて」

 

 

“貴方をずっと――愛している”

 

 

 貴方を心の底から愛している。だから、この命に代えても、貴方を守る。例え死んだとしても、また形を変えて必ず貴方を守り続ける。

 それが私の、愛の証。

 

「さぁ、行きなさい。どうか、振り返らないで」

 

 ヘリが飛ぶ。ロゼルがセンの手を掴んで――無事、二人とも離脱した。

 何かが衝突する音。そして支部が崩壊する。

 

「――姉さぁぁぁんっっっ!!!」

 

 ごめんね、セン。必死に手を伸ばしてくれてるけど、もう体がほとんど動かない。もう貴方を、抱きしめる事も出ないね。もっと一杯、話したかった。もっとたくさんの言葉を伝えたかった。でも、貴方が生きてくれるのなら、それだけでいい。

 この先、道が少し横に逸れても、大丈夫。貴方の事だから、また真っ直ぐに進んでくれる。だって私の弟だから。家族だから信じられる。

 

 

“ねぇ、サラ。弟の名前どうするの? 貴方、色々悩んでたけど”

“決まったよ。えっと、まず色々候補はあったんだ。まず『善』”

 

 優しくて

 

“善ね。良い名前”

“そしてもう一つは『前』”

 

 真っ直ぐで

 

“前。いい意味ね”

“次は『千』”

 

 たくさん友達がいて

 

“色々あるわね。どうするの? 名前”

“うん、結局これに決めた”

“なら、一杯愛してあげなさい”

 

 私の大切な、家族。

 

「――セン」

 

 

 

 ありがとう。貴方のおかげで、私は満足して――。

 

 

 

 あぁ、ダメ。やっぱり貴方と共に生きたい。貴方の傍で、もっと笑いたい。貴方の声を、もっと聞いていたい。

 

 

 

 死にたくない。

 

 

 

 

 

 ネモス・ミュトス被害報告。

 

 民間人 重軽傷 30名。他全滅。

 フェンリル職員 1名を残し全滅。

 神機使い 重軽傷12名。

 

 

 

 

       死者1名。

 

 

 

                    以上。

 




誰も死なせなかったオペレーターが、初めて失った人。

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